憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

初日

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休むと決め込んだオユキは、早速とばかりに主要な、それぞれの部門を統括する相手にはっきりと己の決めた事を宣言した。護衛を職務とするものからは、言うまでもなくもろ手を挙げて歓迎される。怪我の位置も位置だ。喉を割かれ、その傷が開いた主が気ままに動き回るなど護衛としては気が気ではないだろう。
町の賑わいにしても、オユキやアイリスがふらふらと歩き回れば民衆に囲まれることも予想がつく。

「よくありません。」

そして、ここにもオユキの宣言を喜んだ相手が。
しかし、祖の当人の様子を見た上で首を振る人物もいる。勿論、医者その人だ。

「無理にふさいだこともありますが、自分でつけた傷もあってマナの不足以上に直りが遅れています。」
「まぁ、確かに自分でつけた傷に奇跡の効果は薄いでしょうね。」

隙を作る。僅かな時間を作るために目つぶしをと、流石に喉元からその量の血液は避けたかったためオユキは掌を少々切った。勿論、制止を振り切って全力で動いたために、喉元の傷口にしてもしっかり開いたが。なかなか人前に気軽に出るには痛々しい見た目となっている。

「もう。止めるのもお構いなしに。」
「そうですね。」

そもそもオユキがいなくても、トモエは為しただろう。程度はともかく、求められたことは間違いなく。そう言った感情を乗せてオユキがちらりと見れば、トモエも柔らかに笑う。

「ですが、オユキさんが来なければ、私が。」
「そうね、最後の位置を考えても、こちらに祖霊様が来なければ。」

オユキが追い込んだ方向にアイリスがいたこともある。

「流石に私も正面からとはいきませんでしたし、どこまでが本体かも掴みかねていましたので、恐らく端をわずかに斬って終わりだったかと。」

持ち上げていたカップをトモエが置いて、姿勢を正す。

「やはり終わってみれば最善でした。それを疑うものはいないでしょう。」

そして、トモエがカナリアを見れば、こちらも苦い顔で笑うだけだ。
神に連なる者から確かな加護を。それ以上に良い結果などはない。

「あの、怪我人が出ないという条件が入ることは。」
「ありません。」

トモエがにべもなく答えた上で、オユキとアイリスに一度づつ顔を向ける。

「まぁ、そうよね。」
「ええ。」

そして、習う者達も。

「オユキさんは、今回はほとんどいう事はありません。」
「流石に、最後に少しだけでしたから。」
「短刀の投げ方ですね、こちらはまた教えましょう。寸鉄と同じ打ち方ではやはり問題もありますから。それから思惑は分かりますが、誘導のためとはいえ初めから外しても構わない、その心持で動くのは感心しません。」
「あの中で、よく見ていたわね。」

それができるからこそ、人を教えられるという物だ。

「向こうに侮りがあったからこそ成功した奇襲でもありますからね。気が付かれていた上で、見逃してもらったのだと、それを戒めに。動きの部分では体調の問題が大きかったのでしょうが。」
「そればかりは、流石に隠せませんでしたから。」

そして、オユキとしても普段に比べて随分と精彩を欠いた動きだったというのは自覚がある。

「正直、視界と感覚が。」
「あの、それでしたら何もあそこまでしなくても。」
「踏み込みの位置が遠かったので、もう少し目に頼らない鍛錬もしましょうか。」
「そうですね。」
「あの、戦うのなら、万全の体調でですね。」

カナリアが何か言っているが、それをトモエもオユキも全く気にかけない。


「それと、アイリスさんはそうですね。」
「まぁ、言われることも分かるわ。」

アイリスはため息を一つついて、そのまま続ける。

「一応、奥の手のような物だし、長い時間は無理なのよ。」

そして、こうなるからと自らの荒れた毛並みをアイリスが示す。

「祖霊様の力を一時的に大きく借りるわけだから、反動も大きいのよ。」
「確かに、そうであるなら常の鍛錬の間は難しそうですね。しかし。」
「ええ。やっぱり普段とあまりに違うから、雑になっているというよりもうまく動けていない自覚はあるわ。あなた達のおかげで、前よりはましだけれど。」
「であれば、型稽古に力を入れるのが良いのですが。」
「それでどうにかなる物かしら。」

アイリスから疑問の声が上がる。それもそうだろう。彼女のこれまでを考えれば、それこそ指導者がいなくなってからはそれを基本としてここまでやってきているのだ。しかし、トモエにしてみれば。

「相応に時間を使って見せていただきましたし、元となった物ある程度は知っていますから。それと比べても差異があります。それが新しい理合いかとも思っていましたが、そうでは無いようですのでお望みとあれば一度矯正しましょう。今後も考えて、状態に合わせた物も。」

一度だけでは流石に難しいし、初回はそこまで長い時間でも無かった。ただ、今回相応の時間アイリスが動き回ったこともあり、ある程度の見切りはトモエも出来た。それを基に、本筋から離れないように気を付けてとなるため、少年達ほど細かくとまでは行かないが。

