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可愛いこぶりっこしてもだめ
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普段はここまで酔っ払うことないのになあ。
僕は桃味の甘いお酒を舌の上で転がしながら、目の前でポヤポヤしている俊君を見た。
「……。」
「……い、いぶりがっこおいし?」
「うん。」
うん、だって!
珍しく、眠たげな声で小さく返答をかえす。なんだかそれが甘えられているような気がして、少しだけ背筋が痺れた。
(ちょっとだけ、可愛いじゃないか。)
七日間にも及ぶ海外出張は、散々なものだったらしい。
俊君が帰宅したとき、思わず引きつり声を上げてしまうくらいには、なかなかに治安の悪い顔をしていた。
やのつく自由業だの、香港マフィアだの、裏社会のドンなど、気の許す仲間たちから言われ放題な俊君であるが、どれにも当てはめられないくらいに仕上がっていた。
何時もよりも三割増くらいに怖い顔をしていたのだ。
ただいまも言わないで、僕もお帰りも言えずじまいだった。
扉を開けてすぐ、激突するように抱きすくめられたかと思えば、僕はそのまま床に転がった。
大きな背中に腕を回したまま、目を丸くしていれば、俊君は地を這うような声で宣った。
お前の和食がくいたい。と。
いわく、現地の味付けが口に合わなくて、ずっと水とバランス栄養食、たまにバナナで乗り切ったらしい。
偏食なわけでもないのに、なんでだろうと思えば、どうやら歓迎されすぎて郷土料理ばかりを出されたとのこと。
(というか、フィッシュアンドチップスが郷土料理なんてしらなかったな。)
「酒も上手い……」
「よかったねえ……」
「ああ……」
(もとの言い方に戻っちゃったな。)
僅かに擦れる、箸と食器の音が心地よい。食事を先に終えていた僕は、手持ち無沙汰のまま俊君を見つめている。
子供たちはもう寝ていて、食事を食べるには遅い時間だ。
それでも、二十二時以後に御飯を食べると太るよとかは、気にしないタイプの俊君だ。
仕事柄、身体も鍛えている。男らしく、太い血管が走る手のひらが、今は繊細な動きで箸を操る。
筑前煮がお気に召したらしい。明日のお弁当には回せそうにないなあと、諦めるくらいに良い食べっぷりだ。
「……。」
「うまい。」
「うん、よかったねえ。」
眠いけど、お腹もすいて、僕とも喋りたい。
グン、と寄せられた眉間のしわが、本体よりも雄弁にお喋りをしてくれる。
俊君が口に運んだ筍も、まさかそこまで噛み締められるとは思わなかったろうに。
「明日も休みだから、どこかいくか。」
「え?いいよ、寝てな。出張から帰ってきたばかりだしさ?」
「三連休もぎ取ってきた。」
「あ、だから明日も、って言ったんだ。」
「ぁぐ、」
蓮根が、俊君のかわりにお返事をした。
「…………。」
「うんうん、飲み込んでからでいいからねえ。」
口を抑えて、もごもごしながら見つめてくる。
ポコリと膨らんだ頬の中の蓮根が、俊君の中に消えていくのはほんの数秒である。
お腹すいたけどお喋りもしたいんだってば。
そんな具合に、今度は俊君の瞳が雄弁に教えてくれる。
しかし、僕は言わねばならない。今回ばかりは家族サービスは不要だということを。
「明日、吉信とおかんと、四人で夢の国。」
俊君が出張にいってから決まったことだ。吉信が、わざわざ俊君の帰ってくる時期を確認した上で提案してきた。
箸を止めた俊君が、まっすぐに僕を見つめてくる。心なしか、少しだけ期待を込めたような顔つきだ。
「俺ときいちで?」
「ううん、凪とちぃと四人で。」
「まじでか。」
「すっげぇ食い気味にくるじゃん!」
声の抑揚もしっかりとついたお返事だ。
