憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

お茶会

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馬車から降りた先は、実に広々とした場であった。そして、王城として見た物ともまた違う。目にしたのはあくまで城の入り口だけ。その裏には王族の居住区としての空間も用意されていたらしい。
前面にある広々とした庭園ともまた違い、離宮で暮らす者、王妃の趣味によるものだろう。高さも使って整えられた庭園を構える離宮、流石にこちらはこの世界で見慣れた石造り、屋外に用意された席に先ほどまでは別とされていた相手も合流して飲み物が前に置かれるのを待っている。オユキとトモエは流石に目立つ武器はナザレアとニーナにそれぞれ預けているが、武装の解除を求められたわけではないあたり、信頼を得ているのか。本来の使用人としてはカレンが、家宰見習いである人物がいるのだが、カナリアを送り出したのと同様、持ち込んだ荷物のやり取りがあるからとカレンも仕事に駆り出されている。目録と相違ない荷物を確かに引き渡したのだと、受領書を受け取るためにも彼女はこれからしばらくの間また忙殺される事であろう。ここまでの道中余分に持ってきた荷物を、相応に休憩場所を借りた相手に渡したこともあるし、立ち寄った先で贈られた物もある。それらの管理を一手に引き受けているのがカレンであるため、荷物という面については彼女の存在が外せない。
何事もなければ、それこそせっかくの機会でもあるため、この席にと考えたりもするのだが。
これから先、魔国としての礼品を受け取ったりもある、オユキ達の暮らす場に迄送り届ける用意もあるため、いよいよ彼女は忙しい。何となれば、門を使って帰る腹積もりのオユキ達とは別でとなる可能性とてあるのだ。月と安息に向かう時期、それが思いのほか早くなりそうだという事もあるため、荷物は別に任せてカレンは流石にオユキとトモエの決定として連れ帰るつもりではいるのだが。

「ふむ、待たせたか。」
「想定した中で、最も時間が早いもので神殿が終わりましたのよ。」
「それは重畳。我らの祈りがそれができるほどであったわけでもある。」

そして、飲み物が揃ってから、改めて舐めの交換などを行っていれば、また人を引き連れて明らかに要人とわかる相手が合流する。

「ああ、よい。客人に後から訪れて席を立たせるほどに狭量でも蒙昧でもない。過酷な道を、難物を運んできた得難き恩人でもある。我らの知識にも巫女が他国の神殿に迄赴いて、そのような事は初めてでもある。戦と武技を冠する巫女が少ないのもあるのだが。」

そうして、枕を置いたうえで、改めて名乗りを上げて知識と魔の国コノシェンツァ、その最上位に位置する国王陛下その人も席に着く。

「娘からの手紙は、生憎と見る暇もなかったが、話は聞いている。弁えていると。しかしながらやはり異邦からの者であり、不足も相応だと。余の名において、この場での事、不足ゆえの事、それはここだけの事とする。」
「御身のご厚情にまずは感謝を。いやしくも私が彼の神より位を頂いておりますオユキ・ファンタズマ。それと。」
「アイリス・ディゾロ・プラディア。部族連合に置いて狐人を取り纏め、金色を持つ祭祀司の資格を持つ戦と武技の巫女。そして、此度はこの国の王都へ我が祖霊たる、五穀豊穣を司る御方の御業を運ぶ役目を持つ者。」
「真、有難い事よ。」

その辺りは、アベルと色々と話した結果でもあるのだろう。
オユキの入れ知恵も多少はある事は違いない。要は、明確な功績を打ち立て、アイリスの国許から何かを言われようと、蔑ろにしたわけでは無いと示しつつ、そもそも最も優先すべき祖霊から直々に頼まれたことを行っているのだと、それを方々に示すことで行動の正しさを認めざるを得ないようにとそう言った思惑でもある。

「その方らも見たであろう。そして、すでに知っているのであろう。現状の我が国は、人口が増えれば支えるだけの余裕が無い。」
「道中、政治が得意でない私でも、ええ、実にわかりやすいものを目にしました。私たちの暮らす、森の遠い場所ともまた違う、己の能力が生かしやすい地ともまた違う、欠けている土地を。」
「仕方がない。余が使うべき言葉ではない、言うべき言葉ではない。それを分かっていながらも、使わざるを得ない。」

歴史、風土、それは作られている。混乱の時、それから抜け出すために、まず頼ったのは既にある知識。そして、それが続くうちに、他に目を向けるだけの余裕もなくなっていた。神国では避けようと考えられている事、魔術による広域討伐を前提としているこの国。広域に高火力をたたき込み、結果として周囲の回復を行う為のマナすら枯らす。魔物を生みだすものとなる、利用された結果で編成したマナ、それが周囲に増える事で魔物の数が増える。何とも見事な悪循環だ。
神国では異なる流れが存在しているのは、魔術を当然として使える者は多いのだが、戦闘に迄となると、また話が違う。武技を使ったところで、こちらは知識と魔の、魔物を生みだす仕組み、木々と狩猟の神が関わるそれともまた流れが違う。理由は、別とする理由は、簡単に思いつくだけでもある。それがその場で暮らす者達に、負担を与え、悪循環に陥らせるのだとしても。

