憧れの世界でもう一度

五味

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8章 王都

練習

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「それでは、こちらでお待ちください。」

その後も数度、同じようなやり取りを行い、たどり着いてからはどうやら宮がいくつかあるらしい。
公爵とオユキ達四人、その顔ぶれで案内をされる。
裏手、使用人が使う道だろう。そこを通り、美しいであろうその外観を楽しむ事も出来ず中へと通される。
内装も十分に目を楽しませるものではあるが、やはり建物の顔はその外観であるのだからと残念な気持ちはあるが、おとなしくついて進む。
降りたときに確認した公爵の馬車に、その紋章がついていなかったことを考えれば、確かに非公式そういう事であるらしい。
公爵であれば、とも思うが五公の内の一つ。そう考えればよくない納得もできる。

「ふむ。ようやく一息付けるな。すまんがオユキ、アイリス、先に確認を行ってくれ。」

公爵の側仕えが一人しかいないのは、そもそも多くを連れてこれなかった、後発で来るのだろうが、それもあるだろうが何より他にやることが山のようにあるからだろう。

「畏まりました、公爵様。」

オユキがそう返して持つようにと、そう言われた木箱を空けて中を改める。
そもそもオユキ達がここまでずっと持っていたこともあり、中身に問題は無い。そのはずであったのだが。

「はて。」
「どうした、何があった。」
「いえ、神像の色が。」

さて、神から与えられた神像は、よくあると言えば語弊はあろうが、白く美しい光沢をもつものであったはずだが、今は黒く染まっている。
その神像を横合いからアベルと公爵が覗き込み、ため息をつく。

「そうだな、その方らは知らぬだろう。」
「となると、通常の状態、そう考えても良いのですね。」
「うむ。正しく祀らねば色を失う、そういう物なのでな。そして、祈りを捧げ、供物を捧げ、像を育てるのだ。」
「育てる、ですか。」

成程、想像以上に愉快な代物であるらしい。
確かに言われてみれば、色々と大きさが違っていたようではあるが。そういった理屈であるらしい。
小さいながらも、始まりの町、その神像が大きいのは、歴史の賜物という事であろう。

「失礼します。月と安息の女神の協会から司祭様と、水と癒しの女神の神殿から助祭様二人が参られました。」
「分かった。お通しせよ。」

公爵がそう告げればすぐに部屋に3人が通される。見覚えのある顔は、一緒に来ていたはずだが到着から顔を合わせる事の無かったリザだけであろう。

「数日ぶりです。オユキ様、アイリス様、トモエ様。今回も神々より頂いた使命を見事果たされたとのこと、お慶び申し上げます。」
「どうぞ、あまりかしこまらずに。リザ助祭も、お元気そうで何よりです。この度は過酷な道行でしたでしょうから。」
「お恥ずかしながら、私たちには神々より頂いた奇跡がありますから。到着して、こちらの司教様の願いで。
 では、私からご紹介を。水と癒しの女神、その神殿より助祭フェリシア。月と安息の女神を祀る教会より司祭ソフィ・マリア・プリエステス。」

リザの紹介に合わせて、両名とも当たり前のように膝を付き頭を下げる。
公爵への挨拶を飛ばして、つまりそうなるほどに今回の事は神職の者にとっては重たいのだろう。
そして、先にこの3人で来たという事は、練習の時間がある、そういう事でもある。

「どうぞ楽になさってください、フェリシア助祭、ソフィ司祭。私共はあくまで神から賜った物を運ぶ、それだけにすぎません。此度の事、その差配の労は公爵様に担っていただいた物です。」
「いいえ、運び手様。斯様に短い間に、加えてこの度は神のお姿の映し、それまでも。」
「どうにも、異邦からの身、浅学故事の軽重も分からぬ者。長くこの世界を支える神々、その良き奉仕者であった皆様に比べれば、何程の物でもありません。」

そうして、互いにいえいえと、選ぶ言葉こそ違えど、これまでにも馴染みのやり取りをして暫く。
こちらに通された者、その顔ぶれを見て、気になることをオユキは尋ねる。
そもそもこちらには恐らく関係するであろう神が3柱いるのだ。それこそ創造神を祀る教会が無い事はなんとなく察しているが、もう一柱は間違いなく有るだろう。

「その、戦と武技の神、その協会からは。」
「今は、あちらの教会の者たちは皆忙しく。」
「ああ、既にそちらはそちらでという事ですか。」

そう言われれば思い当たることはある。となると短剣はその時にまた巫女から、そうなってしまうかもしれない。
気軽に街歩き、それが許される身ではありたいのだが、その辺りは戦と武技の神が確かに約束してくれた事に任せるしかないだろう。
その後もいくつかやり取りを終え、ようやく立ち上がって貰えた二人に、早速とばかりにオユキとアイリスが願い出る。

