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第4章 2人の戦い
4章 第8話
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駅からの帰り道、玲華が間借りしているマンスリーマンションまで送っている最中だった。
彼女はふと自販機で立ち止まると、自分がCMをしているココアを買っていた。
そして、こっちに寄ってきて缶を差し出して、「一緒に飲む?」とCMと同じように、言ってきた。
「飲まない」
即答してやった。
「えー? 玲華ちゃんの生演技でココアを飲めるラストチャンスかもよ?」
「あんな嘘っぽい玲華のココアなんて飲みたくないよ」
「ちょっと、嘘っぽいってなに? こっちはプロなんですけど? プ・ロ」
彼女の不機嫌そうな表情に少し笑ってしまった。
玲華とこんなやり取りをしている事で少し救われている俺がいて、どうしようもないなと思う。
「じゃあ、本物の玲華なら、どうやってココアを飲ませるわけ?」
玲華は少し考えてからココアを口に含むと、ふとこちらを見て、
「⋯⋯ん? あ、飲みたい?」
ほんとに素で、なんだか付き合っていたときにこんなやり取りをしたことがあるんじゃないかと思うような錯覚を起こしてしまうくらい、普通にココアを渡してきた。
こっちのほうがCMよりはるかにドキっとさせられる。彼女がそのまま手を引っ込めないので、ココアを受け取ろうとすると、
「やっぱあーげない♪」
差し出してきたココアをひょいとあげる。
一瞬イラッとするも、ああ、でもこれはたしかに素の玲華がやりそうなことだな、と改めて納得してしまって、笑った。やっぱり玲華は玲華だ。
「ねえ。『記憶の片隅に』の内容、覚えてる?」
玲華が脈絡もなく、いきなりそう切り出した。
「あ? さんざん台本読んだし、覚えてるよ」
現場では特に役割を与えられていないので、台本に何度も目を通すしかなかった。今ではだいたいのストーリーやセリフまでは理解しているつもりだ。
「ちゃう、漫画の話。私の部屋でよく読んでたでしょうが」
「あー⋯⋯まあ、なんとなくは」
「あれさ、私あんまり最後に納得してないんだよね」
切り出した言葉に、俺は少し意外さを感じていた。玲華はてっきり『記憶の片隅に』が好きなんだと思っていたからだ。
「というと?」
「本当はさ、"達也"は"優菜"じゃなくて"沙織"の事好きだったんじゃないかなって」
原作でも映画の台本でも、"達也"は最終的に幼馴染の"優菜"を選ぶストーリ-になっている。
俺はあまりそれに不自然さを感じたことがなかった。
「なんでそう思ったんだ?」
「なんとなく。今まで女として見ていなかった"優菜"を"沙織"が登場してから女として見始めて、それで実は昔からずっと好だったんだーって、確かにドラマチックな展開だと思うけど、ちょっと現実味ないっていうか。実際、さっきの勘違いするシーン、原作でも映画でも、"達也"は"優菜"を追っかけないじゃない? 自覚してなくても本当に好きだったら追いかけると思う」
「あー⋯⋯まあ、確かに、言われてみれば」
"達也"は、"沙織"に袖を引っ張られたことにより、追うのをやめてしまう。
原作のストーリーでも、この後"達也"は追わなかったことを後悔するシーンはなく、次に"優菜"に会った時に弁解するだけだ。"優菜"は"沙織"の懇願に負けるのだ。
「じゃあ、"達也"はなんで最終的に"優菜"を選ぶんだよ?」
疑問に思ったことをぶつけてみた。
俺はもう原作のことを深く覚えてはいないので、細かい描写までは覚えていないのだ。
「⋯⋯同情、かな? たぶん、"優菜"が可哀想だから、選んだんだと思う」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「まあ、漫画の場合は"沙織"のほうが強かったしね。"沙織"は1人でも大丈夫。でも、"優菜"は"達也"しか見てなかったから⋯⋯昔の思い出とかもひっくるめて、見捨てられなかったのかもね」
