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1話 妹を泣かせる奴は許さない

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「ぐすん……うぅ……ぐす」

 最愛の妹――リィラが泣いている。
 一体誰だこの子を泣かせたのは。
 私は込み上げる怒りを抑えながらリィラに問うと、彼女は婚約相手であるエドリック第二王子に婚約破棄を突き付けられたらしい。

 そんな馬鹿な、と私は最初に思った。
 あんなに人当たりが良く、心優しいエドリック殿下が難癖をつけて一方的に婚約を破棄するだなんて信じられなかった。
 あの方だったら大事な妹をお任せできる。
 二人の婚約が決まった時、私はそう確信して送り出したはずだったのに。

 リィラはどうやらエドリック殿下のお気に入りの伯爵令嬢に陰湿ないじめを行っていたという言いがかりをつけられ、更に他の男と浮気をしているとまで言われて婚約破棄を宣告されたらしい。
 実際のところはどうなのかリィラに尋ねてみると、

「ぐす……だって、あの人……お姉さまの悪口を言ってたから……聖女なんていらないって……わたしの悪口は良いけど、お姉さまの悪口は許せなくて……だからちょっとだけ言い返しただけなのに……」

 と言う答えが返ってきた。
 どうやら私が国を守護する聖女の一人であることが気に入らなかったらしく、リィラは陰口をたたいていたらしいその伯爵令嬢を呼び出して文句を言ったらしい。
 それだけの事のはずがいつの間にか大事にされて今回の婚約破棄に至った、という事らしい。
 確かに年々この国での聖女不要論は激しくなってきているとはいえ、まさか私のせいでリィラがこんな目に合うなんて……

「ごめんね、リィラ」

「……なんでお姉さまが謝るの? いけないのはわたしなのに。エドリック様と信頼関係を築けなかったわたしが悪いのに……」

「ううん。リィラは悪くないわ。だってあなたはいつも一生懸命じゃない。私は知っているわ。あなたが誰よりも努力家だってことを」

 姉の私が言うのもなんだが、リィラは貴族令嬢の手本とも呼ぶべき優秀な子だ。
 公爵家の次女として生まれたリィラは、お母さま譲りの美しい容姿とややあどけなさが残る眩しい笑顔が周囲の人々を魅了した。
 そしてその恵まれた容姿と生まれに胡坐をかかず、基礎教養から礼儀作法まで完ぺきにこなせるよう常に勉強を欠かさず、エドリック殿下と婚約してからも彼と話を合わせられるようその趣味についても熱心に学んでいた。

 そんな自慢の妹だ。
 いったいどこに不満があるというの?

「今からでも遅くないわ。私が直接話を付けてきてあげる。リィラの無実を証明して必ず謝罪させて見せるわ」

「や、やめて! も、もう……大丈夫だから。わたし、これ以上大事にしたくないの……」

「でも……」

 私は食い下がってみるも、リィラは私の報復を頑なに拒否した。
 どうやら完全に婚約破棄がトラウマになってしまっているらしく、エドリック殿下とはもう関わりたくないらしい。
 そんなに酷い事を言われたのかと思うと余計に怒りが湧いてくるが、リィラが止めてというのであれば仕方がない。
 ここは怒りを抑えて耐えようと自分に強く言い聞かせた。

 しかし数日後、信じがたいことが起きた。
 せめて今くらいはリィラの傍にいてあげようと思って聖女の仕事を一時的にお休みしていた私は、リィラの大好きなケーキを買って帰り路に付いていたのだが、そこでばったりエドリック王子と出くわしたのだ。

「やあ。奇遇だね、アルメリア。元気にしていたかい?」

「……お久しぶりです、エドリック殿下」

 その時のエドリック殿下の様子は、気まずさの欠片もないくらい爽やかだった。
 同時にどこか浮ついた様子で私の顔を見ると、笑顔を返してきた。

「――先日は妹がご迷惑をおかけいたしました。姉として謝罪致します」

 本人が復習を望まないのであれば、社交辞令も兼ねて一応謝罪しておくべきだろうと思い、頭を下げた。

「ああ、いいんだもう。そんな事より・・・・・・アルメリア、大事な話があるんだ」

 そんな事、だと?
 リィラは今も傷ついて部屋で泣いているというのに、そんな事で済ませるのか。
 本来ならばこの手で一発殴り飛ばしてやりたいくらいだが、私はぐっと怒りを抑え込む。

「大事なお話とは……なんでしょうか?」

「アルメリア。僕と婚約を結ばないか?」

「――は?」

 流石に我が耳を疑い、思わずそんな声が漏れ出てしまった。
 いったい何を言っているんだこの男は。
 リィラを手酷く振ったばかりの男が姉である私に婚約を申し込むだって?

「君が僕と結ばれれば、王家と君の公爵家との繋がりはより深くなるだろう? 聖女だなんて美しい君には相応しくない仕事はさっさとやめて、僕と結婚しよう。その方がきっと君にとっても幸せなはずだから」

 本当にこの男が何を言っているのか理解できなかった。
 王家と我が公爵家の繋がりを深めるための婚姻――それはリィラの役目だったはずでしょう?
 私が聖女に選ばれたからこそ、リィラは公爵家の代表としてエドリック殿下と結ばれる。
 それが上手く行かなかったからって、私に婚約を申し込むだなんて一体どんな神経をしているのだろうか。

「さあ、答えを教えてくれ。そうだ、君が望むものは何でも与えよう。その代わり僕と生涯を共に――」

「お断りします」

「――へ?」

「お断りします、と言ったんです。私は聖女の仕事を辞める気はありませんし、エドリック殿下と婚約を結ぶ気もありません。では、急いでいるので失礼いたします」

 私は敢えて苛立ちを隠さずにそう告げて、足早にエドリック殿下から離れた。
 正直こんなに節操のない人だとは思わなかった。
 今になって思えばこんな男とリィラが結ばれなくて本当に良かった。

「そ、そんな……僕は最初からお前のことをずっと――」

 後ろから何か聞こえてきた気がしたが、無視した。
 こんな男、もう相手にするだけ無駄だ。
 
 今はリィラの心の傷の回復に努めて、今度こそいい男性と結ばれるように精一杯サポートしてあげなきゃ。
 そう強く決意したのだが――

 私たちに、は訪れなかった。

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