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第2章 久瀬玲華

嵐が過ぎ去るまで

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 午後になって休日登校。
 今日は学園祭の前日の準備だった。内装の準備がまだ終わっていないので、慌てて教室をコスプレ喫茶っぽい内装に仕上げている最中だ。
 といっても、これまでに作った色々な飾り物を壁に貼っつけたり、天井からレースのカーテンっぽいものを吊り下げて簡易的に仕上げるだけだ。あとは女子の皆さんが黒板に色々描いて下さり、それでおしまい。

「翔くん、どうしたの? 元気ない?」

 今朝の出来事を思い出してしまわないようにと、だらだらと手だけは動かすなどして準備を手伝っていると、凛が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「べ、別に! 大丈夫⋯⋯」

 俺は慌てて凛から目を逸らした。

「そう⋯? なんだか元気なさそに見えるけど」
「そ、そんなことないよ! 元気元気、超元気」

 慌ててだらだらとしていた作業速度をあげる。

「⋯⋯⋯」

 凛は心配そうな表情を変えず、こちらを見ていた。
 そんな風にられると⋯今朝の微糖コーヒーの味が罪悪感と共に蘇ってくる。
 凛には、今朝に玲華の撮影現場に遭遇した事は勿論、先日の喫茶店で遭遇した話もしていない。できるはずがない。

「本番は明日なんだし、今日は無理しなくてもいいよ?」
「だ、大丈夫」

 はあ、と呆れたように凛は溜息を吐いた。
 そして、おでこがいきなり冷たくなる。凛が自分の手のひらを俺の額に当てたのだ。

「うーん⋯少し熱いかも」

 そして、自分のおでこにも手を当てて、比べる。
 ああ、凛の手、気持ちいいな⋯。
 とても原始的な方法なのに、体温計などでもっと正確に計れるのに、この側温方法だけは変わらないでほしいと思う⋯⋯じゃなくて。

「ばか、やめろって。大丈夫だから」

 少し名残惜しいが、凛の手を払った。

「こんなに心配してるのに⋯⋯ばかって言われた」

 しくしく、という芝居がかった仕草をすると、周囲の男女がまた冷やかしてくる。
 こういったことをしてくるときは、凛と玲華って少し似てるとこあるよな、と思ってしまったりする。そして、そんなことを思っては、また後悔するのだ。

(違う、今朝のあれは俺の意思じゃない、俺の意思じゃない⋯⋯!)

 そう何度も念じて、今朝の記憶を振り払う。

「でも、翔くん今日はほんとに元気ないよ? どうしたの?」

 少し安心したように、でも俺の身を案じてくれる。それが少しつらくて⋯⋯申し訳ない。

「ちょっと今日寝不足でさ⋯⋯あんまり寝れてなくて」

 つい、嘘を吐いてしまう。

「それなら、あんまり無理しないほうがいいよ。別に今日、強制参加じゃないしさ」
「うん⋯⋯」

 そうだ。そうなのだけど、今日は家で1人でいても延々と今朝の出来事を思い出してしまいそうなのが嫌だ。誰かと話していたほうが、何か手を動かしていたほうがきっと楽だ。そう思って来たのだ。

「翔、ちょっと休憩いってこいよ。凛ちゃんも付き合ってあげて」

 純哉がそんなしょうもない気を利かす。きっと自分のことをナイスだとか思ってるにちがいないが、今だけはそのナイスガイっぷりに感謝する。
 凛が純哉の提案に頷き、「じゃあ、行こ?」とにっこり笑って、俺の手を引いて教室を出る。
 背中から冷やかしの声や罵声を浴びせられるが、もう慣れたものだ。
 おそらくこの学校の大半の人間は、俺と凛が付き合っていることを察している。凛もそれを分かっているので、特に隠すこともない。だから恥ずかしげもなく、ああしていきなりおでこに手をあてたり、教室の中なのに手を引いたりもしてくるのだ。
 こっちは心臓が止まりそうになるので、ちょっとやめてほしいと思うのだけど。

「どこいく? 保健室? っていっても、今日保健の先生いるかなぁ⋯⋯」
「いや、ほんとに大丈夫だから。ちょっと外の風に当たりたい、かな」
「うん、いいよ」

 彼女は嬉しそうに俺の手を引いて階段を登っていく。
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