憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

訓練の成果

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トモエが少年達を引き連れ歩いていくのを、残りの面々が離れた位置からついていく。
ルーリエラだけは、いろいろと話すことがあるのか、セシリアの隣についているが、他はある程度広がって、周りの警戒をする。
溢れは決定的で、森から魔物が出て来る可能性があり、油断はできないと、それぞれに警戒だけはしている。
少年達とは違う緊張感が、オユキ達にもあった。
それでも、前回散々な結果となった彼らよりは、間違いなく緩いものではあるが。
それぞれに距離を取っているため、ついていっているオユキ達も会話をしたりはせずに、ただ少年たちについていくと、トモエが立ち止まる。
やはり町からさして離れていない場所、そんなところで丸兎を見つけたのだろう。

「いけますか。」

トモエが変わらず先頭に立つ、シグルド少年に端的に尋ねれば、彼もそれに何か言い返したりせず、トモエを追い越し歩く。
その後ろ姿に、トモエが続けて声をかける。

「訓練通りに。肩に力が入りすぎています。
 余計な力が入らなくなるまで、素振りをしますか。」

その言葉に、一度動きを止めると、その場でただ数度剣を振る。

「いいですね。では、無意味に振らずに、突っ込んでくる、それに対して返すことを心掛けなさい。
 大丈夫ですよ。訓練よりは簡単ですから。」

そう、トモエが声をかけると、少年は振り向かず、それでも後ろから見てもわかるほどに首を動かし、前に進んでいく。まだ動きは堅く見えるが、そればかりは慣れていくしかないだろう。
5歩も歩けば、丸兎が気が付いたのだろう、白い毛玉が動きを止める。シグルドもそれに合わせて、剣を構え、以前のようにがむしゃらに突っ込んでいくこともなく、ただ構えたまま立っている。
その様子を見ながら、オユキはさて、トモエからは何点がもらえるだろうか、そんな事を考えて気楽にその様子を眺める。
構えた姿からでも、力量は解る。今の彼であれば、丸兎の一匹程度、何という事もなく切り伏せるだろう。そう感じさせるものが、確かに今の彼にはあった。
そして、丸兎が飛び掛かれば、それに合わせてトモエの教えた通り、まっすぐに剣を振り下ろす。
後ろから見ても、少し目測が甘い、もう少し引き付けてからのほうが良いだろう、そう思うタイミングではあったが、飛び掛かる丸兎を切っ先で地面へと叩き落とし、その勢いのままに踏み込んで、突きを放ち、仕留めきる。
5人で囲んで30分、それがただの二振り。
少年はただ声もなく、握ったこぶしを突き上げた。
持っていた武器を落とし、両手を握り、ただそれを上に向けて伸ばす姿は、実に微笑ましいものではあるが、トモエがそれを許すはずもない。

「武器を地面に落とすとは、何事ですか。
 すぐに拾って、点検をしなさい。」

叱責の声が飛べば、シグルドは弾かれたように武器を拾い上げ、彼の仲間たちが周囲の警戒も忘れて見守る場所へと戻ってくる。
その姿に、トモエは仕方ないと、そんな表情は浮かべているが、それでも口からは叱責を飛ばす。

「収穫物を拾うのを忘れていますよ、まったく。」
「あ、ああ。そうか。そうだ。そうだな。」

シグルド少年はそこでようやく思い出したように呟いて、拾いに戻ろうとするが、トモエはそれを引き留め、他の一人に拾いに行かせ、そのまま戦闘を行うように言う。
少年は戻っても、どこかふわふわとしたような、そんな足取りで、今は武器を点検している。
気もそぞろでやっていい事ではないのだが。
その証拠に、剣をつたう丸兎の血を落とすこともせずに、その様子をぼんやりと眺めている。
そんな少年の頭をアナがはたいて、布を渡す。

