想い出と君の狭間で

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第3章 大切なもの

天使の寝顔

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 翌日、学校ではほとんど凛と話す機会はなかった。
 凛は基本的に台本をずっと読んでいるし、昼休みもどこかへふらりと消えてしまった。授業中はうつらうつらとしていたぐらいなので、おそらくあまり寝ていないのだろう。
 心なしか、少し顔色も良くない気がする。
 そんな凛の空気を察してか、俺や愛梨、純哉はもちろんのこと、クラスメイトたちも話しかけない。今の彼女は、言うならば話しかけにくいオーラを放っている。それだけ集中しているともいえるし、彼女の本気さがうかがえた。
 そして、本日最後の授業である。残り10分で授業が終わるところで、凛は遂に、朽ち果てるようにぐったりと寝てしまった。
 先生も気付いてはいたが、凛が映画の撮影があることを周知されているのか、残り10分だからなのかは不明だが、気付かないふりをされていた。
 今彼女が寝ているのに気づいているのは、教師と、横の席の俺だけである。

(可愛いなぁ)

 ちょうどこちらを向いて寝てくれたので、彼女のレアな姿をしっかりと盗み見る。
 そういえば、凛の寝顔を見たのはこれが初めてかもしれない。彼女の寝顔を見続けられるなら、もう授業を30分くらい延長してほしいのだが、無情にもチャイムが鳴ってしまった。
 それでも凛は起きなかったのだが、日直の「起立!」の声と全員の椅子から立ち上がる音で、ようやく凛が目覚めた。
 みんなが礼をしているところでハッとして体を起こし、慌てて礼をしていたところで、俺と目が合った。
 着席の合図で彼女は座ると同時に教科書で顔を覆って、目だけ出してこちらを覗き見ている。

「⋯⋯見た?」
「見た」
「バッチリと?」
「バッチリと」
「はぁぁぁ⋯⋯油断したぁ」

 凛はもう一度ぐでんと机に突っ伏した。
 まあ、本当は他の授業でもうつらうつらしていたところまで見ていたのだけど、それを言うと怒られそうなので、控えておく。

「涎垂れてるよ」

 というと、「え!?」と慌てふためいて慌てて口元をぬぐっていた。

「うそだよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 凛は顔を恨めしそうにこちらを見てくる。それは怒りによるものなのか、恥ずかしさからくるものなのか、どちらだろうか。

「⋯⋯今日せっかくうちに来てもらおうと思ったのに」
「え!?」

 待て。今まで一度も家に入れてくれなかったのに。まさか、今日に限ってそんなチャンスが控えていたなんて。

「こんな意地悪する人をうちにあげるのは、ちょっと考え物かもね」

 ツン、とそっぽ向く。

「嘘ですごめんなさい俺は何も見てません」

 とりあえず平謝り。
 彼女は変わらずそっぽ向いたままだ。

「世界一可愛い寝顔に免じて許して下さい」

 言うと、彼女が噴き出した。

「なにそれ。やっぱり見てたんじゃない」

 一転、いつもの笑顔。それを見て安心する。

「今度はちゃんと起こしてね?」
「はい」

 心の中では不平不満のブーイングが生じたが、素直に返事をしておく。今は我慢の時だ。従わないと家に呼んでもらえない。

「私のだらしない寝顔なんて見たくないでしょ?」
「え、見たい。ずっと眺めてたい」

 なんだったら涎垂らしてるところまで見たい。
 これは本能に逆らえない悲しき男の運命(さだめ)なのだ⋯⋯。

「私が見られたくないんだってば」

 呆れ顔で拒否られる。

「ところで、今日空いてる?」
「もちろん」
「ちょっとだけさ、見て欲しいものがあるんだ」

 その"見て欲しい"事とはもちろん寝顔のことではなくて、演技のことだろう。
 なんでこうも皆、俺に演技のことの判別を求めるのだろうか。俺は素人なのに。

「俺でいいの?」

 どうせなら演劇部の奴でも引っ張ってきたほうがいいと思うけど。

「うん。私は翔くんに見て欲しいからさ」

 少し意味深な言い方だった。
 そこには照れはなく、決意のような表情があった。

「わかったよ」

 そこで、担任が戻ってきたので俺達は会話をやめた。
 今は担任が連絡事項などを話している。
 凛はもうしっかり目覚めたようで、今は担任の話を真面目に聞いていた。
 そういえば、玲華の演技を俺が見たってことは知ってるんだっけ。

『演技見てもらったって監督と戦う事にしたって話はした』

 ふと、玲華が話していた言葉を思い出した。
 玲華のものを見たのなら自分のも見ろ、とまでは言わないが、おそらくそこへの対抗意識はある。
 比べたくないのに比べさせられる俺の気持ちにもなってほしいんだけどな。
 ただ、あの2人が互いに宣戦布告してしまったこと、そして、それを許してしまった俺にも責任はある。
 でも、もう俺の中では結果は出ているわけで⋯⋯演技の良し悪しでどうこう変わるものでもないんだけどな。

『自分が勝てないって思った女が元カノで、その元カノが彼氏のことをまだ好きだと知ったら⋯⋯普通の女ならとっくに気が狂ってる』

 愛梨の昨夜の言葉も蘇る。
 きっと、凛は玲華から逃れられないのだ。
 俺と一緒にいる限り。俺の言葉や気持ちがどうこうではなくて、凛は、ただただ自分が勝っている確証がほしいのかもしれない。
 それはあまりにも辛いのではないだろうか。
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