憧れの世界でもう一度

五味

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8章 王都

お疲れ様

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「皆さんも、お疲れ様でした。」

昨日とは違う屋敷、その広い部屋の一つに集まり、既にこちらに移動していた子供たちも交えて、15人にも及ぶ顔が一堂に揃ったところで、オユキが音頭を取る。
護衛の追加、ダビとマルタは流石に今日からというわけにもいかず、護衛役としてはアベルとアイリスが、無論屋敷の外にはそれなりの人数がいるし、他の部屋にも配置はされているが、ここにいる顔で慣れていないのは、精々が入り口付近で伺っている執事その人くらいであろう。
こちらの監視であったり、要望を察するためであったり、彼以外にも補佐は二人ほど紹介されているが、今は彼しか見えるところにはいない。
一同が付いた席には、今日ばかりはと手づかみでも食べられる始まりの町で慣れた形式の食事が並んでいる。

「あー、うん。疲れたよ。」
「皆さんの方には、王妃様でしたか。」
「よくわかるな。」

王太子妃が動けない以上は、見極め役になるのは他にいない。離宮という場所もある。平時であればまだしも。
道中アベルからもそういった話は出ていた上での事ではあるが。

「他には難しいですからね。」
「ま、色々聞かれたけど、聞かれたことに応えるだけだったけど、なんか疲れた。」
「あ、でも勝手に約束しちゃったけど。」
「おや。」

流石にそのあたりはこちらに回ってくるかと考えていたオユキとしては、少し意外な内容だ。

「月と安息の教会にばーさんからの預かり物届けるって言ったら、王妃様が一緒に行くって言いだしてさ。」
「ああ。王太子様のお子様の事が有りますから。」
「ああ。で、お礼もあるからって言われたら、断れなくって。そのついでに旅の無事の報告とか、その辺の教会も案内してくれるって話になって。」
「お孫様にあたるわけですから、王妃様もお忙しいとは思いますが。」
「あー、そういや、そうだな。案内してくれるって言うから、頷いたけど、遠慮したほうがよかったのかな。」

トモエの疑問にシグルドがそういうが、今更遅い。
上位者の施しを一度頷いて、後からというのは流石に許されるものではない。

「さて、先方から仰って頂いた事ですから、受けないのも理由が無いならよくは無いでしょう。
 色々と、こちらの土地勘もない中では、有難い事かと思いますよ。」
「だと思うけど、なんか、妙に構われてな。」
「お子様は王太子様だけのようですし、お孫様については、生まれてしばらくは王太子妃様に遠慮もあるでしょうから、子供の世話を楽しんでいるのでしょう。」

トモエとオユキの見た目の年齢、これが離れていれば分かり易い下心も見抜けるが、異邦人と現地の者、その差を重要と考えている、そういったこともあるだろうが、さて。
オユキとしてもまだ顔を合わせた事もない相手の寸評は難しい。

「なんにせよ、一先ずは落ち着けます。公爵様からも王都での生活については確約を頂けましたので、後程皆さんからも、あちらの執事様へ頼まれごとをお伝えしてくださいね。」
「あ、その、ごめんなさい。でも、お願いしますね。」

オユキが促せば、そうアナが改めて頭を下げ、心得ているとばかりに頷かれる。

「ともあれ、明日は狩猟者ギルドに移動の報告と、運動としましょうか。流石に移動が続くと。」
「えっと、でも、いいのかな。」
「ご出産については、私たちがすることはありませんし、王太子妃様、それからお子様、どちらもが落ち着いてから公表となるでしょうから、少し時間は空きますからね。」
「えっと、オユキちゃん、その後には何かあるんだね。」
「皆さんもですよ。今回のお礼にと呼ばれますから。」

そうオユキが告げれば少年たちは頭を抱える。
さて子供たち、領都組についてはと考えて視線を向ければ、執事から回答がある。

「皆さん揃ってとのことです。」
「そうらしいので、ティファニアさん達もですね。しばらくは夕食はマナーの練習も兼ねてとなりますね。」

少々不満の声も上がるが、それについては元騎士団であるアベルから即座に制止がかかる。

「お前らな、騎士になれば必須だぞ。この機会に勉強しとけ。」
「元王都第4騎士団、その長を務めた方からの助言ですよ。」

そう言えば、紹介していなかったと今更ながらに思い出し、オユキが補足する。
すると、子供たちからは歓声が上がる。
憧れの組織、その長を一度は務めた人間なのだ、そうなるのも当然だろうがアベルは居心地が悪そうだ。

「第四は魔物狩り主体だから、お前らが思うような物じゃないんだがな。」
「お話、聞きたいです。」
「ま、食事の時にでもな。代わりにお前らもきっちりとやる様に。」

それには実に元気な返事が返ってくる。
そして少年たちに楽しみがあるならと、トモエが今度は口を開く。

「さて、王都の闘技場、そこで加護が全くない、その状態で試合を行える機会があります。
 シグルド君たちは、参加しますか。」
「おー。でも、良いのか。弟子じゃなきゃ流派は。」
「流石に名乗りの許可は上げられませんが、腕試しにはいい機会ですから。」
「そっか。なら出たいな、俺も。えっと、その時は、こう狐のねーちゃんみたいなの言わなきゃいけない時は。」

