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しおりを挟む「やっぱ左目と同じ水色に変えない?」
「やだよ、ウメノちゃんとおそろいがいいじゃん」
「義眼入れたとこ赤くなっちゃってるしなあ……、やっぱ同じ属性のがいいって。傷の治りも良くなるし」
「馴染んだらここに来る理由なくなっちゃうじゃん、やだよ」
記憶を呼び起こした張本人は、実にあっけらかんとしていた。
ウメノの体に回されたルスフスの指が、離さないを表すように組まれる。長い黒髪で右を隠すように前髪を垂らしている。顔を隠す髪を耳にかけるようにして触れる、ウメノの手のひらの熱にルスフスの目が心地よさそうに緩む。
ルスフスの額が、そっとウメノの額と重なる。暗闇を孕む右の眼窩を細めるように、鼻先を近づけた。
「キスしたらしばく」
「ちぇーー……」
「はい、お薬さしますよー。大人しくしててくださ~い」
「はあーーい」
異空間魔法から取り出したお手製の目薬を片手に、ウメノは窘めるようにルスフスの顔を引き剥がす。眼窩の中にそっとスポイトで掬い上げた一滴を垂らすと、ルスフスの瞼をしっかりと手で押さえる。
手のひらの内側で感じるはずの膨らみがない。右目を失わせたのは、ウメノの失態が原因であった。
「まだ気にしてんの。俺が気にしてないって言ってるのに、ウメノちゃんは随分律儀だね」
「あのね、半年も前の傷がまだ完治しないんだよ」
焼け爛れた右目の傷は、治癒力の高い蛇の能力を持ってしてでも跡が残った。ヒュドラ討伐の際にウメノを庇って、酸を浴びたのだ。滲出液が止まり、傷口を風に晒し出したのも最近のこと。元の顔立ちを知っているからこそ、ウメノの心が痛む。
ルスフスの右目から手を退けたウメノが、その胸板を押し返すようにして体を離す。そのまま立ち上がると、小脇に本を抱える。ルスフスの手によって放り出されたクッションを回収すると、ウメノはむすりとした顔で宣った。
「そういえば僕しばらく城あけるから」
「なんで?」
「グランドマタンゴの乾燥茸が切れちゃった」
「それって採れるの人の国の近くだよね? 一人で行くの?」
ウメノの言葉に、ルスフスの纏う気配が不機嫌なものになる。胡座の上から消えた体温も気に食わないのだろう。尻についた土を払うように立ち上がると、草を踏みつけてウメノへと歩み寄った。
「行かないよ、ケリーに付いてきてもらう」
「なら俺が行くよ。どうせ暇だし」
「アモンもいるよ、ルスフスはこなくていい」
「なら黙って行けばよかったじゃん。俺がそういうの嫌なのしってるでしょ」
「言わないで出かける方が面倒臭いのは、僕が一番知ってるよ」
ルスフスを見上げながら、ため息を吐く。以前無言で城を開けて、ルスフスは周りに迷惑をかけたのだ。ウメノが遠征に出ている場所まで、わざわざ仕事に穴を開けてまで突撃してきた前科者である。
「嫌だ。一緒に行く」
「僕が行く日は、ルスフスが罪人の護送任務を行う日だよ。東門と共同でやるって言ってたじゃないか」
「じゃあ、さっさと殺してそっち行くから一人で行かないで」
「やめてよ、検死するの僕なんだから仕事増やさないで」
やたらと構ってくるルスフスに、ウメノは少々手を焼いていた。蛇は執着が強いと聞いていたが、まさかここまでとは。
ウメノの背後で炎が燃え上がる。現れたアモンを前に、ルスフスは心底嫌そうな顔をした。
「アモン、カエレス様んとこいってミカヅキ平野までの外出申請出しといて」
「我がか? しかたあるまい」
辟易を顔に貼り付けて文句を言うウメノへと、見せつけるようにルスフスが二股に分かれた舌を晒す。長いルスフスの尾の先が揺れると、にい、と口端を釣り上げて笑った。
ウメノが折れたと理解したのだ。諦めを顔に貼り付けるウメノの肩に触れようとすれば、しっかりと手は弾かれてしまった。