少し寂しそうに玲華は言った。
「それは、玲華の感想?」
「うん、私の勝手な憶測と感想。でも、考察サイトにはそう書いてる人も結構いたから、私以外にも違和感あった人多かったんじゃないかな」
考察サイトまで見たのか。それほどまでに『記憶の片隅に』が好きなのか、ただその結末に納得できなかったのか。
「もし本当にそうだったとしたら⋯⋯全然嬉しくないよ、"優菜"は。情けで付き合われても、悲しくなるだけ」
玲華の言葉は静かだったが、いろんな感情がこもってるように感じた。怒りなのか、寂しさなのか、悲しさなのか、あるいはそのいずれもがこもっていた。
「漫画も映画も付き合ってハッピーエンドだけど、もし同情で付き合ってたら、きっとあの2人の幸せは長く続かないのかもね」
玲華は、どこか寂しげで、切ない視線を足元に送っていた。
そうこうしているうちに、玲華のマンスリーマンションが見えてきたので、一応家の前まで送る。
「送ってくれてありがと」
「ううん、こっちこそ。なんか気遣わせてごめん」
「さあ? 何のこと?」
玲華はとぼけて見せて、部屋の鍵を開ける。
「本当に辛いなら来なくていいと思うけど」
「⋯⋯ん?」
「私はこの撮影、ショーには最後まで見てほしいなって思ってる」
「⋯⋯⋯」
「まあ、無理強いはしないけどね」
「⋯⋯見るよ。最後まで」
きっと最後まで見届けることが俺の役割だ。
その後どうなるのかなんてわからない。
凛は撮影が終わったら普通の高校生に戻ると言っていたが、今の様子を見ているとわからない。
芸能界に戻ってしまう可能性もある。それでも、きっと俺は最後まで見届けるべきだろう、とは思う。
発端をつくったのは俺なのだから。そして、何よりこの撮影中だけは凛を支える。そう、心に決めたのだから。今日はちょっと心が折れてしまったけれど、また明日から持ち直さないといけない。
「うん、わかった。じゃあ、また明日ね」
「おやすみ」
「おやすみ」
ドアが閉まるまで見守って、中に入ったのを確認すると、自分の家路についた。
彼女はふと自販機で立ち止まると、自分がCMをしているココアを買っていた。
そして、こっちに寄ってきて缶を差し出して、「一緒に飲む?」とCMと同じように、言ってきた。
「飲まない」
即答してやった。
「えー? 玲華ちゃんの生演技でココアを飲めるラストチャンスかもよ?」
「あんな嘘っぽい玲華のココアなんて飲みたくないよ」
「ちょっと、嘘っぽいってなに? こっちはプロなんですけど? プ・ロ」
彼女の不機嫌そうな表情に少し笑ってしまった。
玲華とこんなやり取りをしている事で少し救われている俺がいて、どうしようもないなと思う。
「じゃあ、本物の玲華なら、どうやってココアを飲ませるわけ?」
玲華は少し考えてからココアを口に含むと、ふとこちらを見て、
「⋯⋯ん? あ、飲みたい?」
ほんとに素で、なんだか付き合っていたときにこんなやり取りをしたことがあるんじゃないかと思うような錯覚を起こしてしまうくらい、普通にココアを渡してきた。
こっちのほうがCMよりはるかにドキっとさせられる。彼女がそのまま手を引っ込めないので、ココアを受け取ろうとすると、
「やっぱあーげない♪」
差し出してきたココアをひょいとあげる。
一瞬イラッとするも、ああ、でもこれはたしかに素の玲華がやりそうなことだな、と改めて納得してしまって、笑った。やっぱり玲華は玲華だ。
「ねえ。『記憶の片隅に』の内容、覚えてる?」
玲華が脈絡もなく、いきなりそう切り出した。
「あ? さんざん台本読んだし、覚えてるよ」
現場では特に役割を与えられていないので、台本に何度も目を通すしかなかった。今ではだいたいのストーリーやセリフまでは理解しているつもりだ。
「ちゃう、漫画の話。私の部屋でよく読んでたでしょうが」
「あー⋯⋯まあ、なんとなくは」
「あれさ、私あんまり最後に納得してないんだよね」
