憧れの世界でもう一度

五味

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13章 千早振る神に臨むと謳いあげ

浮く薄紅が

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「そもそも、なのですが。」

タルヤの溜飲が下がり、部屋の中に突然現れた蠢く蔦が引っ込んだ頃にトモエがそうしてためらいがちに口を開く。これまで、ようやくと言ってもいいかもしれないのだが、人とは異なる種族の能力というのを目の当たりにする機会が増えた。獣の特徴を持つ相手にしても、単純に人間という生物の構造が齎す限界以上の能力であったり、王家に認められるほどの能力を持つ、魔術という一要因でしかないがそれを十把一絡げと評する相手であったりの存在を知れば、猶の事疑問が募る。

「ローレンツ様も今後の道行きはある程度ご存知かと思いますが、そこで想定される危険と言えばいいのでしょうか。」

そう言った過剰な戦力、人という存在など持てる能力で文字通り夢の後と出来る存在達、そう言った物があってどうして悪意の存在を期にかける必要があるのか。トモエにはそれが疑問として振り払う事が出来ない。

「警戒の必要性は理解するものですが。」

職務として、武に身を置くものとして。明らかな敵対存在に対して意識を置くことは理解できるのだが、そこから先に進む物では無い。

「ふむ、それか。」

酒の席として許されるだろうと投げたトモエの質問に、ローレンツは考え込む。
なにか理由があるのかと、そう言った事を得意とするオユキにトモエは視線を投げる。

「その、ローレンツ様は、シェリア様タルヤ様もですが、この件については何処まで。」

トモエからの疑問、聞きたいと分かっていながらも側に耳があるからと黙殺したそれを、改めてオユキが確認する。

「間違いなく我らよりも詳しいであろう巫女様に応えるのに、否やはありませんが。ああ、公私ともに私に敬称は不要です。家にしてもそうですが、初戦は一介の騎士ですからな。」
「タルヤ。」
「過剰になってもいいなら出来るけれど。」
「周囲を覆って貰えれば、内部は私が。」

近衛二人の間で話が纏まったようで、直ぐに変化が起こる。先ほどまで目の前の騎士を縛り上げた蔦が席の周りを覆う。そうされてしまえば、暗さに何も見えなくなるだろうに、内部は蔦自体がほのかに光を放ち、これまで部屋を照らす魔道具ほどではないにせよ、何一つ不自由のない明るさがそこにある。

「一先ずは、これで。」

そして、シェリアが以前カナリアに示した装飾、手首から下がるそれを掲げて見せる。
同じ席についていても、清涼に気を付ければ届きはしなかった、そう言った事を可能とする道具だ。

「公爵様の領都、その南部から離れた者達を始め。」

そこまでを考えた上で、抑えた声で。外にいるゲラルドに慮ってこれまで気を付けていた声量を、オユキは普段以上に絞る。

「烙印者達、その国家群だな。」
「群、ですか。」
「うむ。汚染は確かに広がっている。既に2国は呑まれている。」
「しかし、それにしても戦力差は明確であるようにも思いますが。」

それが分かっているのであればと、トモエが改めて具体的に話を振る。

「ことが起これば、対処は出来る。それは事実なのだがな。」

そこで、一度長くローレンツが息を吐く。これまで片時も手放すことの無かったジョッキすら机に置いたうえで、それこそ亀の様な、年月だけを感じさせて感情を感じさせない、そう言った色を瞳に浮かべて。

「月と安息の神より伺ったこともあります。対応が難しいのでしょうね。」
「巫女様の道中、リース伯子女にしてもそうですが、御身らの傍らであれば無かったと。」
「私どもも、どうぞ常の場であればお気遣いなきよう。要は、汚染、その原因に対処できなくなれば染まった対象を討ったところで被害が広がるだけ、そう言う事ですか。」
「悪辣、まさに言葉通りですね。」

オユキが想像を口にすれば、三者三様の頷きがただ返ってくる。

「勿論、抵抗力、それをもう物もいますがマナによる存在は。」
「神がそちらに寄っていると、その想像は出来ます。人よりもとそう言った方々であれば、猶の事でしょうとも。」

そして、汚染が行われる経路、それを考えてしまえば色々と難しい事、それも明確になるという物だ。

「片手間以下、そうだというのに私たちを吹き飛ばすほどの風を起こすカナリアさんであったり。」
「ああ。それこそそこのタルヤが汚染されれば、我らが剣を持って打ち滅ぼすまでに町の三つや四つは沈む。」

それは、文字通り大地に沈むか、どこからと魔なく現れた蔦にという事だろう。マナ、それが必要であれば大地からいくらでも吸い上げてしまえと、そう言い切った相手だ。人が増え、食料の需要も伸びるこの状況で、土地に負荷を与え不作を引き起こすだけでも都市に甚大な被害を起こせるという物だ。

「つまり、戦力として当てにできないという事ですか。」
「場所を選ぶ、そう言い換えて欲しい物だがな。」
「そもそも、私たちは他の生命を必要以上に害する事が得意ではありませんし。」

さて、簡単に町を滅ぼせるとそう評価されている人物にそう言われたところでと、そう言った視線をトモエとオユキで揃って向けると、恥ずかし気にしながらさらに説明が加えられる。

