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天使で小悪魔

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千颯と凪が幼稚園の頃の話

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「それちぃのつみきぃー!!!!」
「ちぃはいっぱいもってんじゃん!!おぇのさんかくとんないでぇー!!」

ふぎゃぁー!!!と元気な二人の声が聞こえてきて、晩御飯を作っている最中だったきいちは目を丸くした。
言葉を覚え始めたちぃは、実に多彩な言葉を操るようになったので、きいちと俊くんは常々乱暴な言葉を使わないようにと気を配っていた。なので、

「なぎくんはちぃにそれくれます!」

とか、なんだか妙に大人っぽい言い回しで愚図るのが面白い。

「やだ!」
「なんでちぃおねがいしてぅのにぃー!!!」
「あわわ、なになにどうしたのぉ!?」

だがしかし、ぷんすこしている凪によって一刀両断されてしまえば、千颯だってむっとする。何やら不穏な空気にあわてて火を止めて二人のもとにかけよると、ふにゃふにゃと何かを言いながら、千颯が凪を指さして大泣きする。

「な、な、なぎくんがぁー!!ちぃにそぇくれなぃのぉ!」
「ちぃー、人に指さしたらだめって言ってるじゃんかぁ…えぇ?ちぃのまわりにいっぱい積み木あるじゃん。」

ちぃが凪を指差す小さいお手々を握りしめて下げさせる。小さいお尻で座り込んだその周りには、何故か青色の積み木がたくさん散らばっていた。ちぃは凪が持っている青い三角が欲しかったらしく、ムスっとした顔でそっぽを向く凪の手にはちぃが求める物がしっかりと握りしめられていた。

「えぇ…青いのがほしいの?」
「やだ!!ちぃばっかずるい!泣けばままがきてくれるっておもってんだろぉ!うわぁぁん!」
「な、凪まで泣く!?えええ…どうしちゃったんだよ二人してぇ…」

凪は、ちぃの手を握りしめるきいちを取られたと思ってぶわりと泣き出したのだが、ちぃはお構いなしにきいちの胸にしがみついてわんわん泣く。涙の大合唱だ。
まったくもってわけがわからなくて、きいちは頭に疑問符を浮かべながら、空いている腕で凪を抱き寄せると、二人を抱きしめながら一緒に床に座り込む。
あとはルーを入れるだけで出来上がるカレーも、今は作れそうにない。すまん俊くん。帰ってくるまでにカレーは間に合いそうもない。

きいちは苦笑いをしながら、小さい頭をよしよしと撫でる。積み木の取り合いをしていたはずなのに、今ではきいちの取り合いである。嬉しいけれど、ちょっとだけ困ってしまう。きいちは二人にのしかかられながらエプロンを涙と鼻水でびしょびしょにされてしまい、もはややむなしといった具合に片手間に積み木を箱に戻す。
俊くんがいると、片付けは自分でさせろというのだが、この具合なので今日だけは特別だ。

「ままぁ…なぎばっかがまんすんのやだぁ!」
「ええ?僕何か凪に対してやなことしちゃった?」
「ちぃとばっか寝るのずるい!なぎも、なぎもままと一緒がいいよぉ…」

どうやら凪は積み木のことから一人寝が嫌だという可愛らしい抗議にシフトチェンジしたらしい。おそらくなんで喧嘩したのか、その内容もあまり覚えてなさそうである。

「ちぃも!!ちぃも、なぎくんみたいにしたい!ちぃもおてつだいできるよぅ!うわぁあん!」
「えぇ?ちぃはまだお手伝いははやくない?」
「やだぁあ!ちぃもするぅうー!」
「あわわ、わかったわかった。」

二人して別々のおねだりを、そのまん丸のおめめに涙をためて言うものだから、さてどうするかとぽりぽりと頭をかきながらきいちは悩んだ。
ここはとにかくなんでこうなったかを聞かねばと、目に涙を溜めてむすくれる凪の濡れた頬を、エプロンのポケットから出したタオルで優しく拭う。

