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5話

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「はっ、はっ……急がなきゃっ……」

 慣れない運動を強いられた私の体はあちこちから悲鳴を上げている。
 インドアな私には全力ダッシュがキツい!
 足場は木の根っこだらけで不安定で危ないし、靴も比較的動きやすいものを選んできたけどこんな道を走るのには全く適していない。
 それでも急ぐ。急がないとだめだ。

 エヴァン・フォン・アーセナル殿下は、我が国の第三王子だ。
 王位継承権こそ高くはないが、容姿端麗で人当たりが良く誰からも愛されるようなお方と噂に聞いている。
 実際にお目にかかったことは無いが、きっと素敵なお方なのだろう。
 それこそ彼の部下――グラムさんが、自らの命を捨てる覚悟で助けたいと口にするくらいには。

 例え一族の恥になるとしても。
 生き延びても一生汚名を背負って生きることになるとしても。
 自分の命が尽きようとしている極限下で、自分を見捨ててくれと口にできる人間は多くない。

 あの場で彼の治療を終えなかったことに悔いはある。
 だけど、私は彼の命以上に彼の誇りを殺したくなかった。
 あの人は私にはないモノ――その命すら差し出せるほどの強い信念を持っていたから。
 あの時不謹慎ながら私は“羨ましい”と思ってしまった。

 だから急ぐ。
 どっちにしろエヴァン殿下の危機を知りながら見捨てたらそりゃあ私だって同罪だ。
 でもそんな思考に邪魔されて、ここですべてを放棄して逃げ出せるほど私の神経は図太くないのだ。

「見つけたっ……!」

 エヴァン殿下は確かにこの歪な直通路の先にいた。
 血まみれでぐったりとしている。
 物凄い力で吹き飛ばされ、木々をへし折りながらようやくその勢いが死んだとき、太い大木に激突して止まれたのだろう。
 グラムさんはドラゴンの仕業と言っていたけれど、確かにドラゴンほどの強大な力があればこんな現象すらも引き起こせてしまうのだろう。

 意識がないので申し訳ないけれど勝手に体に触れさせてもらい、魔法でその体の様子を確認し、その傷の具合を見極める。

「……ひどい」

 生きてはいる。だけど、“まだ”死んでいないだけだ。
 全身のありとあらゆる骨が折れている。
 しかも折れた骨が内臓に刺さってその機能を維持できていない。
 このままだと確実に――死ぬ。
 あと少し到着が遅れていたら間に合わなかったかもしれない。

 回復魔法はあらゆる傷や病に働きかけて癒すことは出来るけど、体の機能が完全に停止――つまり死んでしまった場合はもうどうしようもできない。
 死んでしまった人を元通りにするなんて神の奇跡のようなことは起こせない。
 それでも、ほんの僅かでも息があり、体が生きるために頑張れる力が残っているなら、

「私が必ず――助けますから!」

 死にかけの人の治療をするのは実は初めてじゃない。
 お父様に隠れて街に出て回復魔法を学んでいた時、“今私が治療しなければ確実に救えない命”に何度も出会ったことがある。
 この世界で“手が付けられなく前”に“高額の医療”を受けられる人は多くない。
 貴族でもなければ、本来救えるはずの命も救われず、そのまま死んでしまうのが普通なんだ。
 腕のいい回復術師はみんな、お金持ちが抱えこんでいるんだから。

「――っ、ぐふっ!」

 殿下が血を吐きだした!
 少しずつ体が元通りに近づいている。
 すべての傷を一度に塞いで修復するなんて真似はできないから、一つずつ丁寧に、慎重に――かつ迅速に。
 死に直結するモノから優先して癒していく。

 体の奥底で燃え上がるマナが見る見るうちに減っていくのを感じる。
 マナは魔法使いとしての命そのものだ。
 燃やせば燃やすほど、魔法を生み出すのが難しくなる。
 自然回復の速度を超えてマナを全て使い果たしてしまうと、今度は私の命が危なくなってしまうんだ。

 でも今はそんなのお構いなしだ。
 ここで手を抜いたら一生後悔する。
 マナが足りませんでした。ごめんなさい。
 じゃあ済まないんだ。

 私は過去に何度も“救えなかった命”を見てきた。
 それは“今私が治療しなければ絶対に救えなかった命”が“今私が治療しても救えなかった命”に変わっただけ。

「ルイナさんのせいじゃないよ」

「最期まで頑張ってくれて本当にありがとう」

 大粒の涙を流しながら、みんなは私にそう言ってくれた。
 でも、私の手から転げ落ちた落ちた命は、きっと私にそう言ってはくれないだろう。
 私が必死に救い上げようとした命が、絶対に手が届かないところまで零れ落ちて沈んでいくのは、どうしようもなく辛くて、悲しくて。
 それ以上に――悔しくて。
 どうしようもないくらいの自己嫌悪に襲われる。

 だから私は必死に回復魔法を勉強した。
 マナの総量を増やす訓練をした。
 お母様は毎日ほっつき歩いている暇があるなら芸の一つでも身につけなさいと言ってきたけれど、私は全部無視して魔法を極めた。

 だって、私なんかよりもずっと優秀な姉妹が家を支えてくれるから。
 だったら私にしかできないこと――私の視界に入った救える命を絶対に取りこぼさないこと。
 その信念だけは、絶対に誰にも負けない。

 無限にも思えるような時間の中で、私は全てを注ぎ込んだ。
 私の想いと力。そして預かったグラムさんたちの願い。
 今まで救うことができなかった命と後悔。
 その全てを燃やして、精一杯の治療を施した。

 そして――

「―-っ、ぐ、ぅ、ここは……」

 ついに私は、その命を繋ぎとめることに成功した。
 気が付くと私は、そのぼろぼろの体を抱きしめていた。
 すぐにでも消えてしまいそうなか細い命だったのに、今はそのがっちりとした体格がとても頼もしく思えた。

「よかった……生きてて、良かった……」

 自然とそんな声が漏れてしまった。

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