切り出した言葉に、俺は少し意外さを感じていた。玲華はてっきり『記憶の片隅に』が好きなんだと思っていたからだ。
「というと?」
「本当はさ、"達也"は"優菜"じゃなくて"沙織"の事好きだったんじゃないかなって」
原作でも映画の台本でも、"達也"は最終的に幼馴染の"優菜"を選ぶストーリ-になっている。
俺はあまりそれに不自然さを感じたことがなかった。
「なんでそう思ったんだ?」
「なんとなく。今まで女として見ていなかった"優菜"を"沙織"が登場してから女として見始めて、それで実は昔からずっと好だったんだーって、確かにドラマチックな展開だと思うけど、ちょっと現実味ないっていうか。実際、さっきの勘違いするシーン、原作でも映画でも、"達也"は"優菜"を追っかけないじゃない? 自覚してなくても本当に好きだったら追いかけると思う」
「あー⋯⋯まあ、確かに、言われてみれば」
"達也"は、"沙織"に袖を引っ張られたことにより、追うのをやめてしまう。
原作のストーリーでも、この後"達也"は追わなかったことを後悔するシーンはなく、次に"優菜"に会った時に弁解するだけだ。"優菜"は"沙織"の懇願に負けるのだ。
「じゃあ、"達也"はなんで最終的に"優菜"を選ぶんだよ?」
疑問に思ったことをぶつけてみた。
俺はもう原作のことを深く覚えてはいないので、細かい描写までは覚えていないのだ。
「⋯⋯同情、かな? たぶん、"優菜"が可哀想だから、選んだんだと思う」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「まあ、漫画の場合は"沙織"のほうが強かったしね。"沙織"は1人でも大丈夫。でも、"優菜"は"達也"しか見てなかったから⋯⋯昔の思い出とかもひっくるめて、見捨てられなかったのかもね」
少し寂しそうに玲華は言った。
「それは、玲華の感想?」
「うん、私の勝手な憶測と感想。でも、考察サイトにはそう書いてる人も結構いたから、私以外にも違和感あった人多かったんじゃないかな」
考察サイトまで見たのか。それほどまでに『記憶の片隅に』が好きなのか、ただその結末に納得できなかったのか。
「もし本当にそうだったとしたら⋯⋯全然嬉しくないよ、"優菜"は。情けで付き合われても、悲しくなるだけ」
玲華の言葉は静かだったが、いろんな感情がこもってるように感じた。怒りなのか、寂しさなのか、悲しさなのか、あるいはそのいずれもがこもっていた。
「漫画も映画も付き合ってハッピーエンドだけど、もし同情で付き合ってたら、きっとあの2人の幸せは長く続かないのかもね」
玲華は、どこか寂しげで、切ない視線を足元に送っていた。
そうこうしているうちに、玲華のマンスリーマンションが見えてきたので、一応家の前まで送る。
「送ってくれてありがと」
「ううん、こっちこそ。なんか気遣わせてごめん」
「さあ? 何のこと?」
玲華はとぼけて見せて、部屋の鍵を開ける。
「本当に辛いなら来なくていいと思うけど」
「⋯⋯ん?」
「私はこの撮影、ショーには最後まで見てほしいなって思ってる」
「⋯⋯⋯」
「まあ、無理強いはしないけどね」
「⋯⋯見るよ。最後まで」
きっと最後まで見届けることが俺の役割だ。
その後どうなるのかなんてわからない。
凛は撮影が終わったら普通の高校生に戻ると言っていたが、今の様子を見ているとわからない。
芸能界に戻ってしまう可能性もある。それでも、きっと俺は最後まで見届けるべきだろう、とは思う。
発端をつくったのは俺なのだから。そして、何よりこの撮影中だけは凛を支える。そう、心に決めたのだから。今日はちょっと心が折れてしまったけれど、また明日から持ち直さないといけない。
「うん、わかった。じゃあ、また明日ね」
「おやすみ」
「おやすみ」
ドアが閉まるまで見守って、中に入ったのを確認すると、自分の家路についた。
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