「ほら、早くしなさいよ。」
「あ、ああ。」

少年が口数少なく、武器の手入れをするの見てか、静かに近づいたイマノルがオユキに声をかけて来る。

「良い初陣でしたね。」
「あとで、イマノルさんからも褒めてあげてください。
 ただ、良くないことを考えなければいいのですが。」

ぼんやりとした様子に、それでも何か悲しさのような、そんな表情を浮かべるシグルドを、オユキは少し心配してしまう。

「良いではないですか。それも成長ですよ。
 そこで折れれば、また叩き直して鍛えればいいだけです。」
「なかなか、骨太な教えですね。」

二人でそんなことを話していると、どうやら少年の中で、二人の声が聞こえていたわけでもないのだろうが、トモエに顔を向けることなく、こぼし始める。

「なぁ、俺の、俺たちがやってきたことは、意味がなかったのか。」

荒げたわけではないが、悲し気なその声は良く響いた。

「頑張ったんだ、俺たちなりに。確かに、あんたから見れば、大したことが無かったのかもしれない。
 実際、あんなに疲れるほどなんて、やらなかった、出来やしなかった。
 それでも、頑張ったんだ。魔物を倒そうって、みんなで話して。」

震える声で、オユキから表情は見えないが、涙も流しているかもしれない。
肩を震わせ、それが剣も揺らし、そんな様子が遠目にもわかる。

「それがたった、これだけで、簡単にできるようになって。」

さて、トモエはどう答えるのかと、そう考えながらオユキが見れば、トモエが何かを言うよりも早く、トラノスケが少年の背中をたたく。
その勢いで、たたらを踏むほどの力が込められていた。

「考えすぎだな。そもそもこれまでやってなければ、訓練したところでそれも無意味だったろうさ。
 少なくとも、少しやって結果につながる、その下地は作れてたんだ。」

そういって、トラノスケがシグルドの頭を掴んで振り回す。

「無駄になった、意味がなかった、そんなことを言う前に、そうしないようにしなきゃな。」

面倒見のいい彼らしく、そうしてシグルドに話しかけている。
それを見ながら、イマノルも何か思うところがあるのか、頷いている。
そうしていれば、直ぐに気を持ち直したのか、少年はトラノスケの手を払いのけながら、トモエに頭を下げ、良く響く声でお礼を述べる。

「ありがとう。」

少々気負いが過ぎる様子も見えるが、なかなか気骨のいい少年だ、そんなことをオユキは思いながら、若いですねぇ、とこぼすと、イマノルはそれを笑う。

「どういたしまして。それでは、警戒に戻りましょう。次の魔物も近いですよ。」

トモエがのんびりとそう返せば、何処か浮ついたような様子がシグルドから消え、改めて武器の確認を行っている。

「なぁ、こないだ直ぐに鞘に入れずに、地面にさしてたけど。」
「ああ。血と脂を落とす為ですね。刃先が痛むので、あまり褒められたものではありませんが、やはり常に丁寧に手入れができるわけでもないので。」
「ふーん。そんなこ、まめに気をつけなきゃいけないもんかね。」
「魔物と戦っている間に、手入れを怠ったせいで、武器が壊れたらどうする気ですか。」

切り替えの早さは大したもので、トモエに並んで歩きながら、さっそくあれこれ聞き始めている。
よい師弟関係が気づけたようで何より、そんな事を考えながら、イマノルと、森と待ちを守る壁その間に少年たちがいるように、位置を変えながらついていく。
遠くにある森は、昨日までと違い、何処か不気味な静けさを感じる。
一体何処に違和感が、そんなことを考えると、オユキは足を止めて、森を注視する。
それにすぐに気が付いたイマノルは、腰に佩いた剣の柄に手を置きながら、オユキを庇うように斜め前に立ち、警戒を強める。

「何か、ありましたか。」
「いえ、違和感が、少し。」

オユキ自身、何に違和感を感じているのかもわからないが、それでも昨日までと何か違う、そんなことを一時になってしまえば、はっきりと感じる。

「ふむ。ルーリエラさん、イリアさん、少し構いませんか。」

イマノルが声をかけると、二人はすぐに寄ってくる。

「どうしたんだい騎士様。」
「今は元ですから。オユキさんが森に違和があると。」

そうイマノルが言うと、イリアはすぐに森に耳を向け、結果を口にする。

「妙に静かだね。ラルフも、静かすぎると言っちゃいたが、一昨日はこんなじゃなかったはずさ。」
「ん、私は様子を探るには、遠すぎますね。」

イリアは、どうすると、目線だけでイマノルに確認する。

「門からあまり離れないようにしておきましょうか。イリアさん、そのまま森の警戒を。
 ルーリエラさんは、あちらの一団についていてあげてください。
 オユキさんも、また何か思うところがあれば、その時に。」

そういって、イマノルはミズキリのほうへと歩いていく。
さて、出がけにトラノスケがこぼした言葉が現実にならなければいいが、オユキはそんなことを考えながら、改めて森を眺める。
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