「凪のそれしまってもいーい?その三角のないないしよっか。」
「いいよぉ…」

きいちの言葉に、そっと手のひらに三角をのせる。千颯にも閉まっていいかきくと、いいよぅ。と言われたので箱に戻した。

「ありがとぉ。あと凪くんのこと頼りにしてるから、僕に喧嘩の理由教えてくれるぅ?」
「まま、おぇのこと頼りにしてるのぅ?」
「してるよう!頼りにしすぎて、さびしい思いさせてごめんねぇ。」
「おぇ、つおい?」
「すっっごく!!!凪くん強くてかっこよくて頼りがいあるから、一人で寝かせちゃってごめんねぇ!」

凪をぎゅうぎゅう抱きしめながら、そんなことを言う。最近は特に年長さんにあがったことでしっかりしてきたからと寝室を分けたのだ。いづれ千颯も凪と同じ部屋で寝起させるつもりだけれど、未だ夜泣く千颯を凪に任せるようなことはしたくなかった。

「おぇ、ちぃばっかままに甘えるから、いじわるしたの…」
「うぐ、」

ぐすぐす泣きながら、きいちの手に三角の積み木を渡す。凪は甘えたなちぃがわがままばっかり言うので、きいちが独占されると思ったらしい。べつに青い三角の積み木はいらなかったけど、そんな不満が積み重なって感情が爆発したのが真相だった。

それを聞いたきいちは、僕の取り合いじゃん!何だその可愛い理由は!!と悶絶し、クソかわいいと叫びそうになって、汚い言葉はだめだと慌てて口を引き結ぶ。
ふぐふぐ愚図る凪の頭を撫でてやると、いよいよ泣くのが我慢できなかったらしい。

「な、なぎ年長さんなのにぃ…ちぃに意地悪しちゃったぁ…ふぇ…ちぃごぇんねぇえ…」
「ちぃ、ちぃもごぇんねぇ!うわぁあん!」
「っ、尊い…おっと、ちがうちがう。」

凪が泣きながら謝ったことで、千颯も自分がわがままだったせいで凪を泣かせてしまったと思ったのか、千颯はあわてて大泣きする凪に抱きつくと、凪にきちんとごめんねと言いながら泣いてしまった。
きいちはというと、そんな子供の成長した姿を微笑ましく見守りながら嬉しく思っていた。

「じゃあ、仲直りした二人に、お手伝いお願いしようかなぁ。」
「ちぃも!ちぃもするぅ!!」
「うんうん、ちぃも一緒にやろうねぇ。」

きいちはあとは、ルーを入れるだけのカレーの仕上げを二人にお願いすることにした。
ただ入れて混ぜるだけなので頼みやすいし、そんなに危なくもない。
きいちは二人と手をつないでいてキッチンに行くと、二人に抱きつかれたまま冷凍庫からカレーのルーをとりだした。

「こぇ、ちょこ?」
「これがねぇ、凪と千颯がすきなカレーさんになるんだよねぇ。」
「ちぃ、こぇしゅきぃ!」  

二人して半信半疑でルーをくんくんと香ると、カレーの匂いだと納得したのか目をキラキラさせていた。
二人には、これを愛情込めてお鍋に入れる大役をお任せすると、二人は小さい手にルーを持ちながらおまじないをかけて鍋に入れる。
美味しくなあれ、美味しくなあれ。きいちの掛け超えとともに、二人で3回ずつお玉で鍋をかき回したあとは、きいちとバトンタッチした。

「えー、僭越ながら最後の混ぜ混ぜを僕がさせていただきたいと思いまっす!!」
「おぇ、年長さんだからままにやらしてあげるぅ。」
「ちぃも、いいこだからままのことおうえんするねぇ、」
「ありがたきしあわせぇー!!」

二人仲良く手を繋ぎながら、カレーを混ぜるのを後ろで応援してくれる。応援歌がなぞにカエルの歌なのはちょっと気になるが、千颯と凪のその歌に合わせて鍋をかき混ぜると、ようやくカレーが完成した。
そのタイミングでガチャリと玄関の開く音がして、俊くんが帰ってきたようだった。

「ぱぱだぁー!!!ちぃとなぎのぱぱがかえってかたぞぉーい!!」
「おちついてぇ!」
「あ、はいすんません…」

まさかの凪からの駄目だしである。
先程まで騒がしく泣いていた自分たちは棚に上げ、千颯にまで言われた。

「よるはぁ、ちずかにですよぅ!」
「ご、ごもっともですね…」
「ままはいいこだから、ここでまっててえ!なぎがいってくるからぁ!」
「ままは、ちぃといいこでまってまちょうねぇ!」
「ば、ばぶ…」

