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二人の女王

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きいちと葵のモデルの話

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廃棄の中という退廃的な空間での撮影と相成った本日。カズちゃんから今日着るのはこれと渡された薄衣の衣装に、きいちと葵は顔を引きつらせた。

「一反木綿じゃん!!!ヴィーナス爆誕じゃん!!

「爆誕じゃなくて、生誕かな?」

凪の授乳だって終わってないのに、こんな薄布で僕の乳首が隠れるとでも思ってんのか!そう悲痛な声が廃墟に響くと、今日のために用意された撮影スタッフからは笑いが溢れた。

葵ときいちに電話が掛かってきたのは数日前。なんでも撮影されたポートレートを載せた雑誌が発売と同時に噂になり、有り難いことに仕事の話が舞い込んだという。
葵もきいちも、カズちゃんからその話を聞いたときは噴飯した。雑誌が発売という単語だけでも脳が情報を取り込むのを辞めたのに、話題という言葉が出てからは慌ててネットで商品名を調べた。

そこでヒットしたのがカズちゃんが狂喜乱舞している理由だった。





コスメブランド『Àmbiguity』エグゼクティブプロデューサーkazuha.k氏が新たに手掛けたウエディング事業が注目を集めている。
その名を関した通り、起用されているモデルは性別が曖昧な中毒性のある美しさを誇る、出自不明のオメガ性を持つ男性二人だというから驚きだ。

kazuha氏によると、二人は既に番契約を済ませており、本誌に掲載されているフォトウエディングの新郎二人がお相手だという。
撮影したカメラマンはお相手の一人で、その技術力の高さは同ブランド専属のカメラマンも舌を巻く腕前である。

四人のうち、三人は高校に在学中の未成年だという。モデルのオメガ男性は、一人が現在第一子を妊娠中。父親であるアルファの男性との微笑ましいやり取りが場の空気をなごませた。また、もう一方は既に経産夫だという。
産後とは思えないプロポーションの秘訣は気になるところだろう。本人は「なにもしていない。俊くんのおかげ」と、番を絡めて学生らしい無邪気な様子で語っていた。
二人が着用したドレスや使用したコスメなどは、現在完全受注生産となっているが、現在は一時締め切っているという。
オメガ男性二人は今後、kazuha氏の手掛けるブランドの専属となる話が出ているらしく、今後も目が離せない。





「聞いてないんだけどおーー!!」

通話口で、きいちの珍しい叫びがこだました。

「うるさいわねえ。だから教えてあげたじゃない。記事が。」
「酷くない!?なにこの中毒性のある美しさって!よく書きすぎでしょうが!ただのひげの生えてない男の子なんですけどぉ!!」
「あんたねぇ!ひげが生えてないことのありがたみがわかってないわ!!あたしなんて毎朝剃ってんのよ!?きちんとスキンケアしてんの!?次の撮影きまってるんだからね!?」

きいちが出した声の倍はうるさい声で言い返される。電話でのやり取りで凪が愚図りだし、慌ててハンズフリーにしてから凪を抱き上げた。

「て、てかさ、てかですよ!?なんでそんなことになってんの?手伝うと入ったけどこんな壮大だとは思わないよねぇ!?」
「いい小遣い稼ぎだとおもっておきなさいな。凪ちゃんに可愛い服融通してあげるわよ。」
「それで釣るのずるくない!?」

カズちゃんが最近見せてくれていたベビー服のカタログには、そんな伏線があったとは。
きいちはちゅむちゅむと音を立てて飯を要求する涙目の凪をあやしながら、慌てて戸棚を漁る。
次の撮影とやらがいつかは知らないが、あのあとカズちゃんからもらったスキンケア用品は、実はまだ開けていなかった。
これで顔の手入れまでしていないことを指摘されてしまえば、確実に締められるだろう。物理的に。

「一応聞くけど、日取りはいつ?」
「三日後。」

凪の飯はまだかコールとともに、きいちの悲鳴が室内に響き渡った。





「ということがあってだな。」
「あ、だからきいちくん俺が来たときからパックしてるんだ。」

葵は2ヶ月前に産まれたばかりの結ちゃんを胸に抱きながら、少しだけ可哀想なものを見る目で見つめた。
凪はパックをつけたきいちをみて大分に泣いた為、現在は一緒についてきた俊くんが益子と一緒に廃墟近くの湖まで散歩に出ていた。

「結ちゃんかんわいぃ…益子でれでれでしょ?」
「悠也は俺もいける気がするとか言って母乳出そうと必死だよ…父性よりさきに母性芽生えちゃったらしい…」

疲れたような顔して言う。益子のこじらせすぎた親ばかは、産後から見事に発揮されて葵を困らせているらしい。
親ばかならうちにも一人いるので、わからなくもない。まさかこれが世間で言う井戸端会議だとはついぞ思わず、パックの終わったきいちは死にそうな顔をしながら葵と同様にメイクの段階へとはいった。

