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第1章 ロフミリアの3つの国

第4話 火の玉と3枚の銀貨

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「なあ歩斗、ちなみにこれ、どうやって使えば良いんだろうか?」

 直樹の問いかけに対して首を傾げる歩斗に代わって、ささみが

「にゃーん」

 と鳴いた。
 
「お、おう……」

 直樹は愛猫に返事しながら、この杖には少なくとも動物の言葉を理解できる能力は無いということだけは分かった。
 そうこうしてる内に、黒スライムはジリジリと優衣との距離を縮めており、己の射程距離範囲に収めたとでも言わんばかりに、丸い瞳をキラッと輝かせた。
 夜の森に吹き込んだ生ぬるい風が、硬直して動けずにいる優衣のポニーテールを揺らす。
 そして、次の瞬間。

「イムゥゥゥゥ!!」

 甲高い叫び声を上げながら、黒スライムがぴょんっと斜め上に向かって飛び跳ねた。
 山なりに描かれるであろうジャンプの軌道における終着地点に立つ優衣の視線は、スライムの正面からスライムの底面へと移っていく。

「優衣ィィッ! うおぉぉ、よく分かんねーけど魔法の杖なんだとしたら魔法のひとつやふたつ出しやがれ!! えいやっ!!」

 もはや迷ってる余裕など微塵もなくなった直樹は、野球のピッチャー的なフォームで右手に握りしめた魔法の杖を一旦後ろに引き、腰を左に回転させながら思いきり魔法の杖を振りかぶり、その先端を娘の頭上にいる黒スライムに向けた。
 すると、

 ボォッ!

 という音と共に魔法の杖からオレンジ色の火の玉が飛び出した。
 
「おお! で、出た!!」

 歩斗が興奮と好奇に満ちた叫び声をあげる。
 暗闇に映える火の玉は、黒スライムに向かって一直線に飛んでいく。
 それに気付いた黒スライムは

「イムイムイムゥ!?」

 と、焦った目をしてうろたえるが、時すでに遅し。
 空中で移動する術は無かったのか、ただただ飛んでくる火の玉をその身に受けることしかできなかった。
 そして……ボンッという音、そしてほんのりと焦げ臭い匂いが辺りに散らばる。
 
「イムゥゥゥ!!」

 夜の森に悲鳴を響かせた黒スライムの体から、数字の『14』の形をした煙が飛び出し、すぐにフワッと消えると同時にスライム自体もまた、夜の闇に霧散した。

 チャリンッ!

 消えたスライムと入れ替わるように小さな丸い物体が現れ、重力に引かれてポトリと地面に落ちた。
 
「や、やったのか!? って、優衣!」

 直樹は呆然と立ち尽くす娘に向かって一目散に駆け寄る。

「大丈夫か!? ケガはないか??」
「うん、全然。それより、火の玉みたいなのがボンッって出てフワ~ってなって、あの黒いのに当たったんだけど、なにアレなにアレ!?」
 
 父の心配をよそに、娘の興味は自分が襲われそうになったことなんかよりも、謎の怪現象への好奇心で一杯だった。
 
「あ、ああ、なんだったんだろうな……。この杖の先っちょから出た……ように見えたけど」

 直樹は手に持った魔法の杖をマジマジと見つめた。
 
「うっひょー! 魔法だよ魔法! パパが魔法を使ったんだ!!」

 そう叫びながら、歩斗が2人の元に駆け寄ってきた。
 
「魔法!? そんなまさか……」

 この場で唯一の大人である直樹は、それに相応しく振る舞わねばと、摩訶不思議な出来事に対して信じられないといった表情を浮かべてみた。
 が、しかし、自分の手で振りかざしたこの杖から火の玉が飛び出たのは紛れも無い事実。 飛んでいった火の玉が命中し、スライムを倒したこともその目ではっきりと目撃しており、その現象を上手くまとめるための言葉として『魔法』以外に思い当たるものは無い、というのが正直な感想であった。

