憧れの世界でもう一度

五味

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17章 次なる旅は

では、なにが

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「しかし、それでは今後の前提があるからというのは。」
「そちらは、私どもの都合ですね。」

なぜそこに話が戻るのか、オユキは僅かにそれを考えるが、このあたりは苦手であったとそう考えなおす。

「一つの出来事について、私たちだけが、アルゼオ公爵だけが何かを考えるという事は、やはりありませんから。それぞれに考え、己の思うところを為しますとも。」

それこそ、国王の思惑、マリーア公爵の思惑、そう言ったものとてここには存在している。

「それは、いえ、確かに。」
「今回の事は、先を急ぎたいと考えている私たち。それを後押ししようと考えるマリーア公爵と先代アルゼオ公爵。対して、時間を取ることができるならと考える国王陛下と、現アルゼオ公爵と。後は他にも周りにいるそれぞれから。」

細かく上げていけば、それこそ切りがない。

「ですから、アルゼオ公爵としては、新規の子爵、その振る舞いに対するものとして。」
「有難い事ですな。」
「しかし、それではオユキ殿が。」
「それを弁えぬ相手であれば、勿論私の対応も変わりました。」

アルゼオ公爵にしても、貧乏くじを引かされているわけでもある。本音の比率は、どの程度であったのか。そればかりは初めて顔を合わせる相手である以上、予測も出来る訳がない。そして、今の言葉にしても、現公爵にだけ向けてという訳でもない。これまで散々難しい交渉を行ってきたのだろう。この先代という人物も、間違い用もなく曲者だ。ミズキリと同じ系統の。

「しかし、陛下もですか。」
「それこそ陛下としては、可能であれば私共の到着を先延ばしにしたいとお考えですよ。」

どうした所で荒れる国内。それを他国の統治者に見せてよい事など何一つない。

「そちらについては、意趣返しも含めて、ですかな。」
「ええ。」

老境の二人が、にこやかにそのように話せば、少年達からの視線も強くなる。

「流石に、今度の事は私も過剰と考えていますから。」

新年祭、それに至るまでの事柄。それに対して思うところが無いかと言われれば、オユキとて首を横に振る。理由があるため仕方がない、そうのみ込んだうえで振る舞いはする。しかし、そこに対して何も行わない程聞き分けの良い人間という訳でもない。それこそ、恩義を感じる神々相手であればと、ある程度の出来事は飲み込んで振舞うが、人からの物というのはまた異なる。現状のオユキの判断として、この国から得ている恩恵というのは、やはりそれほど大きなものではない。明確な物は、基本的にマリーア公爵からの物だ。勿論、それらも分かってのこの対応という事もあるだろう。帰属意識を持つ先が国ではない。だから、国として返すものが少ない。オユキとトモエから、特別これといった細則が無いというのと、マリーア公爵がその辺りをある程度制御しているというのも、実に大きな理由としてあるだろうが。

「話が逸れましたが、アルゼオ公爵家としてはやはりこれまでが有り、これからを考えたときにマリーア公爵に任せきりという訳にはいかないのです。」
「それは、分かりますが。であれば、猶の事何故年若いものがとも。」
「そちらは、もう向かわせていますよ。」

当然、その程度の手は打っているだろうと、オユキから視線を向ければ先代公爵はただ笑って頷くばかり。
アルゼオ公爵家として、主導権を渡す気が無い。それを考えれば、その辺りは簡単な話だ。

「ですが、急ぎでの移動は。」
「急ぎの移動など、必要ありません。」
「ええ。」

事、これについては現地についてからとしても良いものだが。オユキはそのように考えていたが、何やら訳が分からぬと、そのような顔を浮かべる年少者たちに対して、先代アルゼオ公爵が種明かしを。

「その方らより、いくつか上ではあるが、二年前から隣国には人を出しているのでな。」

それは、あくまで年ごろが近く、今回この少年たちの相手を買って出る相手を指しての事でしかないが。

「御爺様もそうでしたが、今後どうなるともわからぬというのに。」
「その方、何を言っている。今後が解らぬからこそ、出来る事は全てやるのだ。」

そこには、これまでただひたすらに積み上げた者としての重さがある。

「不足があった、ではそれを誰が支払うのだ。我らが支払えれば良い。その程度で良ければ、いくらでも払うとも。そのためにため込んでも居る故な。しかし、それが足りねば誰が払うと考える。」
「それは。」
「そうだ。領民だ。その方らも見たであろう。此度の事、突然の祭り、そこで生まれた不足を如何に我らが補ったかを。では、それを常に用意せねばならぬ。それが家を繋ぐ、歴史の重さを持つ。揺るがぬ家としての矜持だ。」

口調は何処までも穏やかに、しかし、その目に込められる重さは疑いようもない。

「故に、我らが如何なる感情を得ようとも、それが民の為になるのであれば、全て飲み込むとも。万が一、それがあるとして、送り出すとも。」

少年達からは、ただ息をのむ音だけが返ってくる。特にファルコだけを見れば、この先代公爵であれば、既に片手間に制圧できる程度の力は身に着けている。それでも、ただ気圧されるだけの確かがこの人物にはある。

「幸い、ファンタズマ子爵は、理解がある。ならば手を取るのが最善ではある。」
「ええ。私も、相応に長く生きていますから。」
「見た目に騙された物が、実に多くいましたがな。その方らにしても。」