「今よりもまし、そうする程度は見る事も出来ますので。」
「有難い事ね。」

話を聞く気が無いと、それがきっちりと伝わったようで同席しているカナリアからは、ただただ湿度の高い視線が向けられている。後できっちりと、此処にいる者達を管理する人員、そちらに話が行くことだろう。
そして、その最たる相手、軽食を頼んだ近衛が簡単な軽食を携えて戻って来る。さして時間も経っていないはずだというのに。

「おや、随分と。」
「そうですね、かなり早いかと。」

苦手なオユキはともかく、トモエまでもそう言うのであればと視線で尋ねればすぐに応えも帰ってくる。

「アルノー様がいくらか軽食の類を用意してくださったうえで、祭りの場に向かわれているようでして。」
「有難い事ですね。」

どうやら、怪我人である事も踏まえて、しっかりといつ活動を始めるか分からない相手に向けた物も用意してくれていたらしい。オユキの前にはぱっと見はミネストローネに見えるもの、細かく刻んだ野菜が、嚥下の際に負担をあまり感じないようにとそうされているのだろうが、そうした気配りの見える物が。アイリスには随分と分厚く肉が層を作っているサンドイッチ、トモエの方はアイルと比べれば控えめな物が置かれる。
彼自身、既に簡単な魔術を扱えることもあり、それを調理に存分に生かしながら腕を振るっているというのは聞いているが、本当に細かい気配りまでしてくれている。

「それと、使用人にアルノー様から言伝が残っていましたが、食料の消費についてです。」

言われて、オユキは首をかしげる。すっかりと一任していることもあり、あまり気にかけていなかったが。

「不足が起こりましたか。」

それこそ、トモエとカリンによる乱獲もあり、ちょっとやそっとでどうなる物では無いだけの兎肉、鹿肉は確保されている。他の物にしても、こちらに戻って来る際にそれこそ愉快な量買い込んで帰ってきている。
大量に消費するのは騎士達だが、そちらはそもそも予算が別系統。何なら料理の手間のお礼にと食材がさらに積み上げられるという物だ。

「いえ、溜め池周辺の魔物や、溜め池に水産資源が来ていると話を聞いたそうでして。」
「ああ、そちらは流石に手を回しきれていませんでしたからね。」

彼としては、勿論そちらにも興味はあるだろう。

「かといって、私たちは休むと決めましたからね。」

そう、そして事ここに至ってオユキの方でもすでにある仕事以上をする気はさらさらない。流石に、疲労も溜まっているし、下手な事をすればまたあっさりと傷口が開く。次に控えているものが長距離の移動である以上、治さねばならない。休息があくまで次の仕事の為というのは、オユキとしても余りにも過去のそれを引きずりすぎていると考えはするのだが、それこそ既に決まっている事でありどうにもならない。

「カリンさんには頼めそうですか。」
「問題は無いと思いますが、カリンさんも変えの武器が無いと。」
「相応に使っていますしね。」

動き、技量としては問題はないだろう。柔らかい関節部を狙うに違いはないだろうが、それでもという物はある。

「鍛冶場の手配などはまたメイ様に聞くとして、そうですね。問題がないようでしたら、狩猟者ギルドに以来の一つも出してみましょうか。森で手に入る物、秋に季節も移りましたし、果物なども色々あるでしょうから。」
「季節によって、変化があるのですか。」
「確か、合ったかと。旬といった概念をルーリエラさんも理解されていましたし。」

実に不思議な植生はしているが、恐らくそう言う事はあるはずだ。
それこそ下手をすれば季節が変わるとともに、同じ枝から別の果物が生えて来る、そう言った事が起こりかねないという違う心配もあるが。

「さて、それと祭りの場、その空気くらいはと思いますから。どなたか持ち帰れる物を買ってきてほしいのですが。」

教会の子供たちを丁稚としてまとめて借りてもいるのだが、祭り本番となれば教会が忙しい。
それもあって流石に、準備が本番となってからはそれも出来ていない。
しかし、オユキがそう声を上げれば、護衛として離れた位置に立っている騎士が動き出す。

「えっと、流石に騎士様の仕事ではないような。」
「いえ、人がいなければ、よくありますよ。」
「近衛の方が侍女をされることを考えれば、それもそうですか。」

騎士を小間使い、そう考えれば気も引けるが、侍従として振舞う事も確かに慣れているかもしれない。それに甘えるだけにはしたくない物だとオユキは考える。しかし、それこそ王都でやったようにというのは。

「オユキさん。」

そして、行き過ぎた思考はトモエに呼ばれて止められる。

「いけませんね。過剰に私が負担を、それを望まれないとは分かっていますが。」
「差し出口となりますが、今回得られたもの、それを王都まで運ぶ。その栄誉だけでも十二分な物です。」

二人でそうして言葉を交わせば、なんだかんだと側にいる相手は気が付くものだ。アイリスにしても、何処かあきれた様な視線を隠せていない。

「休むんじゃなかったのかしら。」
「休んだ後の事です。」

それを止めるべき医者は、どのような事が有ったか知らないため、話についてこれていない。

「今日のところはひとまず、このままのんびりとしていましょうか。」
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