俊君もいきたかったとかではないらしく、先程とは違う治安の悪い顔をして、黙りこくる。
「……吉信さんに、酒でも送ろうかな。」
「え?なんで?」
「あの人は仕事ができる。」
「話の繫がりどこいっちゃったのよ。」
うん。と頷いて、自己完結をした。
やはりアルファ同士しか通じ合わない何かがあるのだろうか。
俊君は、ぐびりとお酒を煽る。そのまま里芋と、人参をばくんと口に入れて、背中に花でも飛ばすようなご機嫌さで咀嚼する。
「ん。」
「え、なにお酒?僕の?」
「ん。」
「飲むの?」
「ん。」
俊君の口の中で、煮物が暴れていても構わないらしい。頬をぽこぽこさせたまま、ハンドサインだけで僕の酒をくれという。
俊君が呑んでいるビールへと目配せする。まだ半分ほど残っているのに、なんだろう。
仕方なく汗をかいた缶を指先で押して、俊君へと渡す。
「んぐ、」
「甘いよ?」
「飲みすぎるとだめだからな。」
「それ、僕の前で二缶開けた大人の言葉じゃないですねえ。」
ニヤリ。口元を吊り上げて、俊君が笑う。
言葉でお返事はしないくせに、こういうときだけ愛嬌を見せてくるのだ。
部下の前では絶対に見せないだろう部分。
僕は思わず吹き出して、仕方なく俊君の飲み差しのビールを引き寄せようとした。
「だめ。」
「俊君ばっかずる。」
「酔っ払うとすぐ寝るだろ。」
「寝るよ、だって」
夜だし、と言葉を繋げようとして、きゅむりと唇を引き結ぶ。
僕の指の股を擦るように、俊君が指を絡めてきたのだ。
「あっ」
「ん。」
「あっあ、そ、そういうこと!?」
「ん。」
ごくり、と男らしい喉仏が上下する。
俊君の平然とした表情と、正反対だ。
僕の顔は分かりやすく熱を持ち、水面で餌を待つ鯉のように、はくはくと口を動かした。
失われた語彙が戻ってくる気配はない。そんな僕の様子を前に、俊君だけが一人ご機嫌だ。
「だ、だめだって、」
「やだ。」
「やだってなんだい!小さい子か!」
「ふは、」
ふは、とかっこよく笑うんじゃない。
くつくつと肩を揺らしているあたり、ウケたようだ。
やっぱりちょっとだけ酔っている気がするな!俊君の珍しい口調に、僕の情緒が虐められている。
缶で冷えた指先が、暖を求めるように僕の手のひらを擽る。
絡められた指が手の甲を引き寄せるように、互いの手のひらがくっついた。
じんわりと感じるのは、多分僕の手汗だ。
ちょんと唇が尖って、気恥ずかしくなって顔を下に向ける。
目は合わせていないはずなのに、にぎにぎと手遊びしてくる大きな手のひらが、ちょっとだけ可愛い。
(ず。ずるい。)
普段は顔が怖いと定評がある僕のアルファは、二人のときだけ甘えてくるのだ。
十代のときは逆だったのにな。僕が甘えていたのに、大人になってからは俊君がこうして甘えてくる。
過去の僕に言いたい。ひそかにボーナスステージだと喜んでいた俊君のデレが、今はわりかしにあるぞと。
手を引き寄せられて、指先に唇が触れる。
正しい顔面の使い方をするんじゃないよ。
僕は、負けそうになる心を叱咤して、張り付いていた己の唇をはがす。
「明日から夢の国だから、今晩はだめ。」
「……。」
むん、と俊君の唇が引き結ばれた。
うそだろ思い至らなかったのかよ。
僕達の部屋の向かいが、子供達の部屋なのだ。
防音加工はしてるとはいえ、子供達が家にいるうちは控えるのがルールである。
むん、とした俊君が、ゆっくりと鶏肉を口に運ぶ。
頭の中での様々な葛藤が、分かりやすく表情にでている。
色々な我慢とともにごくんと飲み込んだらしい俊君が、僕にお酒をかえしてきた。
それがなんだか面白すぎて、僕はぶはりと吹き出した。
僕は桃味の甘いお酒を舌の上で転がしながら、目の前でポヤポヤしている俊君を見た。
「……。」
「……い、いぶりがっこおいし?」
「うん。」
うん、だって!
