狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
62 / 111

4 

しおりを挟む
 それは、砂を引きずるようにして蠢いた。ハニの眉が寄せられる。見間違いでなければ、砂の海から棘のようなものがみえたのだ。
 白い、骨のような体が再びみえた。長躯は砂を泳ぐようにして、こちらへと近付いて来る。
 砂を突き破るように伸ばされた鋭い針を前に、ハニの表情は強張った。

「スコルピオ!!」

 その魔物を目にした瞬間、ハニはギブスが増えた理由をすぐに理解した。
 数人の兵士は門へ向かうように歩みを進めている。気が付かないのも無理はない、実体を操るスコルピオの僅かな振動は、動物でしか気が付かない程度のものだ。
 この場でスレイヤが気づいてよかった。ハニは石柱から飛び降りると、外套をはためかせるように勢いよく駆けた。

「っ、うわ! お前まだいたのか!?」
「スコルピオかでた! ギブスが現れる前に一帯に水を撒け! 早く!」
「はあ!? スコルピオって何!?」

 喚く兵士を背後に、ハニは両手のひらピタリと合わせた。魔力に意識を集中させる。スコルピオの姿が見える位置まで来ると、ハニは手を振り抜くようにして術を放った。
 ハニの体が、円を描くようにくるりとまわる。纏う魔力が水に変わり、それは地べたを覆うように砂地へ染み込んでいく。
 乾いた砂地が盛り上がり、木が熱で弾けるような音をたてギブスが現れた。
 木の根にも見える手で体を支えるように、あちらこちらで体を砂から引き抜く。
 スコルピオから逃げているのだ。あれは報われない魂を食らって実体を作る。ギブスがここに来たということは、もう何体か喰われているということだ。
 氷結は有効だ。しかし、スコルピオは実体を持たせなければ倒すことは出来ない。中途半端な幼生のままではまた同じことが起こるだろう。
 ギブスを食わせる為に、スコルピオの注意をこちらに向けさせる。でなければ、実体化したスコルピオを食い止められなかった場合の被害は全て、南門側の市井へ向く。

「考えるな」
「は」
「本能でいけ」

 背後から聞こえた声に、ハニが反応を示したその時。突風が砂地から出たギブスを一息に吹き飛ばした。乾いた魔物の体が、スコルピオへと飛んでいく。砂の山が崩れるように、半透明の蠍の化け物が姿を表した。それは大顎を開いてギブスを飲み込むと、一部を白骨化させるように実体を作っていく。

「スコルピオが姿を持ったら、火炎で焼き払う。今のままだと物理は通らないからな」
「南門に意識が向く!! 本気かよ!?」
「なんだそんなことか」

 翡翠色の剣を持ったヘルグが、憤るハニの横へと並んだ。刀身を撫でるように持ち上げると、再び剣先をギブスへと向けられる。

「なんのために俺が来たと思っている」

 じわりと光が滲み出るように、翡翠の刀身は輝き始めた。ヘルグの魔力を倍加させているのだ。境界を作るハニの水魔法は、既に乾き始めている。
 駆け出したヘルグが、濡れた砂地を踏み込んだ。途端悲鳴を上げて飛びかかったギブスの体を一閃すると、再び吹き上げた突風がギブスの群れを撒き散らす。

「ほら餌だ! 食え!」
「っ、めちゃめちゃが過ぎる……!!」
「ハニ、水を散らせ! 俺が広げる!」
「あんた境界の意味をしってるのか!?」
「知っているさ! だから、お前の氷で作るんだよ!」

 楽しそうに笑いながら宣う。ヘルグの言葉にようやく意味を理解した。
 砂地を蹴るように駆け出したハニを前に、ヘルグが満足そうに頷く。刀身を振り抜く動きで繰り出した鎌鼬を使い、ギブスを撒き散らしながらスコルピオの注意を向けさせる。
 ヘルグが囮をかってでている。ハニは腰に差した短剣に素早く青い魔石を括り付けると、上空へと勢いよく蹴り上げた。ハニの魔力を込めたそれは、空を覆う赤よりも鮮やかだ。沈みかけた太陽の光を吸収するかのように輝く。魔石目掛けて、ハニは指先を真っ直ぐに向けた。

「降りしきれ!」

 ハニの指先から、魔力の弾丸が勢いよく放たれた。魔石は澄んだ音を立てて砕け散った。その瞬間、辺り一帯を囲むように雨が降り注ぐ。濡れていない砂地へと逃げるように、ギブスが動きを変えた。
 スコルピオが再び砂から飛び出したその時、ヘルグの風魔法によって、ハニの放った魔法が意思を持って長駆を捕らえた。

「今だ!! 囲め!!」
「氷の壁よ!!」

 あっという間に出来上がった氷の檻に、ヘルグは口端を釣り上げるように笑った。
 飲み込むようにギブスを喰らい続けるスコルピオの体が、ゆっくりと色を変えていく。
 真っ白な骨のような姿へと転換した蠍の化け物は、金切り声を上げるように咆哮した。
 ハニの眼の前で、外套をはためかせたヘルグが風魔法を纏うように上空へと飛び上がる。
 翡翠色の剣の根本から、細く赤い光の筋が刀身に絡みついた。

「っ、喰われる……!!」
「俺を見ろスコルピオ!!」

 ハニの驚愕を前に、ヘルグはスコルピオの注意を引いた。
 漆黒の目玉が四つ、ぎょろりとヘルグへと向けられる。大顎をきしませ、鋭く尖る白い針を素早く伸ばした。
 このままだと、やられる。助けようと駆け出したハニの目の前へと、大きな音とともに巨大な石が降ってきた。砂煙が視界を奪う、たたらを踏むように足を止めたハニは、目を見開いた。

「これ、って」

 金切り声と共に、ハニが作り上げた氷の檻が突き破られた。白い煙とともに、薄玻璃が舞うように散らばる。
 四肢をもがれたスコルピオが、のたうちまわりながら抵抗を見せる姿を前に、ハニは眼の前に落ちてきたものがスコルピオの体の一部だとすぐに理解した。

「っ、」

 体の節々から体液を噴出させ、耳障りな音を立てる。目の前にいるハニへと狙いを定めるように、スコルピオが大顎を開いた瞬間。ハニは指を一閃させ、瞬時に氷の結界を展開した。
 逃げるよりも防ぐ方が、怪我は少なくて済むだろう。三重に重ねがけをした結界へと、スコルピオが襲い掛かる。その時、白く骨のような体は炎に包まれた。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

処理中です...