憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

表ではない所で

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「改めて、お礼を。」

教会に一先ず。そこまではシェリアが行い、沿道にそって並んだ民衆がさも当然とばかりについてきたものだが、今は以前にも通された教会の裏手。

「思った以上に、疲れましたわ。」
「まぁ、そうでしょうね。神事のマナは、あなたからもとなっていたわけだし。」
「あら、そうでしたの。でしたら、同様の事でオユキ様の負担を。」
「流石に、あなたが代わりに神々から何かを授かるのは、難しいんじゃないかしら。」

残念ながらトモエは用意に、一人では当然着る事もままならない鎧を脱ぐために、まだこちらに来てはいない。
今は巫女とその代理、後は以前にも顔を合わせた相手が話に混ざるという訳ではなく、世話役として付けられている。レーナ司祭は、それこそ新しい教会、そちらの手伝いを少しの間行う子供たちに向けて。散々お世話になっているリザ助祭に至っては、未だに王都だ。
アベルにしても、半分暴動と呼んでもいい状態の民衆の制御の為、手が空くのは随分と先になる事だろう。マリーア公爵にしても、教会側の責任者が今後のためにとあれこれと行っているため、代わりに今暫くはというものだ。

「水は多くの小さな物の集まり、その流れが。」

後は珍しくと言えばいいのか。こちらでその任を得て長い相手が、席を同じくしている。

「水と癒しの神の配剤によるものですか。大本については、異なる神と伺っていますが。」
「神々とて人と同じです。大きな事、世界に変革を及ぼすような事であれば。」
「含蓄に富む御言葉ですね。」

それこそ以前は御言葉の小箱、そちらの流れがあったため顔を合わせるだけの時間しかなかった相手も含めて。

「今回の事で、シェリアも代行者としての格は得ているようだから、望むのなら。」
「生憎と、私がずっとオユキ様につくという訳でもありませんから。」
「というか、見ればその辺りも分かる物なのね。」

何処かぼんやりと。オユキにしても、世俗を気にしないとアベルに評されはしたものだが、それ以上に超然とした相手からかけられる言葉に、巫女見習い二人としてはやはり思うところもある。
こちらの神職が往々にしてそうであるように、どうやら色々と見れば、見ただけで分かる物らしい。それこそ、経験の、これまでの賜物だという事なのだろうが。
詳細については、いよいよ聞かねば分からないものだが、こうして今回持ち込んだあれこれに対しても、実に当然と準備が整えられていた。公爵、あまりに広い版図を持ち、王族の血縁に相応しいだけの格を供える家の主ですら間に合わない事が有ったというのに、教会にそういった不足が見られない。以前の事、それを考えたとしても実に色々と事前に知っている相手と、そう見る事も出来るというものだ。
領都に来て縁を得た相手、子供たち。そちらにしても、実に都合の良い配置ではあるのだから。

「見れば分かるというよりも、私は流れを見守るのも仕事だから。」
「水は流れ、とどまらず巡る。そう言った特性故という事ですか。」
「そう。戦と武技の神から位を得たあなた達と、私はまた違う。」
「そうなると、いよいよ私たちが習うべき相手を求めねばなりませんが。」
「神の声を聞けばいい。御心に沿う事が出来なければ、位を失う。それもただの選択。」

全てが形を変えるのが当然。不定形、満たす器によって変わるそれを司る巫女からは、実に端的に。その口ぶりに、仕える者として勤めを行う者達からは、何やらもの言いたげな視線も向けられはするが。それこそこうして振舞う相手からその位が失われない、その事実が御心に沿っていると、実にわかりやすい証左ではある。

「それよりも、オユキ。」
「何でしょう。」

こうして顔を揃えて、巫女とその代理で集まって何をしているかと言われれば、単純に時間を潰しているだけなのだ。実のところ。
移動をしようにも、人々が集まっているため難しい。そしてそれを決定できるものたちにしても、この場を放っては置けぬとそれぞれに忙しくしているため、身動きが取れない。オユキとしてはそれこそ馬車に、すっかり半ば執務室となった馬車に引っ込んでということもあるが、区切りがつき止まったからと今はカナリアがあれこれと細かく確認するために、揃って追い出されている。そこで同情していたリース伯一家は、それこそこの場を離れた後、そちらを整える為にと早々にこの状況から抜け出している。
大きな、誰の目にもわかりやすい神の奇跡。それの受け渡しの時は流石に厳粛な場であったこともあり、その機会を見計らって、どうにか人の波を抜けて言った物だ。

「色々と手間をかけているから、何かあればと私は考えている。」
「何かと言われましても。」

巫女の、今更になってようやく名前を知ったアサアラの言葉にオユキとしては、どうにも答えにくい。

「そもそも、担当が違いますし。」
「でも、期待はされている。」
「アルノーさんに直接とは、行かないのですよね。」

これまでに幾度か席を共にしたこともある。そして、そこでの振る舞いについて見覚えてもいる。この少女の、少なくとも見た目は、仕える神はそれこそ分かりやすい食の好みがある。それ以外、装飾という話であれば、いよいよオユキにとっては手が出せる様な物では無い。そう言った部分も、配慮はあると分かっている。そこまで踏まえて、何を求めているのか、それを考えれば回答はオユキとしても分かる物ではあるのだが。

