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第3章 大切なもの

玲華の狙い②

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「どーよ、本物の現場ってやつは?」

 玲華も全く気にした様子がない。昨日の弱気さもなかった。
 まさしく、普通通りの玲華で、これまた普段通りのテンションで凛と話している。文化祭や吉祥寺での険悪さは、そこには皆無と言ってもいい。

「なんかすごい雰囲気だけど、ほんとに私たちいてもいいの?」
「いいっていいって。田中が雇ったバイトってことにしてあるから」

 田中マネージャーはその言葉には「嗚呼⋯⋯」と深い溜息を吐いた。おそらく、事後報告なのだろう。玲華のやりそうなことだ。

「朝から監督と大バトルしといてよく言うよ⋯⋯」
「バトルって何かあったんですか?」

 俺が訊くと、玲華がにこにこしてこちらを見てきた。

「監督の役作りへの文句がうるさくって、ついにブチ切れちゃった」

ドヤっとした顔で答える。

「えっ、犬飼監督に? うそでしょ? 大丈夫なの?」

 その言葉には凛も驚いていた。
 それにしても、この二人。驚くほど普通に話していて、俺が気後れしてしまう。東京で顔を合わせた時も、この前の学祭でも、俺がいる時に顔を合わせた時は大体一触即発だった。いや、爆発していた。
 というか、この光景おかしいだろ。なんなんだよ。
 ほんの数日前まで険悪だった元カノと今カノが俺を間に挟んで普通に仲良くしている。意味がわからない。

(⋯⋯一体電話で何を話したんだよ)

 気になる。すごく気になる。

「私もサヤカみたいに、朝から『役作り直して変えてこいって言っただろがゴルァ!』って鬼のような顔で言われたからさ、もう頭きてキレちゃった」

 サヤカとは、おそらく今怒られている子の名前だろう。

「な、なんてキレちゃったの⋯⋯?」

 凛が恐る恐る訊いた。

「『私の中の〝優菜〟はこれ以外に有り得ません。不快ならどうぞ降板にして下さい。私はそれで構いません』って言ってやったよ♪」

 ふっふふーん、と鼻歌交じりで楽しそうに言った。
 恐ろしく肝が座った女だ。
 お前、本当に昨日の玲華だよな? 昨日の泣いていた姿も、まさか演技とか言うんじゃないよな?
 なんだか、昨日のことがなかったみたいな言い方で、どうにも納得できない。

「ほんとに、こっちの心臓が止まりそうだったよ⋯⋯もし降板になっていたら僕は間違いなくクビだ」

 凛のせいで社員が路頭に迷うだの事務所が傾いただの言っていた奴が、一人の社員を路頭に迷わせるところだったらしい。

「だって、どうやっても無理なものは無理なの。あんな気持ち悪い〝優菜〟を演じさせられるくらいなら、こっちから願い下げだね」

 べーっと玲華は舌を出した。

「玲華には敵わないなぁ」

 凛はそんな彼女を眺めて、頬を搔いていた。
 田中によると、玲華の主張が認められたのには、他のスタッフからも、今の演技の方がREIKAらしい、という擁護があったのも大きいそうだ。
 玲華の努力を見てくれている人は見てくれているんだな、と少し安心した。
 そこで監督は意外にもすんなり折れて、玲華の撮影もようやく進み出したそうだ。玲華の役作りは監督の理想とは異なったものの、よく作り込まれていたことも認められた要因らしい。
 しかし、そこで次なる困難が、今怒られている準主役の女優だという。こちらは役作りの好み云々ではなく、演技の実力不足もあって、監督も看過できないようだ。
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