「魔術、魔道具。それに対して、何某かの便利を国として得ているのだと、そのように私はここまでの道すがらに考えております。」
「正鵠は得ているな。」
「今後は、国内においても多少の分担、それが生まれるだけの余裕も生まれるでしょう。私は、この度の事は、少なくともその一助になればと。」
「神々の配剤のなんと有難き事か。」

オユキとしては、主導は早々に先代アルゼオ公爵に丸投げしたいこともあるのだが、何やら視線を向けられているし、逃がさぬと、そう言う分かりやすい圧も込められているため、それも出来ていない。ただ、それを叶えるための流れを作ろうと口火を切り、相手が予想はわずかにあるのだろうが、伏せていたため、相手も想定しない札というのが。

「離れた地です。確かに、預かった便りもありますが、ええ、不安も多く有るでしょう。」

何やら、オユキの想像の埒外にある情報の伝達手段、それを僅かに示唆されもした。国同士の連絡手段、そのような物も同様に。先代アルゼオ公爵が、魔国に来てから合う相手と旧交をあっためる、これまで連絡も陸に取れていなかったのだと、そう言ったそぶりを見せているため、国内限定と考えていた。ギルドが国に所属する組織であり、国ごとに制度も違うのだという説明から、会ったとしても非常に制限されている方法だと考えていたのだが、いよいよ王族限定、神々の地を引く者達に限定された機能である可能性も存在する。
こうして、改めて国境を越えてそこにあるものを見聞きしてみれば、過去と変わらぬのだとすれば、さて、オユキはどれだけの事を見落としてきたというのだろう。トモエに話して聞かせた事がある。トモエが聞けば喜ぶだろうからと、分かりやすい名所、外部に情報を持ち出すには個人の記憶が必要ではあった、だからこそ、多くの者にとって印象的とされる場所は、間違いなく固有名詞が共通した情報として流通していた。それに従って、そういった物をオユキは過去見て回っただけだ。多くのプレイヤーとされる者達と、根本的に動機が違ったのだ。探していたものがあり、このゲームに没頭した。だからこそ、情報として確度が高いとされる物、それにはほとんど興味を示す事が出来なかった。それ以外にも、せっかく遊ぶのだからと考えた部分は、義父に師事したように、強い魔物と戦う行為そのものに意義を見出していた。だからこそ、人里に関わる情報というのは、オユキのこれまでに尽く存在していない。たまに休む為に寄った、それこそトモエへの土産話の為に見て回った、それ以上は存在しない。そして、そう言った情報にしても、トモエに話してしまえば満足して、記憶からは薄れていくのだ。目的を果たし、必要のない物として。

「ですから、明確な保証を頂きましょう。神々に向けて王太子様が宣誓を行た事もあります。」

オユキとトモエ、この二人が都合が良いとされる理由というのは、案外多いのだろうなと、そのような事を改めて二人の時間で話したものだ。知っている、体験している。それが加護という面では、功績という面では足かせとなるこの世界で、功績を与えやすい下地というのが、見事に揃っているものだと。

「ええ。生憎と、母様が既に渡しているから私からは無いけれど、この二人は私が認めるにふさわしい者達だもの。粗暴なあの子に傾倒さえしていなければ、そう思う程に。」

そして、王太子妃、本来であれば失われたはずの相手だと、ミズキリはそれを口にした。ならば、神々に近しい相手がそれを知らぬわけもない。そして、予定としてそれがあるのだと言われたときに、王太子妃が周囲に向けた警戒、オユキとトモエが思いつく以外の物、その存在も理解が及んだ。
要は生命が失われる、その前提を知った上での事であったのであろう。そして、それを試練として伝えられたのだろう。達成するには、どういった方法があるのか、王太子は血眼になって、王太子妃の安全を確保するために死力を尽くした。結果、王太子妃と共にする時間を天秤にかけ、王太子妃は心をすり減らした。他方、王太子妃にしても、それを王太子に打ち明けられるだけの関係を築き上げ、そこまでして助けようと、それだけの関係を築いて見せた。だが、それだけでは不足があった。二人だけでは、どうにもならない問題が。今ミズキリに聞けば、それこそ回答があるのだろう。王太子の状態について。

「こうして御身にご足労を願ったのは他でもありません。」
「いいわよ。私の課した試練、それを正しく果たしたのだと、それをこの私、華と恋の神が証明しましょう。故に、今後あの二人の間に亀裂いれる外力、その一切は私の名をもって排するのだと。」
「判断は、王太子妃様と、王太子様の間。そこで育まれた物によって行われる事でしょう。しかし、特に此度の事、貴国へ神国が持つ余剰を、それについては、まぁ、私としてもある程度以上は勝ち取るよう、労は惜しみません。」

オユキは、トモエも。一度懐に入れた相手に甘い。そして、その判断に於いて互いを尊重する。だからこそ、面倒を抱える相手に直接それを伝えはしない。どうした所で厄介な事になると目に見えているから。想像するだけで恐ろしい状況を抱え、それでも生まれ子供に愛を、互いにそれを惜しまぬ二人。そんなあいてに幸福を願う程度には。
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