憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

初心者講習

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言われた扉を開けると、そこは通路となっており、その先には広い空間が見える。
その切れ目、通路が広々とした空間へとつながる、そこに一人の男が立っていた。
受付に座っていた男ほどではないが、十分すぎるほどに発達した体躯、座らず立っているからこそ目立つ、その身長の高さ。分厚い刀身を持つ剣を、片手で軽く、さして力を入れる風でもなく持ち、立ち姿も力を入れている風ではないが、それでも即座に動ける、そのバランスを保っている。
その様子は、まさに歴戦と、そう評するべきものだろう。
オユキは、その立ち居振る舞いを見て、門番のアーサーより数段上であると見立てる。

「かなりできる方のようですね。アーサーさんよりも上、そう見ますが。」

だが、トモエの意見は異なっているようだ。

「どうでしょうか。理合いが異なるようにも思えます。相性まで考えると、拮抗するか、アーサーさんのほうが、勝るようにも思えますが。」
「アーサーさんは、それほどですか。」
「はい。槍でとなると、恐らく以前の私よりも、技は勝っていたでしょう。」

その応えに、オユキは思わず唸る。
彼我の力量差、それが判断できる程度の経験は積んだつもりでいたが、それでも推し量れない相手が、随分と身近にいるものだ、そう改めて感じる。

「以前であれば、私と同じような感想を得たと思いますが、今はやはり体格差や、身長差が目立つでしょうから。」

トモエのその言葉に、それはそうだろうと、オユキも考えを改める。
力量を量るうえで、それはどうしても無視できない要因なのだから。

「おいおい。人をずいぶんと好きに評してくれているようだが、こんなところに何の用だい。」

歩みを進めながら、話し込んでいたため、声を抑えていても届いたのだろう。
立っている男が、苦笑いを浮かべながら、そう二人に声をかける。

「申し訳ありません。気分を害されたようでしたら、謝罪をします。
 こちらで訓練を受けられる、そう受付で伺って参りました。」

そう、オユキが声をかけると、その男は空いている手で頭を掻きながら、二人を改めて上から下まで見たうえで、言葉をかける。

「まぁ、別に気を悪くしたりはしていないさ。そっちの若い男の言葉が正解だしな。
 それにしても、そこまで見切れる技量があって、今更訓練もないだろう。
 いや、動き方に違和感はあるが。ああ、あれか、異邦人か。」

オユキが言葉を足す、その前に、男が二人の素性に気が付く。
その言葉にトモエが頷いて答えると、男は手にしていた剣を背に収め、腕を組み首をかしげる。

「はい。なので、体を慣らすのが主な目的となります。」
「まぁ、だろうな。それだと手っ取り早いのは模擬戦だが、あんたはともかくそっちの嬢ちゃんはなぁ。」
「私だと、相手を選びますからね。懸念はわかります。」

オユキがそういえば、そうなんだよな、そう呟いて男はため息をつく。

「まぁ、その様子だと来たばかりだろう。身長差は買うし、体を慣らすのと同時に、魔物に対応する動きも求めているんだろうが、魔物はともかく、対人となると、今いる面子じゃ、お嬢ちゃんに良くない。」
「こちらの方は、それほど体格に恵まれている方が多いのですか。」
「いや、別に恵まれているほどでもない、平均値がそっちのと同じくらいってところだからな。
 身長と体重、それだけで押し切れるからな。
 魔物対策だけなら、口頭で伝えて、簡単な動きを教えるだけだから、体を慣らすのにはあまりそぐわない。
 かといって、一人でやらせるというのもな、何のための訓練だという話になっちまう。」

そういって、男はさてどうしたものか、捻った首を今度は逆方向に倒す。
その姿にオユキも苦笑いで返すしかない。
前世では、柔よく剛を制す、などという言葉が、本質を置き去りに流布していたが、そもそもその言葉がどこまでも正しければ、格闘技のあらゆる場面で、体重、性別で分けられたりなどするわけもない。
無差別級、そう呼ばれるものもあるが、その結果を見れば体型というのが無視できない、そうと簡単に知れるだろう。
恵まれた体、それこそ生まれ持った才能なのだから。

「そのあたりは、私も承知しています。それこそ、私では貴方に掴まれれば、その時点で終わりですから。」

そうでしょう、そう確認するようにオユキが見上げれば、相手はそれが当然と、そう頷く。

「ああ、掴んでそこらにたたきつければ、それで片が付くだろうさ。
 まぁ、掴まれないように動く、その練習位なら付き合ってやれるか。
 それで、体の慣れに繋がりそうか。」
「ええ、間違いなく。昨日無理に動こうとして、足に負担をかけてしまいましたし、そのあたりの調整が行えるだけでも、助かります。」
「よし、わかった。それじゃ、その方針で行くか。」

そういう男に、トモエが受付で渡されたものを渡すと、それを簡単に確認し、男が声を上げる。

「イマノル、ちょっといいか。」

そう、男が声を上げると、まもなく通路からは影になっている位置から、一人の男が現れる。
今まで話していた男に比べれば、背が低く、それでもトモエと同じ程度の上背はあるが、筋骨隆々というわけではない、細身だが、それでも鍛えこまれた体躯を持つ人物が現れる。

「なんでしょう、ルイスさん。」
「ああ、訓練依頼だ。この二人、どちらも異邦人で、動きを見る限り基礎はできてる。
 魔物の相手と、今の体に慣れたいと、そういう事らしい。
 男がトモエ、そっちのお嬢ちゃんがオユキだ。
 お前に任せる、ひとまず基礎を仕込むつもりで見てやってくれ。」
「分かりました。それではトモエさん、オユキさん、こちらへ。
 それと、魔物の対策に関しては、少し座学のようなものを含みますので、先にそちらから行いますね。」

ルイスと呼ばれた男の言葉に、イマノルと呼ばれた男が頷き、二人を広場のほうへ来るようにと、案内する。
それに従う二人は、イマノルに軽く会釈を行い、先へと進む。
続く広場は、受付からは想像できないほどに広く、外から見えた屋外の施設ではなく、屋内の施設となっている。
重機もないだろうに、よくこんな高さのある施設を、そう思う反面、魔術で解決したのだろうかと、そんなことをオユキは考える。

「今日は、利用者は屋外ばかりですので、こちらは空いています。
 そうですね、訓練用の模造武器があちらに集めてありますので、あの一角の側で、訓練を行いましょうか。」
「分かりました、よろしくお願いします。
 イマノルさんとお呼びすれば?」
「はい。イマノルと言います。あまり傭兵としての歴は長く在りませんが、まぁこういった事を任される程度には、経験を積んでいますので、お任せください。
 そちらは、トモエさんとオユキさん、そうお呼びすればいいのでしょうか。
 慣れない響きですので、発音が違うようでしたら。」

そうして、互いに自己紹介をしながら、3人は武器が立てかけられている棚、そのそばへと移動をする。
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