狼王の贄神子様

だいきち

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 ミツの腕の中のロクは、ちょっとだけ泣きそうな顔をしていた。往来で見た時よりも、もっと他の人に見られてはいけないような、ミツだけが知っていればいいような、そんな顔だ。心の奥が甘く疼いて、じわじわと体温が上がってくる。ミツが少しでも顔を下げたら、唇が触れ合ってしまいそうなほど、近い距離。
 一歩踏み出す勇気を試されている。無意識って、随分と怖いものだ。ミツはただ、どれだけロクが好きなのかを行動で示しただけだったのに、この距離はまずい。

「試されているのか、俺は」
「た、めす……?」
「ミツも男だ。だけど、俺も男だ。この距離を許されて、期待しない男はいると思うか」
「え、ゎ……あっ!」

 ミツの尻尾が、今までにない速さでブォンと持ち上がった。薄手のカットソーの隙間から、ロクの指先が差し込まれたのだ。背筋のくぼみに、指先が当たる。
 こんなふうに欲を伴って触れられたことがないから、ミツは心がめちゃくちゃになってしまった。バクバクして、指先が震えて、泣きたくないのに、ちょっと泣きそう。まるで、意思が効かないように忙しない感情に、思わずロクの服を握りしめる力を強めた。

「……まだ、手しか触れてない。その先を望む男に、こうして近い距離を許すな。俺は、ミツに嫌われたくない」
「そ、その先って、えっと」
「ミツの経験が、どれほどかはわからない。だけど、男のいうその先は、一つしかないんじゃないのか」

 呼気が触れ合う距離だ。ロクの低くて、少しだけ掠れた声がミツの神経をあわ立たせる。大きな手のひらが、ミツのぽこんとしているお腹にそっと回った。どんなに頑張っても、かっこいいお腹にはなれない。恥ずかしくて見せられないと思っていた部分に、ロクの手が触れている。

「ぼ、僕……お腹、丸いからやだ……み、見られたくない」
「気にならない、俺は好ましいと思う」
「だ、だって僕、前の恋人にはデブって」
「触れてもらえなかった……?」
「う、うん……」

 ロクの問いかけに、ミツは弱々しく頷いた。
 ミツだって大人だ。だから、ロクがいうその先が何かだって、なんとなくわかる。だけどミツは怖かった。大好きなロクが、前の恋人のように体を見て幻滅しないかを。
 決して太っているわけではない。それでも、ミツのお腹は子供のようにぽこんとしているのだ。幼児体型といえば聞こえはいいが、それでもマチのようにキレイな縦筋は入っていない。それが恥ずかしくて、見られるのには覚悟が必要だった。

「……見ていいか」
「で、でぶって、言わない……?」
「言わないし、俺はそのままのミツがすきだ」
「き、嫌いに、ならない……?」
「俺が最初に、好きになったのにか」

 ロクの言葉に、じわりと額を赤くする。肌が白いから、恥ずかしいとすぐに顔に出る。震える手がゆっくりとカットソーの裾を握ると、生地を裏返すようにして頭を抜いた。 
 暗い店内。ロクの膝の上で、ミツは初めて素肌をさらした。ふくりとした胸の頂に、薄桃色の突起がついている。窓から入り込む月光が、ただでさえ白いミツの素肌を透かすように照らしていた。

「ど、どう……」
「すまない、抱きしめてもいいか」
「き、聞かないで、そういうの」

 ミツの言葉を肯定と捉えた腕が、ゆっくりと体を引き寄せる。長い腕に閉じ込められるように抱擁されて、息が苦しい。心なしか、いつもよりも力が強い気がする。それでも、嫌ではない苦しさだ。
 自然とミツの顔がロクの首筋に埋まって、大好きな香りに満たされる。安心する、太陽みたいにホッとする香りだ。ロクの広い背中に腕を回しても、己の手のひらが触れ合うことはない。しっかりとした筋肉がついた背中は、ロクの身じろぎに合わせて動くのだ。

「ロクさん、その……こっち向きませんか」
「そうしたら、我慢できなくなる」
「僕を抱いておいて、今更じゃありませんか」
「……抱いてない、抱きしめているだけだ。まだ……」

 男として、ロクは期待しているのかもしれない。まだと濁すように続けたロクが可愛くて、ミツは胸がキュウンと苦しくなった。頬擦りするように甘える。この男の人は、ミツだけのものだ。頬に鼻先を寄せれば、ロクがピシリと動きを止める。
 そのまま、そっとミツはロクの頬に口付けた。ドキドキして、目の奥が熱くなるほど緊張した。それでも、頬に口付けをしたミツは間違いなくロクよりも男前だった。

「ロクさん」
「……壊す、壊してしまったら、俺は立ち直れない」
「キスがしてみたいです。まずは、そこからでは」
「……」
(とんでもなく怖い顔して悩んでいるなあ……)

 怒っているのかと勘違いしそうなほど、難しい顔をして静止した。そんなロクの反応が面白くて、ミツはもぞりと身じろぎをしてロクを見つめ直した。
 小さな手が、ロクの両頬を挟むように包み込む。ギョッとした顔で目を見開いたロクへと顔を近づけると、厚みのある唇をそっと啄んだ。
 少しだけ乾いている。それでも、ミツはロクと初めて口付けを交わしたのだ。想像の中じゃない、これは現実だ。小さな心臓が、ビョンッとはねる。頬を包んでいた手を肩におく。もっと柔らかさを確かめたくて、そっと身を乗り出した時。小さな尻の下に、固いものを感じた。

「ミ、」
「う……」

 ちゃんと、僕で興奮してくれるのか。ロクの反応している部分が、ミツの怯えを拭い去る。それが嬉しくて、口元が緩む。
 それが引き金になったのかはわからない。ロクの手がゆっくりとミツの後頭部に触れると、今度はロクの手に促されるように唇を重ねた。

 
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