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最終章 大黒腐編
第307話 ニ十三回目の夢
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「くそ、撃て!」
言うまでもなく、
両側から全員フルオートで銃弾を浴びせるが、
ほとんどがその硬い体皮によって弾かれ、
ダメージを与えられた場所といえば、
何本もある足の1、2本だけだった。
マザーは体勢を変え、僕と秋人の方を向いた。
通路に収まりきらないその巨体は、
壁に足を突き刺して、
片輪走行する車のごとく進んでくる。
相打ちになる危険があるので、
思いきり攻撃できないこの状況に、
三人共もどかしい思いを感じつつも、
少しずつ慎重に銃撃を開始する。
粉塵が舞い、
火薬の臭いと臭気が立ちこめる中、
すでに5メートル手前まで迫ってきたマザーに、
秋人がグレネードを発射した。
放たれた砲弾は、
マザーの膨らんだ腹の左側に命中した。
その途端、悲鳴に似た鳴き声が響きわたる。
腹をすべて飛ばしたかと思ったが、
実際は少し抉れただけで、
黒い体液が少し、
したたり落ちているだけだった。
「マジかよ……」
秋人は絶望したように呟いた。
間近で見たマザーの顔は、
複眼のような大きな目と、
顔の半分を埋め尽くす巨大な肉食動物のような歯、
頭部から生えている無数の角、
まさにモンスターといった具合だが、
その表情は怒りに満ちていた。
種が違っても分かる。
子を守ろうという、
母親の母性本能だけは共通しているらしい。
マザーはじりじりと、
僕達二人との距離を縮めてくる。
全身からしたたり落ちる体液で、
通路は黒く染まっていく。
「昴、秋人!」
かぐやが叫んでいるが、
もはや耳に入らなかった。
左の前足が降り下ろされ、
その鋭い刃先が目前に迫る。
これまでか……そう思った瞬間、
5発の銃声が鳴り響いた。
連射ではなく、
1発ずつ確実に撃つ音だ。
その音と同時にマザーの頭が小刻みに揺れて、
やがて動きが止まった。
そのままゆっくりと力無く倒れ、
一度通路にあたり、そのまま下に落ちていった。
何が起きた?
『やっぱり私がいないとだめね。
……なんちゃって』
ふいに無線機から飛鳥の声がした。
今のは、飛鳥が……?
何でここにいる?
急いで階段を降りると、
〝ビクター2〟と共に、
〝ジュリエット4〟のメンバー、
研究員らしい女性、
そして完全装備でライフルを持つ飛鳥がいた。
「何でここにいるんだ?」
『こちら〝マイク2〟。
〝ロメオ1〟、早く上がってこい』
〝ジュリエット4〟隊長の一ノ瀬が前に出る。
しんと静まり返った空間に無線の音が響いた。
「ごめんなさい。
命令違反です。罰は受けます!」
「……いや、君たちはいいんだ。
飛鳥……」
一人テンパった一ノ瀬を制して飛鳥が前に出る。
「小夜たちは、
私の最後のわがままを聞いてくれただけ」
「彼女たちの事はもういい」
飛鳥は振り返って小夜を見る。
「大丈夫。帰ったら私が命がけでごねるから」
「飛鳥!」
「何? マザー仕留めたんだからいいじゃん。
助かったでしょ?」
高圧的になってしまったようだ。
少し機嫌悪そうに飛鳥は返してきた。
「……悪かった。助けてくれて感謝するよ。
でも、僕ら本隊を追ってきたんだろ?
道中はいいよ、ヘリだから危険も少ない。
問題は着陸してからここに来るまでだ。
人型だっている。敵陣ど真ん中。
超危険地帯だ。
飛鳥は自分の価値を分かっていない。
もしもの事があったらどうするんだ?
局長たちは今頃発狂してるんじゃないのか?
ちょっと軽率すぎる行動だよ。
そもそも何で来たの?
飛鳥には自分の命を一番に考えてほしいんだ。
そんなこと言わなくても分かるだろ?
だいたい……」
「好きだからに決まってるでしょ!」
急に大声を出した飛鳥に全員が驚いた。
僕は口を開けたまま止まってしまった。
「私の気持ち知ってたでしょ!?
それと……聞いたよ、史帆さんの事」
史帆の名前を聞いた途端、ズキンと胸が痛む。
これは感染の痛みではない。
「また失うのが怖いんでしょ?
だから大事な人を作らない……違う?
