恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第四章

2 増え続ける秘密

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 そして次にミアが目覚めたのは、既に日が高く昇った頃である。
 かなりの寝坊だが、サラが起こしに来なかったということは、敢えて眠らせておいてくれたのだろう。屋外からは馬の蹄の音が聞こえてきた。窓を覗くと騎士服の次兄ロレンツォが馬に乗って帰宅したところだったから、今は昼時なのだろうと分かる。
 ちょうどその時、ノックの音と共にサラが顔を出した。
「お嬢様、そろそろ昼食のお時間になりますが……まぁ、起きていらっしゃったのですね」
「えぇ、今起きたばかりの。着替えを手伝ってくれる?」
「もちろんですわ」

 室内用のドレスに着替えて、綺麗に髪を梳いて。
 階段を降りて食堂へと入ると、そこには家族が揃っていた。帰って来たばかりのロレンツォも既に着替えて席についている。
「ミア、昨日の祝賀会はどうだった? 一人で行って危ないことはなかったかい?」
 朝(というかもう時刻は昼であるのだが)の挨拶もそこそこに父が尋ねてきた。おなじくこちらを心配そうに見つめる兄たちを安心させるため、ミアは心からの笑顔を作る。
「ちゃんと無事に帰って来たわ。私、もう子供じゃないんだから大丈夫よ?」
「そうですよ、あなた。そうやっていつまでも過保護にしていてはミアのためになりません」
 いつも通りミアに甘い父は母に小言を言われ、そしていつも通り不服そうな顔をしている。
「本当か? ミアがどんどん大人になっていっているようでお父様は寂しいんだがなぁ……。さ、ミアもずっと立っていないで座りなさい」
 そう勧められ、ミアもテーブルにつくことにした。
 毛足の長い絨毯を踏みしめて椅子に腰掛け、目の前に並んでいる食器越しに、少し緊張した面持ちで家族を眺める。
 実は今彼女には、家族に伝えなければならない大事な話があった。アルベルトからの求婚を受け入れた件だ。

 今朝、逞しい腕の中で目覚めてから、ミアは彼に真剣な口調でこう切り出された。
『ミア、今日の午後に君を迎えに行く』
 彼によると、これから結婚の話を正式に進めるため、彼の家に簡単な顔合わせに来て欲しいのだという。アルベルトからコンスタンツィ伯爵家へ求婚の申し出をしていることは彼の両親も承知しているそうで、正式な婚約の前に一度顔合わせの場を持ちたいと頼まれているのだそうだ。
『私、アルのお父様とお母様に気に入っていただけるかしら……。緊張するわ』
 少し不安そうにまつ毛を震わせたミアに、彼が優しく微笑む。
『大丈夫だ、両親も君のことは知っている。それにコンスタンツィ伯や夫人とも旧知の仲だから、そんなに堅苦しくならなくていいよ』
『お父様やお母様ともお知り合いなの?』
『あぁ、私も君の母上には幼い頃にとても世話になった』
 実はアルベルトとは意外な接点があったらしい。
 これならミアの結婚相手に過剰なまでの条件を求めている父や兄も納得してくれるに違いないと、ミアの目の前がぱあっと明るくなる。
『アルのお父様とお母様にお会いするんだもの、おしゃれをして待ってるわね』
『楽しみにしてるよ』

 こうして彼の両親と顔合わせをする約束をしたのだが、やはり自分の両親には先に伝えておかねばならないだろう。突然彼が迎えに来たら驚かしてしまう。
 どうやって切り出そうか、迷って、迷って、ミアはやっと口に出した。
「あ、あのね、お父様、お母様、お兄様」
 落ち着きなく胸の前で手を組み、うろうろと視線を彷徨わせるミアに、母が怪訝そうな顔をする。
「どうしたの、ミア」
「私……、実は……」
 一思いに『実は結婚して欲しいと言ってくださった方がいるの』と伝えてしまおうとして、はたと気がついた。

 彼について、爵位も、家名も、両親の名前も、自宅も、身元を特定する情報を何一つ聞いていなかったのだ。
 知っているのは、アルベルトという名前と、遠征軍に参加した軍人だという事と、両親も交流があるという事だけ。両親の交友関係は非常に広いため、ごく一般的な名前である『アルベルト』は知人に何人もいるはずだ。
 これでは家族に伝えられない。
 こんな状態で求婚を受け入れたと告げても混乱させるだけで、一体どこの誰がミアを誘惑して誑かしたのだと大騒ぎになるに違いない。彼と無事に結婚するには、それは避けねばならない。

 だが幸いな事に彼は、今日ミアを迎えに来てくれると言った。
 そうすれば彼の身元は自ずと判明するだろうし、そこでミアがうんと頷けば大丈夫だ。家族はひどく驚くだろうが、不確定な情報しかない今伝えるよりはかなり良い案だと思えた。
「どうしたんだ、ミア」
 父の言葉で、ミアは慌てて取り繕う。
「いっ、いいえ! 私おなかがぺこぺこなの。もうお食事にしましょう?」
「そうだな。ではお祈りを始めようか」
 豊穣の神へ捧げる父の祈りを聞き、昼食が始まった。
 あとで少し怒られるかもしれないなぁ、と割と呑気なことを考えながら、ミアは柔らかいパンをもぐもぐと頬張った。
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