「そうだ。スライムを倒したとき、なんか落ちてきたよな……」

 直樹はポケットから取り出した携帯のライトを地面に向けた。
 すると、優衣が履いている水色のスニーカーのすぐ前に、何かが落ちていることに気付く。

「アユ、ちょっとこれ持ってて」

 直樹は魔法の杖を一旦歩斗に預けると、腰をかがめて地面に落ちている3枚の"なにか"を拾い上げた。

「これは……コイン?」

 直樹は、携帯のライトでソレを照らしながら呟いた。

「えっ、なにお金!?」

 優衣が直樹の手元を覗き込む。

「えっ、なにお宝!?」

 続けて歩斗も直樹の手元を覗き込んだ。
 銀色に輝く円い形をした薄いその物体を一番的確に表す言葉は恐らく"銀貨"。
 つまり、コインであり、お金であり、お宝であった。
 サイズは500円玉より少しだけ大きいぐらいで、表面にはスライムのシルエットのような模様が描かれていた。

「マジ、ゲームじゃんこれ! スライム倒したらお金を落としたとか、これってまるでロープレだよロープレ!」

 大はしゃぎで叫ぶ歩斗の言葉は、とても現実味に欠けていた。
 ……ただし、普通の状況であれば、だ。
 リビングの窓からスライムが見えるわ、窓から出たら見たことも無い森が広がってるわ、宝箱が落ちてるわ、その中に魔法の杖のような杖が入っているわ、黒スライムが飛び出してくるわ、魔法の杖から火の玉が出てくるわ……。
 こうも立て続けに不思議な現象が続いたりなんかした日には、"現実味に欠ける言葉"なんてものはもう存在しないんじゃないか……と、直樹は思い始めていた。
 すると、それまで心の中で渦巻いていた"不安感"が、一転して"ワクワク感"へと姿を変えていくのを感じていた。

「確かに、歩斗の言うとおりかもな。ってことは、このコイン1枚が1ゴールドだとして、あのスライムが落としていったのは3ゴールドか。うーん……これじゃ武器もなにも買えないだろうし、3人で1枚ずつ分けるとしよう!」

 と言いながら、直樹は優衣と歩斗にコインを1枚ずつ手渡した。

「わーい!」
「やったー!」

 父から推定1ゴールド銀貨を受け取り、はしゃぐ子ども達。
 
「よし。じゃあ、とりあえず帰ろうか。ママが心配してるだろうし」
「うん!」

 元気よく答える優衣に続いて歩斗が返事しようとしたその時。

 グゥゥゥ~

 歩斗のお腹の辺りから虫の鳴く声がした。

「やべぇ、急激に腹減ってきた! 早く帰ろ、そしてからあげからあげ!」

 歩斗の口から飛び出したに呼応するかのように、

 グゥゥゥ~
 グゥ~ウゥ~

 と、続けて2匹の虫も鳴き始めた。

「パパもだ!」

 優衣が直樹のお腹を指差すと、直樹も負けじと

「おいおい、優衣もだろ!」

 と言い返した所で、3人揃って吹きだした。
 夜の闇に包まれたミステリアスな森に、少々似つかわしくない爽やかな笑い声が鳴り響く。

「よし、じゃあとにかく戻ろうか……って、どうやって帰ればいいんだこれ!?」

 直樹は、360度どこを見ても同じ景色にしか見えないことに愕然とした。
 歩いた時間を考えれば、それほど遠くまで来ているわけでは無さそうなのだが、少しでも間違った方向に歩き始めたりなんかしたものなら、瞬く間に完全な迷子になってしまいそうだった。

「たしかこっちの方だったような……」

 いかにも適当な方向を指差していそうな歩斗の言葉の信憑性は薄い。

「違うよお兄ちゃん! こっちだよ!!」

 優衣が自信満々に指差したのは、歩斗とは真逆の方角。
 その間も3人の腹の虫はグゥグゥとなり続け、からあげへの渇望がピークに達しそうになったその時。

「にゃーん!」

 3人の目の前に、ピョコンと可愛い茶トラの愛猫が姿を現した。

「ささみ!」
 
 優衣からの愛しさに満ちた声を受け取ると、ささみは3人の顔をチラッと見てから、自信に満ちた足取りで歩き始める。

「すげえ! ささみは帰り道ちゃんと分かってるんだ!」
 
 歩斗が上げた感嘆の声に答えるようにささみが

「にゃーん!」

 と鳴いたが、その言葉の意味が「そうだよ!」なのか「そうでも無いけどとりあえず行こうよ!」だったのかは、本人以外知る由も無かった……。
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