憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

神の実在

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傭兵ギルドを後にした後、別れた少年たちが、何処かおぼつかない足取りで去っていくのを見送り、オユキとトモエは、以前聞いた肉屋へと足を運んだ。

「いらっしゃい。ああ、あんたらか。用意できてるぞ。」
「覚えていてくださったのですね。」
「まぁ、珍しい組み合わせだからな。もう少し早く来るかとも思っていたが。」
「その、河沿いの町まで出向いていたもので。」
「ああ、もうそんな時期か、さてと、今あるのは4種類だな。
 どうする、味見して決めるか。」

店主がそういって、大の上に、4つの肉の塊を並べる。
色も薄い桜色、見慣れたハムの色をしたものもあれば、茶色を帯びた物、表面に香草の類がまぶされているものと様々だ。
そして、そのどれもが、大きい。
前の世界で見た、ハムのブロック、それの倍はあろうかという大きさだ。

「その、随分と大きいようですが、切り分けて売ってもらうことは。」
「ああ、やってるぞ。ま、あんたら二人じゃ、流石に多いよな。」
「宿の方にお願いして、任せてしまえば、大丈夫かとは思いますが。」
「ああ、宿住まいか。狩猟者だもんな。どこの宿だ。」
「渡り鳥の雛亭ですね。」
「あそこか。どうする、重たいだろうから、買ってくれりゃ、こっちで運んでおくぞ。
 あそこの女将は煮込みが得意で、こういったのはまず買わないからな、もってきゃ喜ばせる自信はあるが。」
「そうですね、他にも寄りたいので、お願いしてもいいでしょうか。それぞれ、少し試させて頂いても。」

そうトモエが声をかければ、一口大に四角く切られたものが差し出される。
そのどれも、味は間違いなく良く、そこで出るのは好みの問題でしかないだろう。
見慣れた色合いのものは、やはり慣れた味が、茶色を帯びた物からは、柔らかな木の香りが、それよりも少し色が濃いものは、表面を焼いてあるのか、触感も含めて面白く、向こうであればハムと言わず、焼き豚などと呼ぶものに近い。
そしてもう一つ、香草を使った物。オユキは流石に詳しくなく、爽やかな香りが、油のくどさを、加工の段階である程度落ちて、食べやすくなっていることに加えて、さらに食べやすく感じられる。

「どれも、美味しいですね。お値段は。」
「一つ、ああ丸ごとでな、200だな。」
「では、それぞれ一つづつ貰えますか。」
「毎度。どうする、後で宿に届ければいいか。」
「申し訳ないですが、それでお願いしますね。知人に酒飲みもいますから、良い当てと喜びそうです。」
「間違いないな。」

そういって、笑う店主に後を任せて、オユキとトモエは宿ではなく診療所に向かう。
その道中、時間があれば始めてくる区画でもあったため、他の店も覗こうかなどと考えていたが、既に日が傾き始めていたため、急いで移動することとなった。

「遅くに申し訳ありません。」
「いえ、大丈夫ですよ、おや、手首ですか。」
「はい、それと打ち身にいい薬などはありますか。」

トモエがマルコに尋ねる言葉に、明日からの少年たちの苦難を偲ぶ。
自分も、打ち合い稽古が始まってからは、隙があれば、おかしいところがあれば、ポンポンと、相応の痛みを加えられたものだと。

「今は、無いようですが、狩猟者の方ですからね。
 分かりました。少し用意してきます。手首は、明日には問題ないでしょうが、簡単に処置だけしましょうか。」
「お願いします。」

そういったマルコは裏手に行くと、いくつかの薬を手に、戻ってくる。
そのうちの一つをトモエの手首に塗って、手早く包帯を巻くと、打ち身用の薬、ぱっと見軟膏に見えるそれの説明を行う。
木箱に入れられ、紐で括っただけのそれを示しながら、保存がどれくらい聞くのか、適量がどの程度か、その説明は実に的確で分かり易い。

