憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

感想戦はまだ早く

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「ここまでと、しておきましょうか。」

そういって、オユキが剣を下げて、アベルに頭を下げる。

「その、申し訳ありません。数本駄目にしましたが。」
「ま、打ち合いやってりゃ、それが当たり前だ。気にすんな。」

その言葉にもう一度頭を下げると、次にシグルドに手を伸ばしながら、話しかける。

「言葉や、素振りなどでは上手く伝えきれないかと思います。
 これで、少しでも私たちの言う技が、伝わっていればいいのですが。」

ぼんやりとしたままオユキの手を取るシグルドを引き起こそうとするが、体勢が悪く、体格差もある、腕だけで引っ張ったところでどうにもなりそうにない。
それにシグルドは苦笑いしながら、ほとんど自力で立ち上がり、掴んだオユキの手を改めて見る。

「どこにあんな力があったんだか。」
「説明が難しいですね。」
「いや、そういう事じゃないんだ。」

そういって、シグルドが半ばからオユキが砕いた剣を拾って、まじまじと見る。
戦いの終わりに、他の少年たちが寄ってくる、その中で一人勢いが激しい者もいると気づいていたが、オユキは成すに任せた。
結果として、腰元にタックルを食らい、地面から足が浮き、振り回される。

「オユキちゃん、すごい。」

想像できたので、今回は抜け出せるように腕をはさんではいるが、困ったことに、振り回されたままだと、どちらも危ない。

「ありがとうございます。でも、目が回るので、ほどほどにしてくださいね。」

腕を伸ばしたアナに振り回されているため、オユキの手が肩まで届かない。
それで肘辺りを軽くたたいて声をかける。
しかしオユキの声は届いていないようで、実に楽し気に振り回す。
ただ、それを見ていたシグルドがアナの肩を掴んで止める。

「降ろしてやれよ。」
「ああ、ごめんね。」

そうして、地面に下ろされたオユキは、改めてシグルドに声をかける。

「さて、少しは参考になりそうですか。」
「いや、まったく。」

そういって、シグルドが苦笑いをして、何処かすっきりした表情で話し始める。

「何が起こってるのかも、よくわかんなかったよ。」
「まぁ、そうなりますか。」

オユキはその言葉にトモエをちらりと見る。

「半年もすれば、触りくらいは出来るようにしますよ。」
「なる、じゃなくて、するんだな。」
「ええ、私が教える以上、そこで半端はありません。」
「お、おう。そうか。頼む。」

口ではそういいながらも、シグルドは腰が引けている。

「オユキがやったのは。」
「あれは、剛剣の類ですね。」
「アレを先に習うことは。」
「難しいですね。少なくとも今教えていることができないと、下地もできませんから。
 力技に見えるでしょうが、実際のところは繊細な技術ですよ。」

トモエがそう言えば、パウが唸る。

「最後の、なんか踊ってるみたいなのは。
 私も、あんなふうに動いてみたい。綺麗だったもの。」
「あれは、私達の流派にはない物ですね。」

トモエがそういって、オユキを見る。
何を聞きたいかはわかるので、それをオユキはすぐに応える。

「まぁ、真似事のような物です。もう少し研鑽を積まないと、教えられるほどにはならないでしょう。」
「演武の派生ですか。」
「ええ、この体に合うものを、私も考えなければいけませんから。」
「熊の時にも片鱗はありましたが、成程。」
「トモエさんからは、どう見えましたか。」
「これから、としか言いようがありませんね。まだ粗が目立って、海の物とも山の物とも。」

トモエの評価に、オユキは肩を落とす。

「えっと、トモエさん。あれで、そんな評価になるの。」
「はい。技と呼べるほど洗練された動きではありませんし。」

そういって、トモエが話しかけていた、アナの横にゆるりと、オユキの物よりもさらに滑らかに、静かに、回り込んで見せる。

「見ただけで、このように。」
「えっと、うん。私たちはすごい人に教えてもらってるんだなって。」

アナはトモエを目で追うこともできずに、肩に置かれた手を追いかけて、トモエの顔を見ると、とてもぎこちない発音で、そう口にする。
実際のところは、似た動きであって、オユキの求めた物とはずれがあるが、完成度で言えば、雲泥の差だ。

