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第2章 久瀬玲華
それぞれの決意
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凛と愛梨の部屋の階に行ってから気付いたのだが、ここの階はうちの高校の女子専用階なので、女子しか居なかった。
そんな女子階の廊下を男一人で歩いてるもんだから、すれ違う女子からの視線が痛い。なるべく下を向いてだれとも視線を合わせずに、凛の部屋の前まで行く。
(部屋についたはいいけど、何て言えばいいんだろう)
とりあえずノックをしてみる。
返事は無い。鍵は閉まっていたので、早速鍵を開けて中に入る。
(……愛梨に許可もらってんだし、いいよな?)
今更ながら不安になるが、部屋の中は真っ暗だった。
扉を閉じて、部屋の奥に進む。
(寝てるのか?)
そう思ったが、枕元のスタンドの明かりがうっすらついていて、凛はベッドの上で膝を抱え、顔を膝に埋める様にして座っていた。
なるほど。これはかなり重症みたいだ。愛梨が俺達の部屋に逃げ出してきた理由もわかった気がした。
「……凛」
そう声をかけると、凛はばっと顔をあげた。
「えっ、翔くん……? どうして?」
「愛梨が鍵渡してくれたんだ。電気、つけていい?」
「ま、待って」
凛は慌ててティッシュを二枚程取り出し、目元を拭いていた。
「いいよ」
言われてから、壁にあった電気のスイッチをつけた。
明るくなった部屋に居たのは……おそらくさっきまで泣いていたであろう凛だった。目が赤いし鼻もずるずるいっていた。
弱々しく怯える様に俺を見ている。その姿を見て、ああ、と思う。
(凛は……もうすべてを失ってしまっているんだ)
──あなた、いつからそんな弱そうな目をする様になったの?
夕方の、玲華から凛への痛烈な言葉。しかし、それは媚びているわけではない。許しを請うているわけでもない。
きっと今は……それが彼女なんだ。
すべてを失って、何も縋るものがなくて……何も身を守る術を持たない少女。それが今の雨宮凛なのだ。
「どうしたの……?」
凛の横に腰掛ける。
怯えた様に凛はこちらを見上げていた。彼女は何に怯えているのだろう。わからない……わからないけども、俺がやる事は変わらなくて。
彼女の細い肩を、遠慮がちにそっと抱き寄せた。
彼女は一瞬びくっとからだを震わせたが、その後は身を委ねる様にこちらに凭れかかってきた。
「……あははっ。私、凄くダメだね」
「何が」
「私さ、玲華に会ってから怖くて堪らないんだよね」
少し茶化したような、あっけらかんとした口調を作って凛は話した。
「怖い?」
「玲華は本当に翔くんの事を好きなんだって改めて解って……翔くんに前を向いて欲しいから別れて、きっと別れてからも大好きで」
作っていた口調が一瞬で崩れて、ぐずっと鼻を鳴らす。
「私だったら、そんな決断できない……好きなのに別れるなんて、絶対にできないよ」
俺もできなかった。
玲華の存在が重荷で、辛かった。だけども、それでも別れを切り出せなかったのは……きっと好きだったからだ。
「ねえ……どうして私、こんなにも弱くなっちゃったのかな。翔くんが居なくなるかもって考えただけで怖いのに……自分からだなんて、絶対にできない。結局私、玲華になんて全然及ばない。今もこうして会いにきてくれたのがとっても嬉しくて……とっても怖い」
凛の頭を寄せて、子供をあやす様に髪を撫でた。
凛は……本当に弱い。多分それは、玲華が知らなかったことで、だからこそ落胆していたわけで。もしかしたら、凛の関係者の大半が凛は名前の通り凛々しく強いと思っているのかも知れない。そして、俺以外と接している時の凛は、そう感じさせた。
凛が芸能界をいきなり辞めた時も、誰も凛の弱さを知らなかったから、皆が困惑したのだ。
(でも、それが何だ?)
俺が初めて見た時から凛は弱かった。
むしろ俺は弱い凛しか知らない。
彼女は初めて見た時から悩んでいて、滅多にしない悩み相談を俺に打ち明けていた。
そしてすべてを無くす覚悟で俺のところに来た。
それから俺達は付き合う様になったけど、後ろ向きな関係だった。
お互いが同じ傷を持ち、お互いの傷を舐め合う関係だった。
でも、それじゃダメなんだと思う。それだと簡単に関係は壊れてしまう。
また今日みたいな事があって……何か問題が起こって、お互いが不安になってしまったら、二人共々倒れてしまうんじゃないだろうか。
お互いが支え合うんじゃなくて……ただお互いに縋るんじゃなくて。
「別にそれでいいんじゃないか」
「え?」
「弱くたっていいじゃないか……それも凛なんだろ? その弱さもお前を構成する一つだ」
凛はきょとんと俺を見上げていた。
「今まで散々強がってきたんだろ。周りに悟られない様、自分にすら悟られない様に。それも強さなのかも知れない」
でも、と付け加える。
「自分の弱さと向き合うのも、強さの一つなんだと思う」
これは、自信を持って言える。
俺だってお世辞にも強いとは言えないから。
逃げてきたから。玲華の言う様に、嫌な事から逃げて、辛い事から目を背けてきたから。
でも、俺がそれに気付けたのは、凛の御陰なのだ。
凛が居たから気付けた。凛が弱さを打ち明けてくれたから自分の弱さに気付けた。
夜の丘で凛と話し合った時、俺は泣いた。あれは、玲華への感情に気付いたからだ。自分が愛されていたという事、そして自分も愛していたという事。
それは俺が逃げ続けていた事の一つだった。自分の弱さに気付けた時だった。きっと、凛に会わなければ、気付くのはもっと遅くなっていた。
そんな女子階の廊下を男一人で歩いてるもんだから、すれ違う女子からの視線が痛い。なるべく下を向いてだれとも視線を合わせずに、凛の部屋の前まで行く。
(部屋についたはいいけど、何て言えばいいんだろう)
とりあえずノックをしてみる。
返事は無い。鍵は閉まっていたので、早速鍵を開けて中に入る。
(……愛梨に許可もらってんだし、いいよな?)