でも……明日死ぬかもしれない世界で……
私は……私の気持ちは……
一緒に……
私は昴と一緒に生きていきたいのっ!」
目にうっすらと涙を浮かべ、
逆ギレ気味の彼女の顔を見ていると、
なぜだか分からないが愛しく思えた。
「……みんな、爆薬をセット」
周りに立ちすくむ、
気まずい顔の仲間たちに指示を出した。
『〝ロメオ1〟から各隊。
マザーを仕留めた。
生き残っている部隊は至急撤退しろ』
皆はきびきびと動き出す。
『〝チャーリー3〟は爆薬のセット』
『了解』
指示を終え、僕は飛鳥に振り返った。
「飛鳥……悪かった。ごめん……」
僕は飛鳥の腕をつかみ、
そのまま抱き締めた。
飛鳥は為すがままに、
僕の両腕の中に引き寄せられた。
僕の腰に回った手が、
少し強張ったのを感じた。
その時、天地が揺らいだ。
いや、正確には僕の視界だけが揺れている。
強烈な頭痛と悪寒、それに吐き気も。
「昴っ!? 大丈夫?」
ゆっくりと、飛鳥の力を借りながら、
近くの壁に寄りかかり、そして座り込んだ。
研究員だという女性が傍らに来る。
私服の上に、
サイズの合わない戦闘ベストをつけ、
大きなリュックを背負っていた。
首から下げている局員証には、
【東条優里奈】と書かれていた。
「来宮さん、
私はワーマー研究室の者です。
長澤博士から全てを任されました。
お顔を上げられますか?
私を見て下さい。
……〝今、この場所〟ですか?」
少し癖のあるショートヘアが顔にかかる。
真剣な顔つきでこちらを見る東条優里奈の向こう側に、
いつもの長澤博士の顔が浮かんで見えた。
〝今、この場所〟。
そうだ。
僕が僕じゃなくなる所。
人間である事を止める時。
随分含みのある言い方だと思ったが、
飛鳥に配慮しているのだと気付いた。
やっぱり、
まだ僕が感染していることを知らされてなかった。
僕は彼女の目を見て無言でうなずいた。
「なに? どういう事?
昴、大丈夫だよね?」
不安げな飛鳥の顔がぼんやりと見えた。
東条はバックから注射を取り出し、
「打ちますよ」
と言ってから僕の心臓に針を突き立てた。
「まだ試験段階のものですが、
数分は持ちます」
「ちょっとっ!
今の……
ちゃんと説明してっ!
ねぇ……昴……死なないよね?」
ぼろぼろと涙を流す飛鳥の姿が、
はっきりと見えてきた。
症状が治まり、頭がクリアになる。
薬が効いてきたみたいだ。
膝から崩れ落ちた飛鳥の背後に、
秋人とかぐやが立っていた。
僕はゆっくりと腕をまくった。
飛鳥が息を呑む。
腕は黒く変色し、
小さな突起が複数生え始めていた。
注射を打ってもらってなければ、
とっくにワーマー化していたのだろう。
「黙っていてごめん、飛鳥。
僕は最初から感染していた。
ワーマーのキャリアなんだ」
一瞬、時間が止まった気がした。
誰も動かない。
「長澤博士のおかげで、
何とか進行を食い止めていたんだけど、
それももう限界みたいだ」
僕は力なく笑った。
飛鳥は無言で僕の手を取った。
両手をつかんでいる彼女の手が、
グローブ越しに、
温もりを伝えてくれる。
その暖かさが心の奥底に響き、
体の内側から熱い感情が沸き起こる。
喉が詰まり、自然に涙が溢れた。
飛鳥は顔を上げ、
その潤んだ瞳で僕の目を見た。
頬には、幾本もの涙の道が出来ている。
僕は彼女の頬に手をあてて、
親指でそっと涙を拭いた。
ふいに飛鳥が身を乗り出し、
キスをしようとしてきた。
鼻先が一瞬触れた所で、
東条がガッと飛鳥の肩を掴んで止める。
「キスはしないで下さい。
分かっテいるはずです。
感染しますよ?」
その時、東条の瞳が、
不自然に赤く光った気がした。
「昴がいなかったら、
……私は生きる意味がない。
一緒に死なせて……」
嗚咽を漏らしながら、
身体を震わせて飛鳥は泣いた。
もし、飛鳥と違う形で出会っていたら……
これほどまでに、
彼女を傷つける事は無かっただろうか。
史帆が僕の中で生き続けたように、
飛鳥の中でも僕は生き続けるのだろうか。
それはとても美しく、だがとても辛い事。
