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竜の国に行った話
2、それはまるでおとぎ話で描かれる運命の出会いのようで
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一瞬、何が起きたのかわからなかった。
死んだと思った。
僕の視界いっぱいに迫っていた棍棒は消え、代わりに白銀の鱗で覆われた何かが目の前にある。
(助かった、のか……?)
体から力が抜け、尻餅をつくと緑色の液体が手に触れた。
僕に当たるはずだった棍棒は、奇跡的にもすぐ横に逸れて地面にひびを入れ転がっている。
白銀の鱗で覆われたものは恐竜の脚のようで、先ほどまで目の前にいた巨人はその下で青いトマトのようにひしゃげていた。
巨大な爪の下から流れ出る液体は、ドロリとして生ぬるく。
色も臭いも違うのに、その感触だけは先日浴びた動物たちの血と一緒で。
ピクピクと痙攣していた巨人は、すぐに動かなくなった。
スピノサウルスのような婉曲した爪の下にある死が怖くて、少しでも離れようと僕はしりもちをついたまま後ずさる。
けれど、爪は僕を追ってこない。
様子を窺いながら更に下がると、脚の正体が見えた。
それは、巨大な竜だった。
絵本や映画の中で見るような姿そのままの、美しい竜だ。
頭から生える二対の角は水晶のように日光を受けて輝き。
白銀の翼は体を覆えるほど大きく。
背面には白銀の毛が生えているのだろうか。頭部から長い尾の先まで、光を反射しながらたてがみのようにたなびいていた。
その竜の尾が逃がさないとばかりに僕の退路を断った。
肌に触れた鱗はひやりと濡れたような感覚なのに、猫のような長毛の尾はふわりと温かい。
竜が体をかがめ、顔を僕に近づけてきた。
(今度こそ、死ぬのか……?)
巨人のように圧死するのだろうか。
一瞬で殺してみせたのだ。
僕なんかとても敵うはずがない。
竜に見惚れていたからか、退路を断たれたからか。
先ほどまでの恐怖はなく、諦めのような心地で僕は目を閉じる。
せめて痛みを感じなければいい。
けれど、その瞬間は訪れなかった。
スリ、と柔らかな毛が頬を、首をかすめていく。
『――ヒメ……。ヤット逢エタ。我ガ主――』
頭の中に男性のような低い声が響く。
ぎゅっと抱きしめられた感じがして目を開けると、竜の金色の瞳が僕の顔を覗き込んでいた。
黄水晶が溶け出したように竜の瞳から色を映してこぼれる雫。
濡れた瞳がより輝いて、僕は恐怖も忘れてその美しさに魅入ってしまう。
『――ヒメ。ヒメ。嬉シイ。逢エタ――』
竜の尻尾が僕に巻き付いている。
猫のように顔を摺り寄せては、嬉しいという言葉が頭の中で響く。
気になるのは、僕のことを「姫」と呼んでいることだけど。
(こっちの声も聞こえるのかな?)
『――ヒメ、連レテク』
(……は?)
鋭い爪は怖いけど、懐いてくれているみたいだからと警戒を解いたのがまずかったのか。
ぐい、と引っ張られる感覚の次の瞬間、僕は空の上にいた。
地上がどんどん遠くなっていく。
「――っ!!」
(うわ~っ!! ちょっと! 下ろして!!)