「こちらでは、あまり時間が取れる訳でもありませんし、王都でですかね。」
「オユキ、貴女また何かするつもりなの。」
「その、事前に共有して頂けると。」

二人からは、実にもの言いたげな視線が寄せられるが、それに対してはオユキこそ言いたいこともある。

「事前に伝えられることは、これまでもそうしてきましたが。」

そもそも、分かっていれば、予測であれ。話しては来ているのだ。予想外の出来事が、突然訪れるからどうにもならないというだけで。オユキ個人としての思惑や、計画。それにしてもここまでの道すがら、そこに生まれた前提を離したこともあり、色々と伝えてはいるのだ。
それこそ今回の大きな流れ、その始まりに教会に収めたものを作った時には朝からしっかりと捕獲されたわけでもある。

「それは、そうなのだろうけど。あなたにしても、トモエにしてもどこか迂闊なのよ。」
「それこそ繰り返しての事になりますが、こちらの感覚にはやはり馴染めないですから。」

何処まで行っても過去の経験が有る。そこで培った物が、早々直ぐに変わるわけでもない。知識として蓄え、場に合わせた振る舞いを行う事はしたとして、思考の根底は何処まで行っても過去による。結果として、確かに色々と引き起こしてはいるのだが、それにしてもオユキとしては元々こちらの抱えていたことが、都合が良いとばかりに顔を出していると、そう考えているのだから。

「話をわざとそらしている。」
「ええと、求められていることに、想像は付いていますが。先にも言ったように、王都でなければ。」

月と安息にしても、水と癒しにしても。こうして、気楽な席が用意される下地を確かに受けている身としては、何かと当然思いはする。しかし、現実的な問題として、その時間が取れない。
ただ、こうして領都に早々に移動する必要があったように、他の事をするための時間が取れていない。神に何かをと言われて、水と癒しにだけとなれば、またいろいろと障りがあるのだということくらいはオユキにもわかる。
微笑ましいと、そう呼ぶしかない諍いの種を、シグルド経由で持ち込んだこともあるのだから。
そもそも、こうして語っている相手は、役目を確かとしている巫女なのだ。当然の事として、人の世の都合よりも神々のそれを優先する相手。人の都合を、その営みを認め、喜びとする相手とはまた異なる。寧ろ、そうして言えぬ事が有るとばかりに、こうしてちょうどいいと、そうする手合いだ。

「王都では、すると。」
「流石に、色々と配慮は頂いていますから。」

言質を得たとばかりに嬉しそうにする、その相手には流石にオユキとしても苦笑いしか返せない。

「なんにせよ、既に言いつかっていることもあります。」

そして、繰り返し口に出している時間が無いという言葉。それにしても既にはっきりと示された事が有り、そちらを行う為に時間が他にはと、そう言う事でしかない。
以前ロザリア司教に言われた言葉でもある。神々とてそれぞれに思惑というのが、嗜好というものが存在している。当然意見を違える事もある。そう言った中から、あれこれと言いやすい相手として、やらなければと、遠因を持つものとして無視はできないと考える事が積みあがっているというものだ。

「外の理由ではなく、己の意思で。」
「ええ、自由な歩み、それも聞いてはいますから。」

オユキにしてみれば、そう言った振る舞いにしても比較検討の末ではある。他からどのように見えたところで。

「その、オユキ様。」

さて、そうして話が纏まれば。

「ここまでの事に対して、まぁ、改めて感謝を示すことに。」

先にもアイリスが口にしたが、では何が決まったのか。それが解らぬものにもと。

「アイリスさんの願いによって用意された場、そこにも当然ですが癒しの奇跡はあったわけです。」
「そう言えば、そうね。」

戦と武技、そこから位を得てはいる。だからこそ、そちらを優先する振る舞いを咎め立てするわけにもいかない。だから、巫女がこうして食い下がりもするわけだ。一柱の神だけによるものではない奇跡、既に行われたそれに対して、まだ何も無いではないかと。

「王都にも、確かに水源はあるわけですから。」

実際にそれが何処で行われるか。それについては、アサアラもとやかく言いはしない。確かに予定として考えている、それが聞ければよいとばかりに、今はすっかりと興味が無くなったかのように。身近の気安さ、それを使って何かをしているのだろうと、そんな予測はあるが。声を届けるのも難しい、行うべき事が有るため、どうにも忙しいと、その言葉は何だったのかと。

「誰にでも、その奇跡の用意が難しいだけ。繋ぐものとして、巫女がその力を失うわけでは無い。」
「そもそも、巫女についても色々と話を聞かなければなりませんね。」
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