だから史帆はあのとき、
自分のことは忘れてくれと言ったのだろうか。
「……飛鳥。僕からのお願いだ。
君は生きてくれ。
君が皇室の人間だからって理由じゃない。
僕の大切な人には、
僕の分もしっかり生きてほしいんだ」
飛鳥は痛いくらいの力で僕の手を握る。
子供みたいに泣きながら、
彼女は僕の目に視線を戻す。
「約束、してくれる?」
ぎゅっと目を瞑りながらゆっくり頷く。
「約束……する」
消え入りそうな声で飛鳥は呟く。
「秋人、かぐや。
……ありがとう。
飛鳥を……皆を……頼んだ」
二人は何も言わず、
ただしっかりと僕を見て頷いた。
二人とはそれで十分だ。
僕は自分の腰から拳銃を抜いた。
安全装置を外してから、
ゆっくり飛鳥の手に握らす。
お互い顔面蒼白ながら、
目は逸らさなかった。
丁寧に彼女の指を引き金にかけてやる。
もう限界が来ている。
手を動かすのもやっとだ。
そして、拳銃を握った手を優しく包み込み、
ゆっくり上げる。
「いや……」
鼻を真っ赤にして泣く飛鳥の言葉を、
僕は無視した。
自分の額に銃口を当てると、
金属の冷たさが伝わってきた。
「……飛鳥」
彼女の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ、
ぼたぼたと地面に落ちてゆく。
「好きだ」
暗闇の中で目を覚ました。
千里眼で周囲を見てみると、
ここはどうやら崩落した通路の中だ。
俺は崩れ落ちた天井の瓦礫の上にいた。
周りには誰もいない。
身を起こすと、
頭と、身体の節々に痛みが走る。
「痛てて……」
ガシャの夢を見ていたようだ。
驚いた。
ユウリナが出てくるとは。
東条優里奈……ユリナ……ユウリナ。
あの時代からアイツはいたのか。
でも当時のテクノロジーで機械人が……?
考えても分からない。
前方、通路の奥から強力な魔素を感じる。
行かなくては。
「これは……ネネルと、ザヤネか……」
俺は立ち上がり、魔剣フラレウムに炎を灯した。
言うまでもなく、
両側から全員フルオートで銃弾を浴びせるが、
ほとんどがその硬い体皮によって弾かれ、
ダメージを与えられた場所といえば、
何本もある足の1、2本だけだった。
マザーは体勢を変え、僕と秋人の方を向いた。
通路に収まりきらないその巨体は、
壁に足を突き刺して、
片輪走行する車のごとく進んでくる。
相打ちになる危険があるので、
思いきり攻撃できないこの状況に、
三人共もどかしい思いを感じつつも、
少しずつ慎重に銃撃を開始する。
粉塵が舞い、
火薬の臭いと臭気が立ちこめる中、
すでに5メートル手前まで迫ってきたマザーに、
秋人がグレネードを発射した。
放たれた砲弾は、
マザーの膨らんだ腹の左側に命中した。
その途端、悲鳴に似た鳴き声が響きわたる。
腹をすべて飛ばしたかと思ったが、
実際は少し抉れただけで、
黒い体液が少し、
したたり落ちているだけだった。
「マジかよ……」
秋人は絶望したように呟いた。
間近で見たマザーの顔は、
複眼のような大きな目と、
顔の半分を埋め尽くす巨大な肉食動物のような歯、
頭部から生えている無数の角、
まさにモンスターといった具合だが、
その表情は怒りに満ちていた。
種が違っても分かる。
子を守ろうという、
母親の母性本能だけは共通しているらしい。
マザーはじりじりと、
僕達二人との距離を縮めてくる。
全身からしたたり落ちる体液で、
通路は黒く染まっていく。
「昴、秋人!」
かぐやが叫んでいるが、
もはや耳に入らなかった。
左の前足が降り下ろされ、
その鋭い刃先が目前に迫る。
これまでか……そう思った瞬間、
5発の銃声が鳴り響いた。
連射ではなく、
1発ずつ確実に撃つ音だ。
その音と同時にマザーの頭が小刻みに揺れて、
やがて動きが止まった。
そのままゆっくりと力無く倒れ、
一度通路にあたり、そのまま下に落ちていった。
何が起きた?
『やっぱり私がいないとだめね。
……なんちゃって』
ふいに無線機から飛鳥の声がした。
今のは、飛鳥が……?