何故か二人によってキッチンの床に座らされて、千颯のちいさな手で頭を撫でられながら俊くんを待つことになった。我が子の成長がフルスロットルである。きいちは妙な返事を一つすると、凪に手を握られて帰ってきた俊くんに変なものを見る目で見られた。

「何で床?」
「僕も知りたい。」
「ぱぱただいまってままにもいわなきゃでしょ!」
「た、ただいま…」

二人して急に息子二人に常識を説かれ、あの俊くんでさえたじたじだ。おてて洗ってください!とか言われて洗面所に連れてかれる後姿を見送りながら、きいちはそれが妙に面白くてくすくす笑った。

「ふふっ、ふたりとももうお兄ちゃんだなぁ。」
「ちぃも?ちぃもおにいちゃん?」
「ちぃも。でもゆっくり大人になってねぇ?」
「いいよぅ?」
「ぶふっ、ありがとぉ。」

千颯に頭をよしよしされながら、ガバリと抱きつくと嬉しそうにきゃらきゃらと笑う。そのまま千颯を抱っこしながらカレーを器によそっていると、スウェットに着替えた俊くんが凪を抱っこして戻ってきた。

「おかえりぃ。今日のカレーはねぇ、ちぃと凪が美味しくなあれってしてくれたんだよねぇ?」
「ままに頼りにされてるからやった!!」
「おう。男としての自覚を持つのはいいことだ。」
「俊くんほめ方やっぱへんだよねぇ?」
「そうか?」

ちぃもおとこ!!ときいちの腕の中で胸を張る千颯をお椅子に座らせると、その向かいに凪も座る。
みんなで仲良くいただきますの時間だ。

俊くんは凪が一生懸命スプーンでカレーを食べる様子を微笑ましそうに見ているので、毎回自分の分は冷めてしまう。だからいつもきいちは俊くんの口元にカレーを運んで気付かせるのだが、今日はいつもと違った。なぜなら今日二人はきいちに頼りがいのあるお兄さん認定をされたからだ。

「俊くんもたべて、ほら、あー」
「ああ、ありが、」
「ぱぱ甘やかしたらだめぇー!!」
「ちぃが、あーんちてあげよっか?」   

きいちはいつもの通りだとおもっていたし、勿論俊くんもそれを食べようとしたのだが、息子二人に窘められてハッとする。
とくに俊くんは、凪から言われた「大人の男の人なのにへん!」といわれたことが相当ショックだったようで、一言「すまん。」というと、もそもそと自分の分を食べ始めたのが面白すぎた。

「ぶっは…んく、くっくっくっ…」
「ままも、おしょくじちゅうですからねぇ!」
「あ、すいません…」

きいちと俊くんは、日頃自分たちが言っている言葉を的確な場面で使ってくる息子たちにも驚いたが、同時に改めて普段の行動には気をつけようと思い直した。
これも子供の成長か。そうおもいながら二人で顔を見合わせる。
きいちと俊くんの知らないところで二人はどんどんお兄さんになっていく。
とっても幸せだけれど、ちょっぴり寂しい。
まさかこれが親の心子知らずか。

「ゆっくり食べて、ゆっくり大人になれ。」

きいちと似たようなことを俊くんが言う。

「おぅ!」
「はぁい!」

二人が元気よく小さな紅葉を見せつける。
お返事が上手にできる二人は、たくさん泣いてたくさん食べて、今日も沢山愛される。

だから二人も凪と千颯に負けないように、かっこいい大人になろうと思っている。
君たちに自慢してもらえるような、立派な人間になるから、躓いた時は一緒にお手伝いしてね。

「今日はひさびさに、みんなで寝るか。」

優しい目をして俊くんが二人を見る。なんて素敵な提案!とばかりに目をきらめかせて、二人の宝物はニコニコ笑う。

「今日ままとねる。」
「ちぃも。」

にべもない。

「そ、そうか…」
「な、なんかごめん。」
「いや、いい…」

二人の天使は小悪魔でもある。俊くんのカレーだけ、ちょっぴり大人の辛口のような気がした。
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