「顔にキラキラつけられるっていってたよ。」
「物理的にかがやいちゃうのかぁ…」

そう葵が教えてくれたとおり、全体的に白っぽいメイクをされると、眉毛までそんな具合にされてしまった。目の周りだけなにやらブルーのような、グレーのようなスモーキーなメイクをされ、そこによくわからないキラキラをつけられてしまえば、見ようによってはゾンビである。
狼の目がよく映えると言えば聞こえはいいが、これでさらに凪に泣かれることとなったらもう立ち直れる気がしない。

全体的に黒っぽいメイクを施された、前回とは裏腹にかっこいい感じにまとまった葵が羨ましくて仕方がない。結ちゃんは全然泣かないので、きっとこの子は何事にも動じない子になるのだろう。

「やばくない。」
「うわ、なんか神話にでてきそうだね。」

スンッとした顔できいちがでてくると、着ているバスローブ姿と神聖なメイクを施されたきいちの首から上とで違和感がすごい。強いて言うなら下界にバカンスに来たような雰囲気だ。

「葵さんそれ、なにくってんの。」
「スイカバー」
「…今の格好だと吸血鬼ってかんじだからアレだね。」

血、固めたアイスくってますみたいな。

そうきいちがいうと、葵はまじまじと鏡で自分の顔を見てから、そっと、スイカバーも一緒に写した。たしかに、絵面がなかなかにアレである。
ふたりしてなんだかじわじわきてしまい、思わずくすくす笑っていたらメイクさんが、飛んできて顔のキラキラを直してくれた。すまんの。

「ほらあんたたち、衣装来たからさっさと着替えなさい。」
「うぃーす。」
「葵ちゃんは、益子が来たら結ちゃん任せるからそれまでそこのスタッフにおまかせして。」
「あ、はい。」

パンパンと場の空気を切り替えるようにしてカズちゃんが衣装ラックと共に戻ってくる。二人は併設されたフィッティングブースにつれてかれ、バスローブを脱いで撮影用の下着のみになると、渡された衣装をみて引きつった笑みを浮かべた。

そう、冒頭に戻るのである。



ところ変わって旦那達は、まさか嫁がそんなえらい目にあっているとはつゆ知らず、湖のほとりで二人して田楽味噌に舌鼓を打っていた。

「この間さあ、葵がお姫に授乳してたんだけど母性が溢れすぎて俺も母乳出るかと思ったわ。」
「ほう。」
「いやぁ、マジで可愛いぜ。おれらの娘、絶対にお嫁にはやらん。」
「生後2ヶ月で気が早すぎるだろう。」

眠っている凪を乗せたベビーカーを、ゆらゆらとあやすようにして動かす。
さっきまで益子と二人で大泣きする凪をあやしながら湖のほとりまできた。普段大学に行っている分、育児は殆どきいちに任せきりなのが心苦しいとおもっていたが、ここまであやすのが大変だとは思わなかったと放心状態の俊君であった。

「まだあうあうしか言わねぇんだけどよ、ありゃ絶対パパって呼んでるぜ?俺にはわかる。」
「そうか。」

放心状態でぼけっと湖を見つめているのにお構いなしな益子にも、実のところ少しだけ参っていた。
自分の親ばかを棚に上げてそんなことを思うくらいには、我が子フィーバーはとめどない。

「う、ぅー‥」
「お、お目覚め?」
「ああ、やばい…そろそろおしゃぶりじゃごまかせなくなってきた…」

知らないうちに目を覚ましたらしい凪が、目にたくさん涙を溜めて、えぐえぐとぐずりだす。
きいちと離れる時でさえ大泣きしたのだ。これ以上は流石にあやせない。お手上げ状態の俊くんの心境とは裏腹に、ついに凪は可愛い声を上げて泣き出した。
この泣き声は間違いなく飯をよこせだ。それだけはわかる。

「撤収。きいちんとこいくぞ。」
「そろそろ撮影はじまんのかな?俺も結んとこいかねーと。」
「ふやぁぁあ!!」
「わかったわかった!!わかりました!!」

みゃあみゃあ泣く我が子を、手早く抱っこ紐をつけて抱き上げる様子を見た益子が、まじで俊くんパパなんだなと当たり前のことを呟いた。






「うっわ。なんつーかすごいことになってんな。」

げっそりした俊くんが、絶賛撮影中の二人を見て授乳はまだ無理そうだと肩を落とす。凪はブスくれた顔でおしゃぶりをくわえて、それはもう王様のようにふんぞり返っていた。

「仕方ない、少し待つか。」

設置されたベンチに凪とともに腰掛けると、スタッフから結を受け取った益子がでへでへと愛好を崩しながら戻ってきた。
結はすよすよと大人しく眠っているようで、凪が泣き出して二次被害が出ないように気を張りながら、俊くんは凪の頭を撫でながら、時折二人の立つ現場に目をやった。

