憧れの世界でもう一度

五味

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三章 新しい場所の、新しい物

夜の危険

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「本当に大丈夫ですか。」

トモエの心配げな声に、オユキとしては、苦笑いと共に頷くしかない。

「ええ、それに交代しようにも、起きられるか分かりませんから。」
「それは、そうなんでしょうけど。」

オユキが先に見張りをすると、そういえばトモエは不安そうにしていた。
オユキからすれば、道中荷馬車で休んだこともあり、体力はまだあると、そう考えているし、トモエに告げるように一度寝てしまうと、どうにも体が起き上がるとも思えなかった。

「ま、心配するな。それこそ大量にいるからな。一人ってわけでもない。
 で、そっちはそうだな、3人先に起きておくか。大体4時間で交代だ。
 後からの奴は早めに寝ておかないと、起きてからがきついぞ。明日も歩くしな。」

夕食を簡単な干し肉と固く焼かれたパン。皮が厚く丈夫な果物、そういった普段とは全く違うものを軽く口にしただけで、今の時間になった。
日はすっかり沈み、空にはいくつもの月が浮かび、辺りを照らしている。
星は変わらず、一切存在しないが、その夜空は幻想的で美しいものだ。
少年たちからは、シグルド、アン、セシリアの三名が出てきて、残りの面々は、布を敷き、その四方に柱を立て布で覆った、テントとも呼べない物に入っていく。
全体として、ちょうど半分、11名が夜の見張りに立ち、焚かれた火を中心に車座になって座り込む者と、テントの周囲を警戒するものに別れる。
本来な全員で分かれるのだろうが、オユキ達は纏められ、焚火の前に集められる。

「さて、間違いなく外で夜を過ごすのは初めてだろうから、先に説明しておくぞ。」

そういって、アベルが話始める。
夜は魔物が強化されている事、数が突然増えることがある事、昼間は森から出てこないような魔物が出て来ることがある事。
そして、初心者向けの資料には、まず夜に変化する魔物に関しては、書かれていない事。

「その、何で書かないんでしょうか。」
「知っても意味がないからだな。まず初心者が護衛もなしに、夜町から出しちゃもらえないさ。
 で、初心者を抜けるには、必ずこういう形で経験する。」
「そうなんですか。でも、初心者でも別の町に行ったりすることが。」
「そういう時は、護衛が必須だ。さっきも言ったように、さもなきゃ町から出さない。」

アベルが繰り返してそう言えば、アンも納得したのか頷く。

「で、重要なのは当然火だな。狙って魔物が突っかかってくるのは事実だが、それにしても相手が見えないのは避けたほうが良い。」

オユキがそっと武器に手を伸ばしたのに気が付いたのか、アベルがオユキをちらりと見ると、ひとりの傭兵が立ち上がって、短剣を投げる。
そこには、音を立てずに近寄ってきていた蛇がおり、投げられた短剣が、その動きを地面に縫い留める。
そして、もう一人の傭兵が、オユキにもはっきりと見えないほどの速さで剣を一振りすれば、そこには影も残らない。

「こうなるからな。」

その様子に、シグルドたちはさっと顔色を変える。

「ま、このあたりは慣れだ。外を歩くときに、常に魔物がどこにいるかを気にする。
 そうすると不思議なことに、ある程度近づいてくると、見てなくてもどこにいるか分かるようになる。
 過信はできないがな、それを抜けてくるのもいやがるから。」
「偵察、偵察か。それって、やっぱり獣人のほうが有利なのか。」
「まぁ、な。生まれながらに人種とは耳も鼻も目も、どれも比べ物にならん。」

そういって、アベルは一度側で武器を片手に周囲に気を配っているイリアに視線を向ける。

「まだ離れちゃいるけど、森側、サーペント2、グレイハウンド5、キノコ3だね。」

忙しなく頭の上から飛び出す耳を、あちらこちらに向けながら、そう答えが返ってくる。

「ないものをねだっても仕方ないからな。近い奴は俺でもわかる。
 一番近いのは、キノコ3、そうだな。」
「ああ、正解だ。」

その話を聞いたシグルドたちが、武器を手に森のほうを見る。
ただオユキもそちらに意識を向けるが、ただ暗がりが広がるだけで、何かが見つかるわけもない。
さて、今言われた相手は、どの程度離れた位置の魔物だろうか。