珍しく、眠たげな声で小さく返答をかえす。なんだかそれが甘えられているような気がして、少しだけ背筋が痺れた。
(ちょっとだけ、可愛いじゃないか。)
七日間にも及ぶ海外出張は、散々なものだったらしい。
俊君が帰宅したとき、思わず引きつり声を上げてしまうくらいには、なかなかに治安の悪い顔をしていた。
やのつく自由業だの、香港マフィアだの、裏社会のドンなど、気の許す仲間たちから言われ放題な俊君であるが、どれにも当てはめられないくらいに仕上がっていた。
何時もよりも三割増くらいに怖い顔をしていたのだ。
ただいまも言わないで、僕もお帰りも言えずじまいだった。
扉を開けてすぐ、激突するように抱きすくめられたかと思えば、僕はそのまま床に転がった。
大きな背中に腕を回したまま、目を丸くしていれば、俊君は地を這うような声で宣った。
お前の和食がくいたい。と。
いわく、現地の味付けが口に合わなくて、ずっと水とバランス栄養食、たまにバナナで乗り切ったらしい。
偏食なわけでもないのに、なんでだろうと思えば、どうやら歓迎されすぎて郷土料理ばかりを出されたとのこと。
(というか、フィッシュアンドチップスが郷土料理なんてしらなかったな。)
「酒も上手い……」
「よかったねえ……」
「ああ……」
(もとの言い方に戻っちゃったな。)
僅かに擦れる、箸と食器の音が心地よい。食事を先に終えていた僕は、手持ち無沙汰のまま俊君を見つめている。
子供たちはもう寝ていて、食事を食べるには遅い時間だ。
それでも、二十二時以後に御飯を食べると太るよとかは、気にしないタイプの俊君だ。
仕事柄、身体も鍛えている。男らしく、太い血管が走る手のひらが、今は繊細な動きで箸を操る。
筑前煮がお気に召したらしい。明日のお弁当には回せそうにないなあと、諦めるくらいに良い食べっぷりだ。
「……。」
「うまい。」
「うん、よかったねえ。」
眠いけど、お腹もすいて、僕とも喋りたい。
グン、と寄せられた眉間のしわが、本体よりも雄弁にお喋りをしてくれる。
俊君が口に運んだ筍も、まさかそこまで噛み締められるとは思わなかったろうに。
「明日も休みだから、どこかいくか。」
「え?いいよ、寝てな。出張から帰ってきたばかりだしさ?」
「三連休もぎ取ってきた。」
「あ、だから明日も、って言ったんだ。」
「ぁぐ、」
蓮根が、俊君のかわりにお返事をした。
「…………。」
「うんうん、飲み込んでからでいいからねえ。」
口を抑えて、もごもごしながら見つめてくる。
ポコリと膨らんだ頬の中の蓮根が、俊君の中に消えていくのはほんの数秒である。
お腹すいたけどお喋りもしたいんだってば。
そんな具合に、今度は俊君の瞳が雄弁に教えてくれる。
しかし、僕は言わねばならない。今回ばかりは家族サービスは不要だということを。
「明日、吉信とおかんと、四人で夢の国。」
俊君が出張にいってから決まったことだ。吉信が、わざわざ俊君の帰ってくる時期を確認した上で提案してきた。
箸を止めた俊君が、まっすぐに僕を見つめてくる。心なしか、少しだけ期待を込めたような顔つきだ。
「俺ときいちで?」
「ううん、凪とちぃと四人で。」
「まじでか。」
「すっげぇ食い気味にくるじゃん!」
声の抑揚もしっかりとついたお返事だ。
俊君もいきたかったとかではないらしく、先程とは違う治安の悪い顔をして、黙りこくる。
「……吉信さんに、酒でも送ろうかな。」
「え?なんで?」
「あの人は仕事ができる。」
「話の繫がりどこいっちゃったのよ。」