声の出せない僕は、必死で念じる。
声を送り込んで来るくらいだからこちらの声も聞こえるのかと思ったけど、それはできないみたいだ。
器用に抱えられているけれど、足は宙ぶらりんで凄く怖い。
ハンググライダーとかをやる人の気が理解できない。
下を見られなくて、目を閉じたまま竜の腕にしがみついていた。
しばらくすると、ドスン、という音がした。
足が地面につく。
どうやらどこかに着いたようだ。
「Đĩü?」
「???」
ざわざわと多くの人の気配に目を開ける。
僕を抱えたままの竜の周りに、中華風の服を着た人がたくさんいた。
しきりに何か話しかけられたけれど、何を言っているのかわからない。
――チリン。
「!」
一瞬鈴が鳴った気がした。
けれど、すぐにざわめきにかき消されてしまう。
気のせいかと首を傾げたとき、ざわめきが一層大きくなり人垣が左右に割れた。
「Ķœşɗ」
人々が傅き、背の高い男の人が一直線にこちらに歩いてくる。
宝冠や指輪などの装飾品を身に着けているあたり、高貴な人なのだろう。
下品さの欠片もない凛とした歩き方はどこまでも優美で僕の目を引き付けた。
近くまでくるとはっきりと顔も見える。
まだ若い青年だ。
赤みがかった髪が日の光を反射し、炎のようだ。
青年は僕の目の前まで来ると、不機嫌そうに口を開いた。
「Đĩü?」
何かを尋ねられた気がするが、やはり言葉はわからない。
すると、青年は突然僕の顎を掴み、顔を近づけてくる。
嫌な予感がしたけれど、力が強くて顔を背けられない。
思わず目を閉じると、その瞼に柔らかな感触が触れた。
「!?」
瞼が、舐められている。
意味がわからない。
混乱する僕の瞼をこじ開け、舌が眼球に触れる。
痛いし、怖い。
「……っ!」
腕で青年を押しのけようとすると、予想に反して青年はあっさりと離れてくれた。
咄嗟に舐められ方の瞼を手で覆う。まだズキズキしていて上手く開けられない。
女の子と間違えられてキスされることはたまにあったけど、予想の斜め上をいく行為に心臓が跳ねていた。
眼球を舐めるとか、普通じゃない。
ここにいる全員食人族だったらどうしよう?
竜に抱えられたまま、どうやって逃げ出そうか考えている僕に青年が言う。
「おい、これでこっちの言葉がわかるか?」
「!」
急に言葉がわかるようになった。
驚きと嬉しさで、僕は必死にコクコクと頷いて見せる。
しかし、青年は何故か顔をしかめた。
「チッ、また偽物だったら叩き斬って竜の餌にしてやるつもりだったんだがな。よりにもよってこんなガキとは」
悪態をつきながらどこかに行ってしまった。
残された僕は状況がわからず呆然とするしかない。
取り敢えず、食べられないってことだろうか?
「おめでとうございます」
「姫様、おめでとうございます」
「さっそく身支度を」
青年が去った途端、跪いていた人たちが口々にお祝いの言葉を投げかけてくる。
僕を抱えていた竜を引き離し、朱塗りの柱が並ぶ建物の中へと連れていかれた。
そこで待機していた美女5人が、召使のように恭しくも強引に広い部屋へと連れていく。
何の説明もないまま、色とりどりの花びらがたくさん浮かんだお風呂に入れられ。
赤を基調にした着物を着せられ。小さな花がたくさんついた簪で髪を整えられる。
お風呂で僕が男であることはわかっているはずなのに、女性のような恰好にされた。
最初は抵抗したのだけど、僕の支度を整えなければ僕も彼女たちも殺されると懇願されて。
涙をこぼし震える様子に、先ほどの「竜の餌にする」と言った青年の言葉と恐怖を思い出す。
これで彼女たちと僕の命が助かるなら、と僕は腹を括ったのだった。
唇に紅を差されたところで、イグアナに蝙蝠の羽が生えたような小さな竜を肩に乗せた人物がやってきた。
「この度はおめでとうございます、姫様」
「?」
僕にニコリと微笑みかけるなり、その人物も祝いの言葉を述べる。
腰まである黒髪と、中性的な顔立ちで女性と思ったが声で男性だとわかった。
緑の竜が僕の肩に移り、顔にすり寄ってくる。
動物に懐かれるのが久しぶりな気がして嬉しい。もふもふじゃないのが残念だけど。
「戸惑っておられますね。貴方は男性だと先ほど報告は受けました。しかし、もう他に手だてがないのです。どうか、このまま女性のフリをお願い致します」
一言も発していないのに、僕の困惑に気付いてくれたようだ。
事情を説明してくれるのかな? と思い男性の顔をじっと見つめる。
男性はどこか辛そうに微笑むと、僕に頭を下げた。
そして、衝撃的な言葉を発した。
「貴方には、このまま今夜陛下と結婚をしていただきます」
死んだと思った。
僕の視界いっぱいに迫っていた棍棒は消え、代わりに白銀の鱗で覆われた何かが目の前にある。
(助かった、のか……?)