今更ながら不安になるが、部屋の中は真っ暗だった。
扉を閉じて、部屋の奥に進む。
(寝てるのか?)
そう思ったが、枕元のスタンドの明かりがうっすらついていて、凛はベッドの上で膝を抱え、顔を膝に埋める様にして座っていた。
なるほど。これはかなり重症みたいだ。愛梨が俺達の部屋に逃げ出してきた理由もわかった気がした。
「……凛」
そう声をかけると、凛はばっと顔をあげた。
「えっ、翔くん……? どうして?」
「愛梨が鍵渡してくれたんだ。電気、つけていい?」
「ま、待って」
凛は慌ててティッシュを二枚程取り出し、目元を拭いていた。
「いいよ」
言われてから、壁にあった電気のスイッチをつけた。
明るくなった部屋に居たのは……おそらくさっきまで泣いていたであろう凛だった。目が赤いし鼻もずるずるいっていた。
弱々しく怯える様に俺を見ている。その姿を見て、ああ、と思う。
(凛は……もうすべてを失ってしまっているんだ)
──あなた、いつからそんな弱そうな目をする様になったの?
夕方の、玲華から凛への痛烈な言葉。しかし、それは媚びているわけではない。許しを請うているわけでもない。
きっと今は……それが彼女なんだ。
すべてを失って、何も縋るものがなくて……何も身を守る術を持たない少女。それが今の雨宮凛なのだ。
「どうしたの……?」
凛の横に腰掛ける。
怯えた様に凛はこちらを見上げていた。彼女は何に怯えているのだろう。わからない……わからないけども、俺がやる事は変わらなくて。
彼女の細い肩を、遠慮がちにそっと抱き寄せた。
彼女は一瞬びくっとからだを震わせたが、その後は身を委ねる様にこちらに凭れかかってきた。
「……あははっ。私、凄くダメだね」
「何が」
「私さ、玲華に会ってから怖くて堪らないんだよね」
少し茶化したような、あっけらかんとした口調を作って凛は話した。
「怖い?」
「玲華は本当に翔くんの事を好きなんだって改めて解って……翔くんに前を向いて欲しいから別れて、きっと別れてからも大好きで」
作っていた口調が一瞬で崩れて、ぐずっと鼻を鳴らす。
「私だったら、そんな決断できない……好きなのに別れるなんて、絶対にできないよ」
俺もできなかった。
玲華の存在が重荷で、辛かった。だけども、それでも別れを切り出せなかったのは……きっと好きだったからだ。
「ねえ……どうして私、こんなにも弱くなっちゃったのかな。翔くんが居なくなるかもって考えただけで怖いのに……自分からだなんて、絶対にできない。結局私、玲華になんて全然及ばない。今もこうして会いにきてくれたのがとっても嬉しくて……とっても怖い」
凛の頭を寄せて、子供をあやす様に髪を撫でた。
凛は……本当に弱い。多分それは、玲華が知らなかったことで、だからこそ落胆していたわけで。もしかしたら、凛の関係者の大半が凛は名前の通り凛々しく強いと思っているのかも知れない。そして、俺以外と接している時の凛は、そう感じさせた。
凛が芸能界をいきなり辞めた時も、誰も凛の弱さを知らなかったから、皆が困惑したのだ。
(でも、それが何だ?)
俺が初めて見た時から凛は弱かった。
むしろ俺は弱い凛しか知らない。
彼女は初めて見た時から悩んでいて、滅多にしない悩み相談を俺に打ち明けていた。
そしてすべてを無くす覚悟で俺のところに来た。
それから俺達は付き合う様になったけど、後ろ向きな関係だった。
お互いが同じ傷を持ち、お互いの傷を舐め合う関係だった。
でも、それじゃダメなんだと思う。それだと簡単に関係は壊れてしまう。
また今日みたいな事があって……何か問題が起こって、お互いが不安になってしまったら、二人共々倒れてしまうんじゃないだろうか。
お互いが支え合うんじゃなくて……ただお互いに縋るんじゃなくて。
「別にそれでいいんじゃないか」
「え?」
「弱くたっていいじゃないか……それも凛なんだろ? その弱さもお前を構成する一つだ」
凛はきょとんと俺を見上げていた。
「今まで散々強がってきたんだろ。周りに悟られない様、自分にすら悟られない様に。それも強さなのかも知れない」
でも、と付け加える。
「自分の弱さと向き合うのも、強さの一つなんだと思う」
これは、自信を持って言える。
俺だってお世辞にも強いとは言えないから。
逃げてきたから。玲華の言う様に、嫌な事から逃げて、辛い事から目を背けてきたから。
でも、俺がそれに気付けたのは、凛の御陰なのだ。
凛が居たから気付けた。凛が弱さを打ち明けてくれたから自分の弱さに気付けた。
夜の丘で凛と話し合った時、俺は泣いた。あれは、玲華への感情に気付いたからだ。自分が愛されていたという事、そして自分も愛していたという事。
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