ミカヅキ平野へは、アキレイアスから三日ほどだ。カエレスへとグランドマタンゴの討伐をしにいく旨を伝えれば、念のためと兵の携行品を持たされた。
それらはしっかりとアモンが飲み込んだ。インベントリは別に持っているが、すぐに使いたい時に出せるので、アモンの体は便利なのだ。
「人の体を都合の良いように扱う。なかなかに童は見どころがあるだろう」
「そうだねえ、俺の体も好き勝手してくれたっていいのに」
「のう、お主もしかして童にホの字と言うやつか? 良い良い、若人同士むつまじくやるのは我も歓迎ぞ。なあに案ずるな、こやつこう見えて成人しておる。まぐわう時は申せよ、我は気遣いのできる魔人なのだ」
「デカブツ二人、酸をかけられたくなければ今すぐその口慎みな」
小柄な体からは想像もつかないほどのどすの利いた声で、ウメノが宣った。
三人は、アキレイアスからアテルニクス方面へと続く砂漠の境目にいた。人の目から見たら、こちら側は蜃気楼のように見えているだろう。獣人の国に干渉してこないように、認識阻害結界と幻惑術の重ねがけをした高度知覚干渉術。ここを通れるものは、カエレスの許しがあるもののみ。無論、アモンは例外なのだが。存在は人間の国で言うと厄災のような扱いになるので、自発的に赴くことはない。
「ミカヅキ平野は面白いところぞ。砂漠の中心から向かうからのう。ルスフス入ったことがあるか」
「ないけど知ってる、夜にしか現れない魔素溜まりから入るんだろ。あそこも一種の認識阻害みたいなものって聞いてる。確かに資源は豊富そうだけど、魔物が強い場所をわざわざ通らなきゃいけないのか。グランドマタンゴ討伐なんて」
「知らないのルスフス、ミカヅキ平野のグランドマタンゴはポーションだったり増幅剤の原料にもなるんだよ。カエレス様が渡してくれた薬も、増幅剤にそれが使われてる」
「じゃあ金のなる木ってこと? いいね、俺はウメノちゃんの次にお金の匂いが大好きだよ」
人を消耗品と同列に扱うな。ウメノの一言に、ルスフスは肩を揺らして笑う。それにしても、随分と砂漠が続く。間も無く夕闇が一帯を飲み込む頃合いだ。野営をするにも何もない。
「なあ、擬態化して運んでやろうか。場所はわかってんでしょ」
「やめろよルスフス、魔力の無駄遣いしないで」
「なら我が鳥になって飛ぼうか。火傷したらすまんがのう」
「アモンはもっとやめて。現地着く前に僕らが焼け死ぬ」
辟易とした顔をする。いくらウメノがアモンと契約しているからといって、本性を晒して体に触れられればたちまちに焼けるだろう。アモンの力はそれほどまでに大きい。
だとしたら選択肢は一つのみだろう。己の案内で向かえば、確かに三日は過ぎてしまうかもしれない。時間は有限ではないことを、ウメノは誰よりも理解している。
「魔力補充ポーションは」
「ここにあるぞ」
「決まりだな。まあ安心しなさいな、俺こう言うの得意だし」
砂を巻き上げるように黒い旋風がルスフスを覆う。ウメノの目の前で紫色の光が放たれ、顔を覆いたくなるほどの風は徐々におさまっていった。
ざりざりと鱗の擦れ合う音がする。ウメノがゆっくりと瞼をひらけば、そこには紫黒の鱗を逆立てるように顕現したルスフスがいた。
爬虫類独特の縦長の瞳孔は、片目しかない。人型時と同じ、右目を焼けただらせたルスフスは、二股に分かれた舌を遊ばせるように宣った。
「砂場は俺の領域だよウメノちゃん。もうすぐ夜が味方する。さあ、腹を括って」
「お前の鱗は尖ってて痛いんだよ、ああもう……ってうわあ! アモン、いきなり持ち上げないでってば!」
「しっかり捕まってな。ま、手綱なんかないんだけど」
「お前つのでもはやせよ」
「流石に無理」
鋭い刃がいくつもついたような尾の先を震わせる。ウメノを乗せたルスフスが体をうねらせると、景色は一気に動いた。
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