「背中は遠いですね。」
「なので、同じではなく、並ぶ道を探してくれるのでしょう。」

トモエにそう笑いかけられれば、オユキも笑い返すしかない。

「なんにせよ、今皆さんに教えている構え、その先にある物ですから。
 今後、どのような事が出来るようになるのか、その手本を示せたのなら、良かったのですが。
 見ただけでは、どうやっているのか分からない、それでも構いません。
 ただ、今後のあなた方の思い描く姿、そこに私たちの技術は必要そうでしたか。」

そう、トモエが尋ねれば、少年たちは揃って頭を下げて、声を上げる。

「お願いします。」
「分かりました。それでは、明日からもやっていきましょうか。ただ、そうですね。」

トモエがそういって、難しい顔を浮かべながらアドリアーナを見る。
顔をあげた少年たちは、何故一人だけをそんな表情で見ているのかわからないのだろう、不安げな様子を見せる。

「アドリアーナさんは、弓を望んでいましたよね。
 やはり、私達はそれを修めていないので。」
「あの、弓じゃなくても、構いませんよ。私は。」
「いえ、やって芽が出ないならともかく、何もやる前から諦めることもないでしょう。」

そんな話をしていると、アベルが、割って入ってくる。

「流石に弓までは手を出してないのか。いいぜ、うちに任せな。」
「弓も扱うのですか。あまり傭兵の方に向いている物でもないように思いますが。」
「そんなことはないぜ。確かに矢玉を護衛で大量に運ぶのは難しいがな。
 それこそ、場所と得物によっては、だ。ええと、嬢ちゃん、いやいっそトモエたちもだな、うちにくりゃ、見てやるよ。剣の訓練の合間にでも、試してみりゃいい。」
「お世話になりますね。アドリアーナさんは、それで宜しいですか。」
「その、私の我がままで。」
「前に言ったかもしれませんが、己の命を預ける物です。妥協は必要ありません。」

トモエがそう強く言い切れば、アドリアーナは頷いてから、お願いしますと、そう口にした。

「さて、まだ時間はありそうですが、今日はここまでにしておきましょうか。」

そうして、トモエが解散の流れを作ると、イマノルが、アベルに声をかける。

「団長。」
「おう、決めたか。」
「はい。今までお世話になりました。」

そういって、イマノルは腰に下げていた剣を、鞘ごとアベルに渡す。
少年たちは今度は何だと、目を白黒とさせ、トモエたちにしても、何事かはわからないが、ひとまず見守ろうと、足を止める。

「ま、どうせまた戻ってくるだろ。」

一度受け取った剣を、アベルはイマノルに投げる。

「家に帰って、許してもらえればいいのですが。
 まぁ、もう一度、きちんと学んで来ようと思います。」
「騎士団の剣技は、質が違いすぎるからな。
 まぁ、きちんと技を身につけるといい。思い知っただろ。」
「はい。存分に。」
「ああ、団長、私ももちろんついていきます。」

クララがそう言えば、アベルはそれに苦笑いを返す。

「まぁ、あれだ、戻ってきたときには、いい加減いい報告を持って帰って来いよ。」
「待たせているのは、イマノルですから、私だけではどうにもなりませんわ。」
「その、まぁ、そのあたりも含めて、それでは一度家に戻りましょうか。」

そんなのんびりとした話を続ける三人に、シグルドが声をかける。

「その、傭兵、やめるのか。」
「しばらくは、はい、そうなるかと。」
「俺が、卑怯っていったからか。」
「いいえ。言われなくとも、自覚はありましたから。いったでしょう、そう言われても否定しませんよと。
 なんといいますか、流石にあれでは終われません。私にも矜持くらいはありますからね。
 これまで、軽んじていた、それにあしらわれた、ならばまずは軽視したものに、頭を下げなければいけません。
 悪いことをしたら、謝るでしょう。」
「でも、トモエもオユキも、おっちゃんは悪くないって。」
「そうですよ。試合の枠組みで、あれは問題ありません。それでも私は、良くないことをしたと、そう思いますから。捉え方の問題です。」

そう告げるイマノルの顔は晴れやかで。

「明日の朝には出ますので、暫く、お別れですね。」
「そうですか。その、王都まで。」
「はい、走れば常に町を経由できますから、安全な道ですよ。」

そう言って笑うイマノルは、準備があるのでと、その場を後にする。
そして、そのあとをクララが追いかけていった。
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