何でここにいる?
急いで階段を降りると、
〝ビクター2〟と共に、
〝ジュリエット4〟のメンバー、
研究員らしい女性、
そして完全装備でライフルを持つ飛鳥がいた。
「何でここにいるんだ?」
『こちら〝マイク2〟。
〝ロメオ1〟、早く上がってこい』
〝ジュリエット4〟隊長の一ノ瀬が前に出る。
しんと静まり返った空間に無線の音が響いた。
「ごめんなさい。
命令違反です。罰は受けます!」
「……いや、君たちはいいんだ。
飛鳥……」
一人テンパった一ノ瀬を制して飛鳥が前に出る。
「小夜たちは、
私の最後のわがままを聞いてくれただけ」
「彼女たちの事はもういい」
飛鳥は振り返って小夜を見る。
「大丈夫。帰ったら私が命がけでごねるから」
「飛鳥!」
「何? マザー仕留めたんだからいいじゃん。
助かったでしょ?」
高圧的になってしまったようだ。
少し機嫌悪そうに飛鳥は返してきた。
「……悪かった。助けてくれて感謝するよ。
でも、僕ら本隊を追ってきたんだろ?
道中はいいよ、ヘリだから危険も少ない。
問題は着陸してからここに来るまでだ。
人型だっている。敵陣ど真ん中。
超危険地帯だ。
飛鳥は自分の価値を分かっていない。
もしもの事があったらどうするんだ?
局長たちは今頃発狂してるんじゃないのか?
ちょっと軽率すぎる行動だよ。
そもそも何で来たの?
飛鳥には自分の命を一番に考えてほしいんだ。
そんなこと言わなくても分かるだろ?
だいたい……」
「好きだからに決まってるでしょ!」
急に大声を出した飛鳥に全員が驚いた。
僕は口を開けたまま止まってしまった。
「私の気持ち知ってたでしょ!?
それと……聞いたよ、史帆さんの事」
史帆の名前を聞いた途端、ズキンと胸が痛む。
これは感染の痛みではない。
「また失うのが怖いんでしょ?
だから大事な人を作らない……違う?
でも……明日死ぬかもしれない世界で……
私は……私の気持ちは……
一緒に……
私は昴と一緒に生きていきたいのっ!」
目にうっすらと涙を浮かべ、
逆ギレ気味の彼女の顔を見ていると、
なぜだか分からないが愛しく思えた。
「……みんな、爆薬をセット」
周りに立ちすくむ、
気まずい顔の仲間たちに指示を出した。
『〝ロメオ1〟から各隊。
マザーを仕留めた。
生き残っている部隊は至急撤退しろ』
皆はきびきびと動き出す。
『〝チャーリー3〟は爆薬のセット』
『了解』
指示を終え、僕は飛鳥に振り返った。
「飛鳥……悪かった。ごめん……」
僕は飛鳥の腕をつかみ、
そのまま抱き締めた。
飛鳥は為すがままに、
僕の両腕の中に引き寄せられた。
僕の腰に回った手が、
少し強張ったのを感じた。
その時、天地が揺らいだ。
いや、正確には僕の視界だけが揺れている。
強烈な頭痛と悪寒、それに吐き気も。
「昴っ!? 大丈夫?」
ゆっくりと、飛鳥の力を借りながら、
近くの壁に寄りかかり、そして座り込んだ。
研究員だという女性が傍らに来る。
私服の上に、
サイズの合わない戦闘ベストをつけ、
大きなリュックを背負っていた。
首から下げている局員証には、
【東条優里奈】と書かれていた。
「来宮さん、
私はワーマー研究室の者です。
長澤博士から全てを任されました。
お顔を上げられますか?
私を見て下さい。
……〝今、この場所〟ですか?」
少し癖のあるショートヘアが顔にかかる。
真剣な顔つきでこちらを見る東条優里奈の向こう側に、
いつもの長澤博士の顔が浮かんで見えた。
〝今、この場所〟。
そうだ。
僕が僕じゃなくなる所。
人間である事を止める時。
随分含みのある言い方だと思ったが、
飛鳥に配慮しているのだと気付いた。
やっぱり、
まだ僕が感染していることを知らされてなかった。
僕は彼女の目を見て無言でうなずいた。
「なに? どういう事?
昴、大丈夫だよね?」
不安げな飛鳥の顔がぼんやりと見えた。
東条はバックから注射を取り出し、
「打ちますよ」
と言ってから僕の心臓に針を突き立てた。
「まだ試験段階のものですが、
数分は持ちます」
「ちょっとっ!