体から力が抜け、尻餅をつくと緑色の液体が手に触れた。
僕に当たるはずだった棍棒は、奇跡的にもすぐ横に逸れて地面にひびを入れ転がっている。
白銀の鱗で覆われたものは恐竜の脚のようで、先ほどまで目の前にいた巨人はその下で青いトマトのようにひしゃげていた。
巨大な爪の下から流れ出る液体は、ドロリとして生ぬるく。
色も臭いも違うのに、その感触だけは先日浴びた動物たちの血と一緒で。
ピクピクと痙攣していた巨人は、すぐに動かなくなった。
スピノサウルスのような婉曲した爪の下にある死が怖くて、少しでも離れようと僕はしりもちをついたまま後ずさる。
けれど、爪は僕を追ってこない。
様子を窺いながら更に下がると、脚の正体が見えた。
それは、巨大な竜だった。
絵本や映画の中で見るような姿そのままの、美しい竜だ。
頭から生える二対の角は水晶のように日光を受けて輝き。
白銀の翼は体を覆えるほど大きく。
背面には白銀の毛が生えているのだろうか。頭部から長い尾の先まで、光を反射しながらたてがみのようにたなびいていた。
その竜の尾が逃がさないとばかりに僕の退路を断った。
肌に触れた鱗はひやりと濡れたような感覚なのに、猫のような長毛の尾はふわりと温かい。
竜が体をかがめ、顔を僕に近づけてきた。
(今度こそ、死ぬのか……?)
巨人のように圧死するのだろうか。
一瞬で殺してみせたのだ。
僕なんかとても敵うはずがない。
竜に見惚れていたからか、退路を断たれたからか。
先ほどまでの恐怖はなく、諦めのような心地で僕は目を閉じる。
せめて痛みを感じなければいい。
けれど、その瞬間は訪れなかった。
スリ、と柔らかな毛が頬を、首をかすめていく。
『――ヒメ……。ヤット逢エタ。我ガ主――』
頭の中に男性のような低い声が響く。
ぎゅっと抱きしめられた感じがして目を開けると、竜の金色の瞳が僕の顔を覗き込んでいた。
黄水晶が溶け出したように竜の瞳から色を映してこぼれる雫。
濡れた瞳がより輝いて、僕は恐怖も忘れてその美しさに魅入ってしまう。
『――ヒメ。ヒメ。嬉シイ。逢エタ――』
竜の尻尾が僕に巻き付いている。
猫のように顔を摺り寄せては、嬉しいという言葉が頭の中で響く。
気になるのは、僕のことを「姫」と呼んでいることだけど。
(こっちの声も聞こえるのかな?)
『――ヒメ、連レテク』
(……は?)
鋭い爪は怖いけど、懐いてくれているみたいだからと警戒を解いたのがまずかったのか。
ぐい、と引っ張られる感覚の次の瞬間、僕は空の上にいた。
地上がどんどん遠くなっていく。
「――っ!!」
(うわ~っ!! ちょっと! 下ろして!!)