どうやら、先代公爵にも国王陛下から後進の育成を言われているのだろう。そして、改めて公爵として、この世界で家督を続けるという事、そう言った物を知らしめるつもりであるらしい。この少年たちが隣国で結んだ友誼、それを使って万一にもアルゼオ公爵領を軽んじる事がないようにと。

「そう言えば、皆さんには話していませんか。」

どうにもオユキとしては、少年たちとして一括りで考える事がままある。見落としがないようにと、改めて己を戒めた上で。ファルコには殊更、指導者としての振る舞い、心構え。オユキが散々ミズキリから聞かされたものを、オユキなりの解釈を加えた上で伝えてきたが。

「交渉をする時には、まず譲れない物、それだけを決めるのです。そして、それが達成できなければ、決裂します。しかし、それ以外は全て手放してもいいのです。勿論、利益の最大化などは考えても良いわけですが。」
「成程。確かに、譲ってはならぬものが確かにありますな。」
「そうでしょうとも。そして、それを探るために他で時間を使う訳です。」

例えば、それこそこの先代アルゼオ公爵が、オユキが差し出したもの、マリーア公爵が差し出したものをただ喜ぶだけであったとしたら。オユキはその時点で、別の方策を選んだ。その結果という訳でもないが、新年祭での負担を回避できなかった。

「それは、つまり。」
「流石に、皆さんが実感を得るのはまだ先でしょう。そのために、今回があるわけですから。」
「ああ。今回が練習の場だと。」
「そして、その練習の場は、これまでのアルゼオ公爵家が培ってきた物、その上にあります。」
「成程。」

枠組みの話、それは既にしているからであろう。オユキの言いたいことが分かったと、ファルコが真っ先に先代アルゼオ公爵に頭を下げる。

「申し訳ない。未だ色々と不足の多い身であり、言われねば分からない事が、あまりに多いのです。」

こればかりは、シグルド達同様。このファルコという少年の、これまで押し込めてきた得難い資質でもある。

「その時間も惜しいと言われれば、何もせずただ見て学ぶ事としましょう。」
「ほう。それでは、王命を達成できぬ事になるのだが。」
「これは私が決めた事。まぁ、預けた御爺様や父上にも話が行くでしょうが、そうはなりません。」

そして、ファルコが違うのかとオユキを見る。

「ええ、監督責任というものがありますから。」

このあたりは、少年たちを連れ出すときに教師が、若しくはその場を単独でどうにか出来る戦力が。そう言った話をファルコも交えて散々してきたこともある。あまり良く無い事を、そのようにアベルが良くオユキに行ってくるが、実のところ彼にしても、こうして如何に他を巻き込んでいくか、その話を散々聞かせている。

「私が頼むと、そう頭を下げるだけ。それで失敗しない、とまでは難しいでしょうが、手助けを得られるのなら。」
「マリーア伯子息、それは口にせぬのが華というものだ。」
「こうして、これまで聞いた事。それを使ってはいる物の、正しいかもわかりません。足りぬものを身に着ける、そのために。」
「ふむ、身に着けて、如何する。」

先代アルゼオ公爵が、てらいなく話すファルコに尋ねれば、彼は友人だろう2人を一度見る。

「生憎と、こうしたことは苦手で覚えても使えぬ事が多い私ですが。私を支えてくれる者達は違います。領民と言われても、思い出せる顔も、多くはありませんから。」

彼は、彼を支えてくれた相手。それこそ、国王陛下その人の前に出て、彼らなりに考えた意見を述べなければならないという、あまりにも大仕事。それも、色々と問題があるため、決定事項として王都を離れる前に共有だけして、そこから碌に連絡など取れる訳もなく。
各々考えた事を短い時間で付き合わせて、それは実に賑やかな時間であったらしい。

「侮られる事も多くなる。」
「構いませんとも。未だ家督など持たぬ我等。比べて優秀なのが当然と、私からはただそう応えましょう。そして、そんな我らに劣る相手が本当にいるのであれば、さて。」

己が侮られることについては、今まさに不足があるのだから問題が無いと、ただそうファルコは返す。しかし、そうでは無いはずの相手が己よりも、そうであればと言葉を続けて、そこから先が出てこずに首をかしげている。

「それも考えておくべきとは思うが、良いのか。その方が侮られるというのは、其の方を支える者達をも。」
「いえ、それほど頼りない私ですら支える事が出来る者達です。ならば、私が至らぬと、そうでありながら大過なく事を為せたのならば、彼らの優秀さは疑うべくもありません。」

そう、言葉にならぬ何かを探そうと、ファルコが頭をひねりながらそれが当然と先代公爵に返す。
それを、ただ公爵が実に楽しげに笑う。実に小気味良い言葉だと。

「さて、今考えている事、それは今後もしっかりと考えると良いでしょう。ですが、今は食事の用意が出来たようですから。」
「流石に屋外で、こちらの練習もあったものではないと。」
「マリーア公爵夫人から、私が頼まれています。」

屋外であり、町からも離れている。だから、楽な場になるだろうと考えていたかもしれないのだが。

「皆さんも、隣国で相応に人と食事を共にするわけです。一緒に習いましょうか、先達に。」
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