狼王の贄神子様

だいきち

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だれかのため

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「つまり俺は惚気を聞かされたということですか」
「の、惚気なんかじゃない!」

 太陽が高くのぼり、歪な四角い光が地上へと降り注ぐような熱い日だ。城へと続く道のなかば、反射する光に顔を顰めて声を上げたのはティティアだった。

「だって、だって思ってたよりもすごかったんだ!
ベロって!」
「ティティア様、驚いたのは分かりましたけど今は昼間です」
「あ、うう……ごめん……」

 両手で顔を覆うように俯く。市井へと向かうからと、ティティアは狼の耳飾りの上からフード付きの外套をかぶっていた。多くの国民が、日差しから身を守るために大判の布で身を隠す。
 冷却魔法が弱くかけてあるそれは、アキレイアスで暮らす上での必需品であった。
 同じく外套を纏うロクが、扉の音を聞きつけて振り向いた。城門の横の扉から姿を現したのは、羊獣人のマルカである。薄墨色の裾の長い長衣に布を巻いた彼女は、ロクが随伴することを知らなかったのだろう。目を丸くして驚いていた。

「なんでロク様がいるのですか?」
「カエレス、様が二人だけだといけないって」
「あら、そうですか……、まあそうですよね」

 マルカは丸い眉を下げるようにしてため息を吐いた。事前に言えば良かったのだろうが、口付けのことで頭がいっぱいになってしまってすっかり抜けていたのだ。
 それでも、ロクを前にしてのマルカの反応には少しだけムッとした。ついぶっきらぼうに答えてしまったのも仕方あるまい。

「マルカ、あなたはなぜティティア様よりも前にいないのですか?」
「え?」
「お言葉ですが、ティティア様は傅かれることに慣れていないご様子。一人くらい気心の知れた関係を築ける者がいても良いかと存じますが」
「それはあなたが決めることではない」
「ま、待って待って! ほら、時間決まってるんだからもう行こう! ね!」

 まさか出会い頭にそんな言い合いになるとは思いもよらず、ティティアは慌てて取りなした。
 ロクの気持ちはもちろん嬉しいが、マルカの言い分も理解できる。せっかくカエレスからお許しをいただいた短い時間を、こんなことで無駄にはしたくない。
 そんなティティアの気持ちが通じたのか、二人は渋々。本当に、渋々と言わんばかりに頷いた。
 行く先は城からすぐの城下町、ウィズダムだ。ロクの手芸屋もだが、ニルの奥さんが営むという飯屋も気になる。とは言っても、これはハニから聞いた話なので、ティティアがそこに行きたいと思っていることはニルには秘密だ。
 今日は非番のはずなので、もしかしたら街中でばったり会うかもしれない。そんなことを思いながら、ロクによって手配された馬車へとマルカと共に乗り込んだ。

「マルカはどこか行きたいところある?」
「そうですねえ、せっかくなので薬屋でも行きたいです。城で仕事していると買いに行く機会がなかなかなくて。ティティア様は薬草にもだいぶお詳しくなられたようですし、せっかくなので一緒に選んでもらいましょうか」
「俺が手伝っていいの?」
「ええ、知らない知識は共有すべきです」

 柔らかく微笑むマルカに、ティティアは照れ臭そうに頷いた。
 馬車は市井から少し離れた場所へと止まった。どうやら城から派遣された兵士が駐在している場所らしく、中から聞く限り声は随分と賑々しい。
 そうこうしているうちに、ロクが馬車から降りる音がした。鋭い声色で制止を求める声の後、唐突に馬車の扉が開いた。

「あれっ!?」
「不躾になんですか、あなたは!」
「あ、お、女?」
「女じゃないよ、彼女はマルカ」
「えぇ⁉︎」

 兵士の言葉が気になって、ついひょこりと顔を出すように訂正をした。頭が痛そうな顔をするマルカの目の前で、犬耳の獣人だろうか、栗毛の可愛らしい顔立ちをした青年が、ロクによって摘み上げられた。