なにやらきいちは真っ白な格好で言われるがままにポーズをとり、巨大な扇風機によって身にまとっている薄衣をはためかせている。人も倒せそうな長い爪のついた手を顎に手を添えて、まるで人間じゃないなにか神聖な存在かのような、不思議な魅力を持つ、そんなモデルになっていた。

「葵もそうだけど、きいちもなかなかにすげぇ服着てるな。ハイブランドの服は意味わかんねーもんばっかだなおい。」
「え、あれ高いのか?」
「一着35万。リースらしいけどな。今日は香水の宣材写真だってよ。」
「授乳しやすそうだと思ったのに…」
「え、そこ?」

項垂れる俊くんの元に、撮影が終わったのか豪快に薄衣をぽいぽい脱ぎながらバスローブを引っ掛けたきいちが駆け寄る。おい、今脱ぎ捨てたやつ35万だってよ。そんなことを思うが、おそらくきいちはしらないだろう。
知ったら知ったで悲鳴を上げて崩れ落ちるに違いない。それはそれで見たいものがあるなと無責任なことを考える。
途中で自身の長い爪をおもいだしたのか、90度に曲がるとそのままメイクさんのところへ、とってー!!と言いながら駆け寄っていく。天真爛漫なきいちはこの現場でも人気者なようで、笑いながらメイクさんもその手の装飾を外してくれた。

「ふうさっぱり。」
「おまえ、眉毛どうなってんだ?」
「なんかね、テープで潰して白く塗った。顔面全部。」
「や、そりゃ、まあわかるけどよ。」

虚無の顔をすると、ますます人間味がない。メイクの力とはすごいもので、オーラが違いすぎるきいちに動揺はしたものの、口を開けば通常運転だった。

「僕もスイカバーたべたいよぅ!!」

近くにいたスタッフにお強請りをすると、ありますよと言われて持ってきてもらっていた。ケータリングというものらしく、暑いだろうからと用意してくれたらしい。
カメラマンが虚無の顔で背筋を伸ばしながらシャクシャクと食べているきいちの様子を、オフショットとして撮影していた。

「ふやぁ…」
「おっと!凪くんは飯クレタイムですねぇ。」

ふぐぅ…と愚図る凪を抱き上げると、きいちの顔のをみてはっとする。幼児の衝撃を感じた瞬間の顔というのは如何せん笑いを誘う。あまりの表情の変化にきいちが小さく吹き出した。

「ぅぐっ、く、くくくくっ、」
「さっきから飯飯コールが凄まじくてな…悪いけど俺には役不足だから…」
「ほいよ、俊くんケープ持ってきてぇ。」
「もう準備してある。」

凪を抱くきいちのセットされた髪にかからないようにそっとケープをかける。今日は薄い水色にデフォルメされた飛行機の柄のもので、神聖な雰囲気にそれだと違和感が凄まじい。
あとから来た葵さんも、その光景を見て笑っていた。

「パパに抱っこされてうれしいねぇ。結もおなかすいちゃったかな。」
「なんか葵かっこよくない?なにそのコーンロウ。闇の魔術師っぽい。」
「頭の血管死にそうだから早く解いてほしいんだけどね…」

葵はというと、益子が言う通り普段の清楚なイメージとは真逆のゴシックな雰囲気だ。目の周りは黒いメイクを施され、唇にはワインレッドのルージュが艶めく。

二人の撮影はその衣装をはためかせるかのようにして行われた。香水のイメージに沿った撮影らしく、葵のコンセプトは夜の女王が纏う色気のある薔薇の香りらしい。

その、夜の女王を担当した葵はというと、ニコニコしながらピンク色のタオルで結のよだれを拭うと、こちらもくまさん柄の授乳ケープで結のご飯タイムをしていた。

オメガ二人の微笑ましい育児のシーンも場を和ませるらしい。たしかにモデルの衣装はすごくファンタジー的だが、やり取りは実に普通だ。そのギャップがいいのかもしれない。

ちなみにきいちは対象的な光の女王らしい。本人は氷属性魔法が打てそうな気がする。とノリノリでポーズを決めたらしいが、すべて見当違いだったらしく一番撮影が長引いたらしい。

「どう?どう?ぼくらかっこい?いけめてる?いぇーい!写真撮って写真撮って!」
「まじでその見た目で無邪気な反応やめろ。ちょっと笑いそうになる。」

益子がニヤつきながらカメラを向ける。バッチリと撮影したらしく、葵ときいちが子供を抱いてポーズを極めている絵が実にいいと、ブランドのオフショットとしてそれも追加された。

余談だが、二人の無邪気な様子をブランドのSNSに挙げたところ、大いに湧いたという。

近づき難い美貌の二人と話題になってはいたが、それとは裏腹の親しみやすい雰囲気にファンがつくのは、また別の話。


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