「患部全体に塗らなくてもよいのですか。」
「それだと使いすぎですね、それで何か問題が出るわけではないので、そのように使っていただいても構いませんが。」
「いえ、馴染みのあるものだと、そのように使っていたので。」
「ああ、そういう物もありますよ。ただ、それだと嵩張るので、狩猟者の方には向かないでしょう。」
「気配りを頂き、ありがとうございます。」

そうして、診療所を後にすれば、すっかり夕焼けとそう呼べる光景の広がる道を、二人で歩く。
傭兵ギルドを出て、正しくは、少年たちを見送ってからだろう、何処か元気のないトモエの手を取り、オユキは歩く。

「あの少年たちに話すとき、神について触れたことを、後悔されていますか。」
「ええ、少しばかり。」
「実在し、実際にその力を振るえる。また善悪の判断に、その価値観に、大きな影響を持っている。
 そんな世界で、教会というまさしくお膝元で暮らしたのです。彼らにとっては、確かに重いでしょう。」
「そうですね。少々軽率、いえ、やはり価値観として、以前のものを引きずりすぎていますね。」
「しかたないではありませんか。」

気落ちして、ため息のようにこぼすトモエに、オユキは殊更明るく話しかける。

「向こうでも、それは避けられませんから。気を付けたところで、そこには気遣いが互いにあるだけです。
 違うからこそ、私達は異邦と、そう呼ばれているのですから。」
「そう、でしょうか。」
「ええ、あの子たちの神に対する考えは、私達では推し量れないでしょう。
 餅は餅屋です。教会の方に任せましょう。そして、後日改めて教会に謝罪にいきましょう。
 それしかできませんよ。今後も教えを説くときに、精神修養も、入ってくるでしょう。」

そう、オユキが言えば、トモエも頷く。
戦うものとして、戦いの場で、持つべき心構え。
最終的には、あの子たち自身が、己の内に固めるものではあるが、それを固めないことを許せはしない。
さもなくば、危険なのだ、あの子たちが、誰か一人、戦場で迷えば、誰かがその負担を被るのだから。
日常であれば、まだよい。関係性の中、持ちつ持たれつ、それで済む。助けられた今回を、助けた前回、もしくは助ける次回で、挽回が効く。
しかし、魔物との戦いでは、命を落とす。そうなれば、そこから先は無い。
戦える力を持ち、戦いに臨む、前の世界では、それこそ心構えでしかなかったが、こちらでは、壁一枚、その向こう側でしかないのだから。

「ならば、どうにもなりません。先ほども示したように、神の教えに背くものではないと、そう示すしかありませんから。
 伝え方がわからなければ、それこそ教会の方を頼りましょう。
 ミズキリも言っていたではありませんか、頼るのは恥ではありません。
 出来もしないことを、出来ると言い張るほうが、恥じ入るべき行いですから。」

トモエの正面に回り込み、両手を取り、そう語り掛ければ、トモエの迷いも消えたようだ。

「そうですね。いけませんね。
 どうしても年を取ると、どうにもできるのだと、自惚れてしまいます。」
「私もそうですよ。なので、私はトモエさんが、トモエさんは私が。
 それでいいではありませんか。」
「ええ、まったくですね。」

そうして、今度は二人で足取り軽く、並んで歩き、宿へと戻る。
フラウから鍵を受け取り、身支度を整え、改めて食堂に顔を出せば、既にハムは宿に持ち込まれていたようで、かなりの量が纏めて焼かれて、机に運ばれてくる。

「はい。おすそ分けですよ。」
「いいの。あ、美味しい。こういうのもいいな。
 あ、お母さんが余ったのはどうするかって。」
「皆さんで食べていただいても構いませんよ、私達では、半分も食べるころには痛みそうですから。
 ああ、あと、トラノスケさんとミズキリが気になっているようなので、二人にも出してあげてください。」
「分かった、伝えとくね。」

そういって、フラウが机から離れていく。

「悪いな。にしても、この町にも燻製なんてあるんだな。」
「干し肉だって、燻していますよ。」
「そういやそうだな。」
「私達も、魔物と往復だけで、町を見回っていませんが、二人もですか。」
「まぁ、どうしても、こっちに来るとそればかりに目が行ってしまってな。」

そして、そんな話をしながら、どことなく慌ただしかった一日が終わっていく。
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