「こうして先にお二方に来ていただけた、そうであるならぜひとも伺いたいことが。」
「ええ。助祭リザより私どものつまらぬ決まりにご配慮いただける、そう伺っております。」
「それと、誠に申し訳ありませんが。」

つまるところ正しくない祀り方をしている、その証左たる色の変わった神像は見せるのにためらいも覚えるが、そもそも彼女以上に分かるものもいない。

「ええ、心得ておりますとも。どうぞお気になさらず。」
「お気遣いありがとうございます。」

どうにも、こちらの世界の仕組みとして、公爵よりも王よりも、神職の一部が上位に来る、それは分かるのだが、やはり慣れない。合間に公爵へと数度目を向けるが、疲労もあるのだろうのんびりとお茶を口に運んでこちらを眺めているだけだ。
もう少し露骨に観察されるかとも思えば、そうでもない物らしい。ではさて、何を見られているのかと考えそうになるがそちらは片隅で行い、目の前でソフィが聖印を切り祈りを捧げるだけで、色が変わる神像を眺める。

「虹月石、あちらで作られた祭具のようですね。」
「ああ、そういえばオユキ様は、当教会にも納めていただきましたね。」
「今回の事が分かっていれば、こちらへもと、今更そう思うのですが。」
「それこそ神の配剤というものでしょう。こちらは、王太子妃様とご子息の離宮へ、こちらは王都の中央、王城ですね。」

どうやら、本当にこちらの神職であれば色々と分るものらしい。

「御言葉の小箱と、こちらの王太子様の御子への贈り物については。」
「後程司教様へ。」
「畏まりました。」

有難いことに、仰々しい本祭はそちらで引き取って頂けるらしい。
そして、そこからは以前ともまた違う略式としての作法を説明される。
オユキとアイリスは、ただそれを言われるがままに覚え、こなす、その作業を行う。

「巫女様方は、筋がいいですね。やはり普段から体を動かされているからでしょうか。」
「その、巫女様というのは。」
「私も、正直実感がないのよ。出来れば遠慮いただきたいわ。」
「では、オユキ様とアイリス様と。」

それぞれに神々からの下賜品の乗った盆を持ちそれを一先ず王の代理、公爵へと渡す、そういった練習を繰り返す。
アベルでなくてもいいのかと、そんな事を考えながら。そして一先ず問題なし、少し休憩をとなったところに先触れがある。

「ぬ。早いな。朝議を切り上げたか。怪しまれるからやめよと言ったはずだが。」

さて、アベルから聞いた予定では昼を過ぎたころ、そうなっていたというのに今はまだ昼食にも早い時間だ。
オユキとしては、人の親、その心の動きが分からないでもないため納得は行くものだが、重責を抱える人物としてはさて。特に今回は孫でもある。

「人よりも神を優先する、そうあるのでしょう。」
「間違ってはいないが、隠すのがな。」

成程、いよいよ文字通りの王権神授、そういう事かとオユキは納得する。

「公爵様。領都でも運び手を務めました。調べれば時間はかかりましょうが。」
「そうなのだが。少なくとも此度の滞在、その間は任せよ。」
「お手数をおかけいたします。」

さて、そんな話を少しすれば、改めて助祭とオユキ達は平伏し、公爵と司祭は頭を下げて立つ、そのような姿勢で待つ。当然ではあるが、他の使用人は恐らく扉のかかりは外に残っているだろうが、それ以外は別室にて控えている。

「皆、楽にせよ。あくまで非公式、そして我が礼を言わねばならぬ者ばかり。
 加えて我が王としての職務を持つのは王宮と国事、その場でのみだ。
 まぁ、そうはいってもこうして偉ぶった言葉を使えば、それも難しかろうがな。」

そうして豪快な笑い声がオユキとトモエにも届く。
成程、つまりはそういうトップであるらしい。であればなおのこと難しい相手だと、そういう事なのだが。

「さて、まずは座って話なそう。我が孫の恩人、神よりの遣いを果たすお前たちを下に置く、流石にそんな無体な真似は好まんからな。」

そう促され、公爵にも声をかけられれば流石に否はない。
さて、練習の成果を披露するのは司教が来てからになるだろうが。予定を前倒しした、そうであるならその理由は間違いなく持っている、そういった手合いであろう。
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