「一部、宿り木を祖とする者達は出来るのですけど、多くは空いた場所に咲く、それが主体ですから。増えすぎれば己の身内を枯らす、己の身を守るため、基本として持つ独もそのような物ですし。」
「祖が受動出来であるからこそ、そう言った物なのでしょうか。」
「はい。しかし積み重ねた年月は他の種族と比べるべくもありませんから、場を守る、その限りにおいては譲る物では無いと、そう言った自負はありますが。」

つまり、そういった特性があるからこそ護衛として長く王家に仕えている人物が貸し出されている物でもあるらしい。

「ただ、そうなると汚染されればまさに災害とそうなりますか。」
「はい。過去に数度ありましたがその時は随分とご迷惑をおかけしたとか。」
「加護が無くなったとしても、ですか。」
「祖から継いだ能力と、神々から頂いている加護は別物ですから。そう言った意味では人族の皆様は祖から受け継ぐものがほとんどないので、理解は難しいかと。」

種族、それとして備えている特性だけでも、存分に暴れまわれるとそう言われてしまえばトモエは苦笑いしかできない。そうしながらもオユキに視線を向けたところで肩を竦められるだけだ。

「今となっては異邦人、そう言った私たちが選べたのは、人だけですから。」
「随分と厳しい世界だったようですね。」
「だからこそ、神々の加護がある、そう言う事でしょうとも。」

ただ、それにしても汚染されないのであれば、人以外も受けられるのだから差は歴然として存在する。

「闘技大会には制限もありましたが。」
「まぁ、戦と武技の神の語った内容であれば、人と獣人以外は難しいだろうな。」
「そう言えば、こちらにはどういった種族が。」

トモエの疑問に思えばそれすら説明していなかったかと、オユキとしては反省を覚える。

「それこそ、神々から伝え聞いた区分、最も大きなそれ以外は時間がかかりすぎるな。」
「カナリアさんが翼人と、そう名乗られましたが。」
「恐らくは半神の血統だろうな。獣の特徴としての翼でないなら、神の使いしか人の形、まぁ要は我らと同じような姿をしたものだが、それで翼をもつ種族はおらん。」
「それを言えば、アイリスさんもそれに連なるとのことでしたが。」
「神の眷属と、神、それもまた違っておってな。それこそ巫女様から聞くのがいいのではないか。」

ローレンツが、恐らく彼にしても詳しくは無いとそう言った理由からだろうが、神から位を得た、それに間違いなく詳しいはずの人物を示す。
最もその相手は聞こえないふりをしてグラスに注がれた葡萄酒を舐めているが。こちらでは好むものが少ないのか広く知られていないのか。甘味を好むようになったこともあり、トモエが用意を頼んだ凍らせた果実を加えた物を舐めている。

「生憎、私どもは異邦の身。未だにその辺りに迄手が及んでいませんから。」
「ええ、オユキ様は、それよりも先に身に着けていただくべきことが多いですから。仲がいいのは構いませんが、トモエさんに髪の手入迄任せようとなさるのは、見過ごせませんもの。」
「今回の降臨祭に合わせて、神々については創世期の朗誦の練習の中でご教示いただく運びに。」
「もう、聞いていた通り、こちらの事には興味もない。」
「シェリア、貴女にしても随分と時間がかかったでしょう。」

跳ねっ返り、そう呼ばれた相手がオユキに言い募るのをタルヤが諫める。

「言い訳にしかなりませんが、正直時間が。」

枕の通りではあるが、オユキにしてもいい分という物はある。
祭りの式次第、戦と武技の巫女としての振る舞い、それに似つかわしいだけの技の維持、今後の予定や計画に参画したうえで予測やそれに対する計画の立案。トモエに一部任せてるとはいえ、次々と持ち込まれる物品やもはや隠す気もない遠方との連絡手段によって届けられる手紙の数々。それに対応していれば、否応なく時間というのは飛ぶように過ぎる。
今こうして日が沈んでから、その時間をこうして好ましく使えているのはトモエがオユキの精神状態の維持向上に必要だと話したから配慮がなされているだけだ。
未だに用意された執務室には、始まりの町、ここに居を構えている貴族階級に向けて出した招待状、その辺じと巫女への就任祝いがつづられた手紙が残っている。一応、身分だけで言えばオユキが上位であるし、王家やメイ、正式に代官となった相手よりは下位であるため後に回しているだけのタスクが多方なりとも積まれている。
身の程知らずな身内の押し売り、そう言った物も存在するためきっちりとそれらは記録に残して方々に伝えなければならないこともある。そして、何よりも厄介なのが王妃と王太子妃からの手紙だ。
そう言った相手に慣れた公爵夫人が側にいないため、返事を書くにも一々そちらへ確認がいるのだ。
知識と魔、そちらを優先すると決めた事で何やらより一層オユキからすれば意味が解るようで解らない逸話が織り交ぜられた手紙というのは、本当に過剰の労力が必要となるものだ。
事、それに関してはそちら側からの手配である近衛に頼めることなど何もない。

「せめて、手紙に使う時間が減れば。」

さて、似たような言葉は生前何度も口にしたものだが。社内、社外。そちらのメールを確認し返信する。それだけが業務となる日等、果たしてどれほどあったものか。
勿論、そのオユキの言葉は黙殺される。この場にその関係者でない物は頭を抱えるトモエとオユキだけしかいないのだから。
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