今の……
ちゃんと説明してっ!
ねぇ……昴……死なないよね?」
ぼろぼろと涙を流す飛鳥の姿が、
はっきりと見えてきた。
症状が治まり、頭がクリアになる。
薬が効いてきたみたいだ。
膝から崩れ落ちた飛鳥の背後に、
秋人とかぐやが立っていた。
僕はゆっくりと腕をまくった。
飛鳥が息を呑む。
腕は黒く変色し、
小さな突起が複数生え始めていた。
注射を打ってもらってなければ、
とっくにワーマー化していたのだろう。
「黙っていてごめん、飛鳥。
僕は最初から感染していた。
ワーマーのキャリアなんだ」
一瞬、時間が止まった気がした。
誰も動かない。
「長澤博士のおかげで、
何とか進行を食い止めていたんだけど、
それももう限界みたいだ」
僕は力なく笑った。
飛鳥は無言で僕の手を取った。
両手をつかんでいる彼女の手が、
グローブ越しに、
温もりを伝えてくれる。
その暖かさが心の奥底に響き、
体の内側から熱い感情が沸き起こる。
喉が詰まり、自然に涙が溢れた。
飛鳥は顔を上げ、
その潤んだ瞳で僕の目を見た。
頬には、幾本もの涙の道が出来ている。
僕は彼女の頬に手をあてて、
親指でそっと涙を拭いた。
ふいに飛鳥が身を乗り出し、
キスをしようとしてきた。
鼻先が一瞬触れた所で、
東条がガッと飛鳥の肩を掴んで止める。
「キスはしないで下さい。
分かっテいるはずです。
感染しますよ?」
その時、東条の瞳が、
不自然に赤く光った気がした。
「昴がいなかったら、
……私は生きる意味がない。
一緒に死なせて……」
嗚咽を漏らしながら、
身体を震わせて飛鳥は泣いた。
もし、飛鳥と違う形で出会っていたら……
これほどまでに、
彼女を傷つける事は無かっただろうか。
史帆が僕の中で生き続けたように、
飛鳥の中でも僕は生き続けるのだろうか。
それはとても美しく、だがとても辛い事。
だから史帆はあのとき、
自分のことは忘れてくれと言ったのだろうか。
「……飛鳥。僕からのお願いだ。
君は生きてくれ。
君が皇室の人間だからって理由じゃない。
僕の大切な人には、
僕の分もしっかり生きてほしいんだ」
飛鳥は痛いくらいの力で僕の手を握る。
子供みたいに泣きながら、
彼女は僕の目に視線を戻す。
「約束、してくれる?」
ぎゅっと目を瞑りながらゆっくり頷く。
「約束……する」
消え入りそうな声で飛鳥は呟く。
「秋人、かぐや。
……ありがとう。
飛鳥を……皆を……頼んだ」
二人は何も言わず、
ただしっかりと僕を見て頷いた。
二人とはそれで十分だ。
僕は自分の腰から拳銃を抜いた。
安全装置を外してから、
ゆっくり飛鳥の手に握らす。
お互い顔面蒼白ながら、
目は逸らさなかった。
丁寧に彼女の指を引き金にかけてやる。
もう限界が来ている。
手を動かすのもやっとだ。
そして、拳銃を握った手を優しく包み込み、
ゆっくり上げる。
「いや……」
鼻を真っ赤にして泣く飛鳥の言葉を、
僕は無視した。
自分の額に銃口を当てると、
金属の冷たさが伝わってきた。
「……飛鳥」
彼女の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ、
ぼたぼたと地面に落ちてゆく。
「好きだ」
暗闇の中で目を覚ました。
千里眼で周囲を見てみると、
ここはどうやら崩落した通路の中だ。
俺は崩れ落ちた天井の瓦礫の上にいた。
周りには誰もいない。
身を起こすと、
頭と、身体の節々に痛みが走る。
「痛てて……」
ガシャの夢を見ていたようだ。
驚いた。
ユウリナが出てくるとは。
東条優里奈……ユリナ……ユウリナ。
あの時代からアイツはいたのか。
でも当時のテクノロジーで機械人が……?
考えても分からない。
前方、通路の奥から強力な魔素を感じる。
行かなくては。
「これは……ネネルと、ザヤネか……」
俺は立ち上がり、魔剣フラレウムに炎を灯した。
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