そう聞かれて今度はトモエが考え込む。
そもそも他流派との試合ができるものは、名乗りが許されているものだけ。
そうであるなら、それが許されぬ手合いの名乗りなど流派にはない。

「アイリスで良いわよ、繰り返すけど。」
「あー、慣れないし、結構年行ってるし。」

そうしてシグルドの迂闊な発言は鼻先をあぶられて咎められる。

「私の種族は長命なだけよ。見た目で言えばトモエより少し上、でしょう。」
「自覚はあるんじゃねーか。」

重なる言葉は今度はアナによって窘められる。以前領都での事で覚えたのか、肉の薄い脇をきっちりと打って頭を下げるシグルドのそれを掴んで、アナが謝る。

「その、ごめんなさい。」
「よくないけど、まぁいいわ。既に罰は受けているし。トモエとオユキも出るようだし、上手くいけばあなた達も立ち会えるわ。」
「でも、二人とも頼めば受けてくれますから。」
「まぁ、そうね。」
「尋常の試合と訓練は違いますからね。いい経験にはなると思います。出たいと、そう思えば仰ってくださいね。
 私たちが戻る、その前には執り行われますから。」

そんな話をしていると、シグルドが思いついたように、未だに打たれた場所は抑えているが、声を上げる。

「元騎士のおっさん、出て来るのかな。」
「分かりません。」
「そっか。どっちかって言うと、あのおっさんとやりたいかな。」

シグルドにとっては思い出深い相手であろうし、そう思う気持ちも分かるが、実家、王都にあるそこに戻り、頭を下げたとして、さて、そういう機会に名乗りを上げる事を許されるか、それは分からない。

「間違いなくイマノルさんのお家の方、そのどなたかは出て来るでしょうが。」
「んー、それも、なんか違うし。」
「俺から声をかけるか。」
「いや、それもなんか違うしなー。」

アベルが、元上司がそういうが、シグルドとしてはいやいや出た相手と当たれたところで、そのような物だろう。
そういった幼いからこそ言葉にはできていないが、正しくまっすぐな在り方は何とも微笑ましい。

「ああ。そういえばアベルさんはこちらでの事もご存知ですよね。」
「まぁな。それこそ庭みたいなもんだ。」
「一度ご挨拶に伺いたいと言えば。」
「構わんぞ。向こうも喜ぶだろうしな。ただ、まぁ。」

トモエは興味はあるようだが、オユキとしてはアベルの懸念も分かる。

「そちらは一度公爵様にお伺いを立ててからですね。他からのちょっかい、他に言いようもありませんが、それを断って頂くというのに、こちらで勝手をするのはまた違いますから。」
「ああ、武家は貴族扱いとなりますか。」
「恐らくは。」

そうですよねと、アベルに視線を投げれば、説明もある。

「騎士になれるのは貴族だけだ。ああ、お前ら落ち込むな、騎士になれれば貴族になるという事でもあるからな。」
「こちらにも騎士爵が。」
「初めて聞く言葉だが、騎士というのがそもそも最下位の爵位だからな。」

個人用の一代限りだが、そう注釈も入る。
さて、そういった気楽な話をしながらもオユキとしては考えるべきことがある。
こちら、王都では王太子が、ともすれば王も既に数人の異邦人を囲っている。
そうであるなら、何故己なのかと。
戦と武技、こちらはまだ分からないでもない。その道に傾倒していた自覚もあるし、ずば抜けた才覚を持つトモエもいる。それこそこちらの戦闘を日常としている、そういった相手にも感嘆されるほどの腕前を持つトモエが。
しかし月と安息、そちらは分からない。王都に関してはたまたま近くにいた、戦と武技の神が聞こえる、呼びつけやすい、そういった理由と納得できるが、こればかりは理由がわからない。
悪戯気な視線、驚かせることを楽しむしぐさ。つまるところはその背景にこうすれば驚くだろう、そういった計算があるのだ。
その計算高さを考えたときに、どうしても理由が見つからない。
こうして頭を悩ませている所ただ眺めて楽しむ、そういった手合いもいるにはいるのだが、そうであるなら過剰の労力こそ敬遠するだろう。

「オユキさんは、悩みごとがあるようですが。」

何時しか思考に没頭していたのだろう。慣れた感触と、掛けられた声でそれにオユキが気が付く。

「どうにも、今夜お応えが頂けると分かっているのですが。」
「私からは、知らぬことを楽しみましょうとしか。」
「いけませんね、余裕がないせいか、余裕を作ることに腐心してしまいます。」

言われて反省はするが、どうにもアベルとアイリスからの視線が刺さる。
アイリスには、あなたもですよと視線で返すとして、アベルには。

「ともかく、明日はこちらの都合で動く、その予定です。」
「ま、予定は未定、そういう事だろ。」

まだまだ経験の足りない一同が不思議そうにはしているが、説明できるほどの予想はオユキも立たないのだ。
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