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第3章 大切なもの

玲華の狙い⑩

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 玲華が凛の方を見て、監督に話を続ける。

「RINなら監督が望む役を演じられる⋯⋯むしろ、監督はこの作品にRINが欲しいと思っていた⋯⋯違いますか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ玲華? 何言ってるの? 正気?」

 玲華が勝手に話を進める中、凛が慌てて口を挟んだ。彼女からすれば、本人の意思とは無関係に推薦されているわけで、堪ったものではないだろう。

「私、もう芸能界辞めてるんだよ? 演技の練習もしてないのに、いきなりできるわけないでしょ」
「でも、練習はしたでしょ? ”沙織”じゃなくて”優菜”の練習だったと思うけど⋯⋯それでも、この話のストーリーも、展開も、そして”沙織”の立場も、全部知ってる」
「そんな! それは、確かにそうだけど、それとこれとはっ⋯⋯!」

 玲華の言っていることは、凛からしてみれば、むちゃくちゃだった。
 しかし⋯⋯この状況を見ても、そして、犬飼監督がRINを求めているという情報を知っていれば、玲華の提案は渡りに船である。
 犬飼監督は、無言で玲華のほうを見て、考えている様子だった。

「リン」

 玲華は凛の目をしっかりと見据えた。

「リンは今日の現場を見ていて、なんとも思わなかった? ここにいたかもしれない自分を、全く想像しなかった?」
「⋯⋯⋯ッ」

 凛がハッとしたように玲華を見て、気まずい表情を見せた。
 そして、玲華から目を逸らす。

「思ったでしょ。だって⋯⋯あなたの中で、RINはまだ生きてるから。ずっとリンはRINだった。RINは私よりも高いところを目指してた。そう思わないはずがないよ」

 玲華が冷静に、しかし容赦なく凛を突き詰める。

「でも、私はっ! 1回逃げた! いろんな人に迷惑をかけた! 監督にも、田中さんにも、事務所にも、私を指名してくれてたクライアントにも⋯⋯それに、玲華にも、たくさん迷惑をかけた!」

 凛は珍しく感情的になって、ヒステリックにそう叫んだ。

「それなのに、こんな状況になってからやりたいなんて⋯⋯言えるわけないでしょ!?」

 悲痛な叫び。
 きっと彼女の中にも演じたい気持ちがどこかにあるのだと思う。
 凛は俺から見ていても何となくそれがわかるくらい、今日の撮影を食い入るように見ていた。自分にすら隠していた本心を言い当てられたことに対する苛立ちと、自分が犯した誤ちと後悔とが入り混じっている。
 そんな表情だった。

「何ムキになってるの?」

 玲華はそんな凛に対して、さらに挑発的な言葉を吐きかける。

「挫折して逃げて、仕事から逃げて、次は自分の本心からも逃げるんだ?」

 玲華は容赦がない。
 でも、吉祥寺で玲華が凛を罵っていた時とは、雰囲気が違う。
 あの時は玲華自身の感情から怒っていた。きっと、それは俺が絡んでいたからだ。そして、凛の尻拭いのせいで大変な生活を送っていたからというのもあるだろう。
 でも、今の玲華は、怒っているわけではない。あくまでも、煽り。ただ挑発しているように見える。
 凛の本心を引きずり出すために。

「たった1回の失敗で躓いたくらいで、勝手に引退表明して、オマケにこんな田舎まで逃げて。そんなの私の知ってるリンじゃないね」

 小バカにしたように、笑いながら言う。それに対して、凛も苛立った態度を見せて、自らの肘を人差し指でトントンとつついていた。
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