「ウィン、これは物資を運ぶ荷馬車ではない。言っただろう、この時間帯に駐在所へよると」
「ろ、ロク……おいらに悪気はないよ‼︎  だから兵隊長には言わないでえ‼︎」
「兵隊長?」
「ヘルグ様率いる犬の獣人族で成り立つ兵の部隊ですよ」

 聞きなれない言葉に、キョトンとする。そんなティティアに耳打ちをしたマルカは、どこかうっとりとした表情で宣った。
 どうやら兵隊長であるヘルグという雄の獣人は随分と部下には厳しいらしい。ロクに首根っこを掴まれる形で情けない顔をしている青年の犬耳が、叱責を想像したのかへろりと垂れていた。
 西門に位置する、重厚感のある煉瓦造りの兵士の詰め所を物珍しそうに見上げる。そんなティティアの体に、ぬ、と黒い影が差した。

「部下が失礼をいたしました」
「ぎゃぃんっ!」

 ウィンが情けない悲鳴をあげると、分かりやすく尾っぽを股の間に挟み込む。
 馬車から降りたマルカとティティアの頭上から、聞きなれない甘く低い声が降ってきた。どうやらそれにウィンが反応を示したようだ。その影の主を確かめるように見上げれば、ティティアの目の前に見慣れぬ美丈夫が立っていた。

「ティティア様、かの方がヘルグ様です」
「ぉわ……あ、こ、こんにちは……」

 マルカの囁きで理解した。この、泣きぼくろがなんとも色っぽい黒髪の獣人がヘルグなのだろう。種族はカエレスと同じ狼だろうか。黒髪は光の加減で藍色にも見える。
 冷たい印象の灰色の瞳に、尾のように長い髪を背中で纏めている。ティティアが思わず物おじすると、ヘルグはその瞳を緩めて微笑んだ。

「番いから聞いております。あなたがお嫁様だと」
「へ、お、俺ヘルグさんの番いさんと知り合いなの……?」
「ええ、兎獣人の……」
「まさか、ハニ⁉︎」

 ギョッとしたように声を上げたティティアに、ヘルグは表情を変えずに耳だけを下げる。どうやら声が大きかったらしい、慌てて口を塞ぐティティアに、ヘルグは穏やかに頷いた。

「市井へは徒歩で向かわれると聞いています。カエレス様より、身辺の警護を仰せつかっておりますので、ご同行いたします」
「ええ! 兵隊長さんについてきてもらうの⁉︎  ロクいるから大丈夫だよ⁉︎」
「ティティア様、それは確かに嬉しいお言葉なんですが……」

 緩みそうになる口元を、なんとか堪えるロクが言い淀む。眉間に皺を寄せて怖い顔をしているが、照れている時の顔である。
 ロクからしてみれば、任せろと言える程度には腕っぷしに自信はあるが、カエレスの番いとしてある今のティティアは、昔のようにロク一人での身軽には扱えなくなっている。
 どう説明するべきかと困るロクの様子に気がついたのか、補足をするようにヘルグは口を開いた。

「彼が数少ない鬼族で強いことも理解しています。それでも、一人で警護をし何かあっては、責任もたった一人が請け負うことになります。カエレス様はそうならないように、俺を指名した。彼一人があなたがた二人を守るよりも気が休まるでしょう」
「あ……そ、そっか、うん……何も知らなくてごめん」
「守られる側の知識は、貴方とその周りの為にもなる。ここはごめんではなく、教えてくれてありがとう、が正しいですよ」
「あ、ありがとう。俺、また一個頭良くなった……へへ」

 照れ臭そうに笑う。ティティアの素直な様子にヘルグは小さく頷いた。
 このアキレイアスに神の番いであるティティアが来たことはハニから聞いていたが、無垢な様子は確かに庇護欲をそそる。その素朴さは確かに心地の良いものだ。
 ティティアは、早速ウィンから受け取った街の地図片手に顔を輝かせている。マルカとロクと共に一枚の地図を分け合って眺める様子からは、次期王妃の威厳は驚くほど見当たらなかった。



 
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