「ま、野営の一番の難しさがこれだ。今回はそれを知ってもらうために、わざと火は一か所にしてるが、本来ならテントを取り囲む様に明りを焚く。」
「ああ、そう意図だったのですね。てっきり中に光が入ると休めないとか、そのような事かと。」
「事が起これば全員たたき起こすしな、眠りは浅いくらいでちょうどいい。
 ま、今回経験すりゃ分かるだろうが、遠征ってのはとにかく体力を削る。
 昼間散々歩いて、いつもより短い時間しか寝ないからな。だから、必ずどっかによって、しっかり休む様にするのさ。」

そう語るアベルに、シグルドが首をひねって尋ねる。

「でも、辺境とか、そういうところはどうすんだ。」
「そういうところに行けるのは、だから一握りなんだ。
 食料があるかもわからない、休める場所の見当もつかない。
 そんな旅をして、さらに強い魔物をねじ伏せる。そんな離れ業ができる奴だけさ。」
「いつかなれっかなぁ。」
「なりたきゃなれると言ってやりたいが、運と才能もいるからな。
 訓練すりゃしただけ強くなるとは言っても、その速度に差があるのも事実だからな。」
「ちなみに、おっさんから見て、俺らはどんなもんだ。」

シグルドが、そう興味深げに聞く。
思えば、狩猟者として町の外に出ている若年層は、彼ら以外にあの町で見たこともない。
時間が合わないだけ、そうとも考えられるが、そのあたりはどうなのだろう。オユキはそんなことをちらりと考える。
そう言えば、子供と会ったのは、まぁ、向かった先の問題もあるが、あまり多くはなかったなと。

「流石に、まだ判断できる程でもないな。
 今の調子で、後2年もすれば、王都の騎士団見習いの試験ぐらいは、突破できそうだが。」

その応えに、シグルドはことのほか喜んで、そうかと何度か繰り返す。

「嬢ちゃんの見立ては。」
「そうですね。少々無謀なところは直りましたし、性根も良い。
 口調はともかく、教えを素直に受ける姿勢も、良いことでしょう。
 ただ、我流では大成しないでしょうね。」
「ほう。そうなるか。」
「はい。私がトモエさんと初めてお会いした時、立ち会ったとき、その意気にあと2,3年で到達できるとは思えませんから。」
「ああ、あの兄ちゃんも、人から習ってるわけだからな。まったく、お前らのところの開祖ってのはどんなバケモンだったのやら。」

オユキの言葉に、少し苛立ちを感じたのだろうが、続く言葉に直ぐに納得して、そりゃ無理だ、そんな顔をシグルドがしている。
散々叩き込まれて、とても敵うと思えなくなっているのだろう。

「どうなんでしょうか。源流は、五百年程遡るとか、そういった話も聞きましたが。」
「とんでもないな。」
「はい。とんでもない話がいくつか残っていますよ。」

シグルドに話をせがまれるが、そもそも今は夜警の時間だ。
警戒がおろそかになるようではと、それにやはりトモエのほうが詳しいからと断り、アベルに続きを促す。

「ま、話が逸れたが、夜の主な脅威は、魔物だ。
 次に地面の湿気、冷えだな。お前らも後で火から離れてみるといい。
 途端に寒さが身に染みるだろうさ。だからこうして夜番でも、待機する人間と警戒する人間で分かれる。」
「ほんと、聞くにつけても大変だな。
 そういや、おすすめの人数とか、あるのか。夜も移動するときに。」
「また難しいことを聞くな。状況次第、としか言えんが、まぁ最低は8人だな。4人で4方向。本当に最低限、だな。」
「例えば、夜通し移動するなんてのは。」
「朝までにたどり着けるなら、それもありではあるが、そうじゃないならやめておけ。
 疲れれば、集中力が落ちる。警戒もおろそかになる。危険を呼び込むだけだ。」

そうして、シグルドがあれこれとアベルに聞きながら、野営の講習を受ける。
その合間にも、他の警戒に立っている人間が動くのを感じながら、オユキは密かに睡魔と戦いだす。
初めて夜遅くまで起きているが、見た目通り、夜には眠くなるのだと、そんなことを思い知りながら。
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