声の出せない僕は、必死で念じる。
声を送り込んで来るくらいだからこちらの声も聞こえるのかと思ったけど、それはできないみたいだ。
器用に抱えられているけれど、足は宙ぶらりんで凄く怖い。
ハンググライダーとかをやる人の気が理解できない。
下を見られなくて、目を閉じたまま竜の腕にしがみついていた。
しばらくすると、ドスン、という音がした。
足が地面につく。
どうやらどこかに着いたようだ。
「Đĩü?」
「???」
ざわざわと多くの人の気配に目を開ける。
僕を抱えたままの竜の周りに、中華風の服を着た人がたくさんいた。
しきりに何か話しかけられたけれど、何を言っているのかわからない。
――チリン。
「!」
一瞬鈴が鳴った気がした。
けれど、すぐにざわめきにかき消されてしまう。
気のせいかと首を傾げたとき、ざわめきが一層大きくなり人垣が左右に割れた。
「Ķœşɗ」
人々が傅き、背の高い男の人が一直線にこちらに歩いてくる。
宝冠や指輪などの装飾品を身に着けているあたり、高貴な人なのだろう。
下品さの欠片もない凛とした歩き方はどこまでも優美で僕の目を引き付けた。
近くまでくるとはっきりと顔も見える。
まだ若い青年だ。
赤みがかった髪が日の光を反射し、炎のようだ。
青年は僕の目の前まで来ると、不機嫌そうに口を開いた。
「Đĩü?」
何かを尋ねられた気がするが、やはり言葉はわからない。
すると、青年は突然僕の顎を掴み、顔を近づけてくる。
嫌な予感がしたけれど、力が強くて顔を背けられない。
思わず目を閉じると、その瞼に柔らかな感触が触れた。
「!?」
瞼が、舐められている。
意味がわからない。
混乱する僕の瞼をこじ開け、舌が眼球に触れる。
痛いし、怖い。
「……っ!」
腕で青年を押しのけようとすると、予想に反して青年はあっさりと離れてくれた。
咄嗟に舐められ方の瞼を手で覆う。まだズキズキしていて上手く開けられない。
女の子と間違えられてキスされることはたまにあったけど、予想の斜め上をいく行為に心臓が跳ねていた。
眼球を舐めるとか、普通じゃない。
ここにいる全員食人族だったらどうしよう?
竜に抱えられたまま、どうやって逃げ出そうか考えている僕に青年が言う。
「おい、これでこっちの言葉がわかるか?」
「!」
急に言葉がわかるようになった。
驚きと嬉しさで、僕は必死にコクコクと頷いて見せる。
しかし、青年は何故か顔をしかめた。
「チッ、また偽物だったら叩き斬って竜の餌にしてやるつもりだったんだがな。よりにもよってこんなガキとは」
悪態をつきながらどこかに行ってしまった。
残された僕は状況がわからず呆然とするしかない。
取り敢えず、食べられないってことだろうか?
「おめでとうございます」
「姫様、おめでとうございます」
「さっそく身支度を」
青年が去った途端、跪いていた人たちが口々にお祝いの言葉を投げかけてくる。
僕を抱えていた竜を引き離し、朱塗りの柱が並ぶ建物の中へと連れていかれた。
そこで待機していた美女5人が、召使のように恭しくも強引に広い部屋へと連れていく。
何の説明もないまま、色とりどりの花びらがたくさん浮かんだお風呂に入れられ。
赤を基調にした着物を着せられ。小さな花がたくさんついた簪で髪を整えられる。
お風呂で僕が男であることはわかっているはずなのに、女性のような恰好にされた。
最初は抵抗したのだけど、僕の支度を整えなければ僕も彼女たちも殺されると懇願されて。
涙をこぼし震える様子に、先ほどの「竜の餌にする」と言った青年の言葉と恐怖を思い出す。
これで彼女たちと僕の命が助かるなら、と僕は腹を括ったのだった。
唇に紅を差されたところで、イグアナに蝙蝠の羽が生えたような小さな竜を肩に乗せた人物がやってきた。
「この度はおめでとうございます、姫様」
「?」
僕にニコリと微笑みかけるなり、その人物も祝いの言葉を述べる。
腰まである黒髪と、中性的な顔立ちで女性と思ったが声で男性だとわかった。
緑の竜が僕の肩に移り、顔にすり寄ってくる。
動物に懐かれるのが久しぶりな気がして嬉しい。もふもふじゃないのが残念だけど。
「戸惑っておられますね。貴方は男性だと先ほど報告は受けました。しかし、もう他に手だてがないのです。どうか、このまま女性のフリをお願い致します」
一言も発していないのに、僕の困惑に気付いてくれたようだ。
事情を説明してくれるのかな? と思い男性の顔をじっと見つめる。
男性はどこか辛そうに微笑むと、僕に頭を下げた。
そして、衝撃的な言葉を発した。
「貴方には、このまま今夜陛下と結婚をしていただきます」
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