うん。と頷いて、自己完結をした。
やはりアルファ同士しか通じ合わない何かがあるのだろうか。
俊君は、ぐびりとお酒を煽る。そのまま里芋と、人参をばくんと口に入れて、背中に花でも飛ばすようなご機嫌さで咀嚼する。
「ん。」
「え、なにお酒?僕の?」
「ん。」
「飲むの?」
「ん。」
俊君の口の中で、煮物が暴れていても構わないらしい。頬をぽこぽこさせたまま、ハンドサインだけで僕の酒をくれという。
俊君が呑んでいるビールへと目配せする。まだ半分ほど残っているのに、なんだろう。
仕方なく汗をかいた缶を指先で押して、俊君へと渡す。
「んぐ、」
「甘いよ?」
「飲みすぎるとだめだからな。」
「それ、僕の前で二缶開けた大人の言葉じゃないですねえ。」
ニヤリ。口元を吊り上げて、俊君が笑う。
言葉でお返事はしないくせに、こういうときだけ愛嬌を見せてくるのだ。
部下の前では絶対に見せないだろう部分。
僕は思わず吹き出して、仕方なく俊君の飲み差しのビールを引き寄せようとした。
「だめ。」
「俊君ばっかずる。」
「酔っ払うとすぐ寝るだろ。」
「寝るよ、だって」
夜だし、と言葉を繋げようとして、きゅむりと唇を引き結ぶ。
僕の指の股を擦るように、俊君が指を絡めてきたのだ。
「あっ」
「ん。」
「あっあ、そ、そういうこと!?」
「ん。」
ごくり、と男らしい喉仏が上下する。
俊君の平然とした表情と、正反対だ。
僕の顔は分かりやすく熱を持ち、水面で餌を待つ鯉のように、はくはくと口を動かした。
失われた語彙が戻ってくる気配はない。そんな僕の様子を前に、俊君だけが一人ご機嫌だ。
「だ、だめだって、」
「やだ。」
「やだってなんだい!小さい子か!」
「ふは、」
ふは、とかっこよく笑うんじゃない。
くつくつと肩を揺らしているあたり、ウケたようだ。
やっぱりちょっとだけ酔っている気がするな!俊君の珍しい口調に、僕の情緒が虐められている。
缶で冷えた指先が、暖を求めるように僕の手のひらを擽る。
絡められた指が手の甲を引き寄せるように、互いの手のひらがくっついた。
じんわりと感じるのは、多分僕の手汗だ。
ちょんと唇が尖って、気恥ずかしくなって顔を下に向ける。
目は合わせていないはずなのに、にぎにぎと手遊びしてくる大きな手のひらが、ちょっとだけ可愛い。
(ず。ずるい。)
普段は顔が怖いと定評がある僕のアルファは、二人のときだけ甘えてくるのだ。
十代のときは逆だったのにな。僕が甘えていたのに、大人になってからは俊君がこうして甘えてくる。
過去の僕に言いたい。ひそかにボーナスステージだと喜んでいた俊君のデレが、今はわりかしにあるぞと。
手を引き寄せられて、指先に唇が触れる。
正しい顔面の使い方をするんじゃないよ。
僕は、負けそうになる心を叱咤して、張り付いていた己の唇をはがす。
「明日から夢の国だから、今晩はだめ。」
「……。」
むん、と俊君の唇が引き結ばれた。
うそだろ思い至らなかったのかよ。
僕達の部屋の向かいが、子供達の部屋なのだ。
防音加工はしてるとはいえ、子供達が家にいるうちは控えるのがルールである。
むん、とした俊君が、ゆっくりと鶏肉を口に運ぶ。
頭の中での様々な葛藤が、分かりやすく表情にでている。
色々な我慢とともにごくんと飲み込んだらしい俊君が、僕にお酒をかえしてきた。
それがなんだか面白すぎて、僕はぶはりと吹き出した。
応援ありがとうございます!
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