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「誰だ。」

かすかな音を聞き漏らさなかった高杉が勢い良く振り返る。鍵はかかっているが、すりガラス越しに小柄な誰かが覗いたことで、高杉の警戒心は強くなった。
今ここにいるのがバレるのは分が悪い。仕方なくフェロモンを止めると、ぐったりと床に身を投げ出したきいちを一瞥する。

「おい、別に大したことないだろ。さっさと起き…なんだ?」

外で女子生徒の言い争う声が聞こえる。聞き覚えがある声が3つ。仕方なく高杉は胎内から性器を抜くと、外したコンドームから白濁と混じり合いピンク色に染まった血液がとろとろと床を汚した。

床に身を投げだしたきいちを背後に、そっとドアに近づいて外の状況を確認しようとしたその時だった。

「っ、ぐぁ…っ!」

空きを伺っていたであろう犯し尽くした相手が、まるでどこにそんな体力を隠し持っていたのかと疑うくらい素早い動きで高杉を突き飛ばし、勢いを殺しきれなかったのか二人してドアに強くぶつかる。

「っ、おい!!そこにいるのか!?」
「ま、しこ…」

高杉が頭を打ち付けたことで痛みにうめいていると、微かに震えた声できいちが呟いた。高杉を体で押さえつけて邪魔をするきいちに舌打ちをする。思った以上に力が強い。もう少しフェロモンで酔わせておくべきだったかと己の判断ミスに舌打ちした。

「おまえ、どけ!!」
「そこにいんのか!?くそ、吉崎!女はいいから扉蹴破るの手伝え!」
「な、学…学がいるのか!?」

どうやら女子生徒…恐らく元マネージャーだろう女がどういうわけかこのドアの前から離れないらしい。好都合と思ったが、この状況は明らかにまずい。学にとって、これは制裁というなの明らかな浮気現場だ。
どうする、と逡巡した僅かな戸惑いをつき、スライド式の鍵をきいちが下げた。

突然軽くなったドアに勢いを取られ、益子が転がり出てくる。既のところで踏みとどまると、眼の前の惨状に先に悲鳴を上げたのは清水だった。

「きいち!!」

絶句する益子と清水を押しのけ、突入してきた吉崎は明らかに暴行をされたであろうきいちの姿に小さく息を呑んだ。呆然とする高杉を無視し、まるで手負いの獣のような尖った空気を放つ普段と違うきいちに近づき抱きしめた。

「…、よごれる」
「大丈夫、ごめん、ごめんな。」
「吐いた、きたない…」
「いい、汚くない。大丈夫。」

来ていたブレザーが汚れるのもいとわず、吉崎は小さな体で包み込めるように目いっぱい抱きしめた。狼狽えていた益子も、高杉を見やると苦渋を舐めたような顔で胸ぐらを掴んだ。

「なぁ、何してんだお前…!なんであんなことした!?」
「やめて!!高杉くんは何も悪くないわ!!」

益子の胸ぐらを掴む腕に取りすがるようにして清水が飛びつく。心底面倒な顔で舌打ちをするも全く動じる様子はなく、まるで話題の中心にいるような素振りで饒舌に舌を転がす。

「そうよ、高杉くんは悪くないわ。だってこいつが高杉くんをそうするように仕向けたのだもの。吉崎だってそうよ、中学の頃からずっと贔屓されていて、高杉くんの好意を蔑ろにしてばかり!」
「…清水、そうだ。俺は悪くない…。」

まるで四面楚歌の状況に光明を見出したかのように高杉も便乗する。あまりに異様な様子に鳥肌がたつ。吉崎はまるで恐ろしいものでも見るかのように二人から距離を取ろうとした。

「学、学はそいつに傷つけられたんだよな…?なぁ、嬉しいだろ?俺はお前のために制裁した。」
「おまえ、なにいってんださっきから…」
「お前は、俺のオメガだ。他のオメガとは違う、俺の特別なんだ…だから浮気じゃないんだ、許してくれ。」
「ああ、これは紛れもなくレイプだ。それにお前のオメガじゃない。」

高杉は這いずるように四つん這いになると、学に向かって手を伸ばした。まるで学の怒りの矛先が自分に向いていることに喜びを感じているかのような振る舞いだ。

「可哀想な高杉くん…こんなになるまでボロボロにされて。まだそいつに執着してるのね、」
「お前、何持って…」

虚ろな目で高杉を見つめていた清水は、ふらりと益子から離れると自らの体を抱きしめながら呟いた。

「私は彼をオメガの呪縛から解き放たないといけないの、その資格があるの。」

高杉の背後で清水が何かを取り出すのを、吉崎の体越しに見たきいちは、ひくりと喉が詰まるような緊張感に苛まれた。益子からは見えない、清水が胸ポケットから取り出したのは工作で使うようなカッターだった。

フラフラ近づいてくる清水の異様な様子を、きいちは吉崎の目を隠すことで見せないようにした。その刹那、清水は気がついた益子が止める間もなく高杉の腰に勢い良く刃を振り下ろした。

「いっ…てぇ、なんなん…っ」

女子の力なんてたかが知れている。高杉自身も水をさされたぐらいにしか思わなかったのだろう。うっとりと腰に抱きつくように縋った清水があどけない笑顔で微笑んだ。邪魔をするなと振り払うつもりで振り返る。手に持ったカッターが高杉の腰に深々と突き刺さってなければ、の話だが。

「なにやってんだてめぇ!!!!」

益子があまりの出来事に声を張り上げて高杉から清水を引き剥がした。深く刺さっているカッターからは血は出ていないが、時間の問題だ。高杉は身に起こった苦痛と衝撃に呻くことしか出来ない。

呆然とする吉崎の抱きしめる腕を離させると、ふらふらと這いずるようにきいちが高杉に近づいた。

「…痛い?」
「ぅ、うっ…」

きいちは高杉の腰を動かさないように手で抑えると、吉崎に風紀委員に先生を連れてくるようにと支持をした。普段のきいちとは違う抑揚のないトーンだ。益子はずっと楽しそうに笑っている清水の手を掴んで逃げないようにすると、尻のポケットに振動を感じてスマホを取り出した。

電話をかけてから三十分もかからないうちに、呼び出した俊くんが到着したらしい。あまりのことが起きすぎて、体感では有に一時間を超えたと思っていたが。
益子はちらりと吉崎をみると、察したのか小さく頷いた。

「風紀か来るまで、ここの鍵は締めておく。益子は俊とこにいけ。」

吉崎の言葉に小さく頷くと、スマホを耳に当てた。数度やり取りをしたのち、何とも言えない顔をしながら気まずそうに視線を戻した。

「何階か聞かれたから答えたんだけどよ、電話切れた。」
「絶対に来るな…」

二人はこれから起こるであろう面倒くさいことに頭が痛い思いをし、そしてリアルな痛みで泣きそうな高杉を一瞥した。
なんとも後味が悪い結果に消化不良を起こしながら、無言で高杉が動かないように抑えている、一番冷静だろうきいちの無表情に二人のやるせない気持ちは募るばかりだった。
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