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第2章 久瀬玲華

玲華③

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「少なくとも中学の時の凛ならそんなこと言わなかった。立ち向かってた……だから私は、あなたの方がこの仕事に向いてると思った」

 凛が驚いた様に顔を上げる。
 玲華の真意は読み取れない。だが、もしかすると……玲華がモデルをやめたのは、凛に対する情けなんかではなかったのかもしれない。暇潰しで仕事をこなしていた玲華と、一生懸命取り組んでいた凛……玲華は玲華なりに、そんな凛を評価していたのだろうか。

「でも、まあ……私の見当違いだったみたい。あなたには向いてないみたいだから辞めて正解だったかもね。プロ意識なんて何も持ってない……私、ずっと言ってなかった? 自覚を持てって」

 とことん見下した言い方。きっと、誰が見ても玲華の言う事は正しい。凛のやった事で、会社が傾いたのも事実なのだろう。たくさんの人が迷惑を被ったのもおそらく事実だ。
 だが、そんな言い方しかできない玲華に沸々と怒りが沸いてきた。こいつはこんなに嫌な奴だっただろうか? 少なくとも……こんなに人を故意で傷つける奴じゃなかった。
 凛は反論するでもなく、弱々しく玲華を見つめた。

「そう、その瞳。あなた、いつからそんな弱くなったの? ここまで言われて、どうして黙ってるの? 何でそんな媚びる様な顔してるの……? 最低。あり得ない。まさかリンが私の一番嫌いなタイプの人間だったなんて」
「……ごめん」

 凛は顔を伏せてうなだれる。

「謝るな!」

 そんな凛に怒りを抑えられなかったのか、玲華の声が荒くなる。

「自分に自信無いくせに、何でこの仕事やってたの? 何なの? 何がしたかったの?」
「やめろ、玲華」

 玲華がつかみかからん勢いだったので、再び凛の間に入る。
 死体に鞭を打っているようで、もう見ていられなかった。もう勝負はついている。どっちが正しいかなんて、凛自身もよく解っているのだ。

「そういうショーは? どうして長野県なんかに?」

 詰問するかの様な口調で玲華はこちらに視線を向けた。
 厳しい目つきだった。
 玲華のこんな目は見たことが無かった。

「親の転勤で。俺の意思じゃない」

 嘘だ。俺の意思だった。

「……ほー?」

 呆れたような、拗ねたような……彼女が機嫌が悪くなった時にする表情をこちらに向けた。
 凛に向けていた敵意があるものとは違っていた。それが耐えられなくて、俺も視線を玲華から外した。
 なんでこうなってしまったのだろうか。俺達は絶対に会うべきじゃなかったのに。

「お似合いね……あなた達」
「え……?」

 意外な言葉に、凛が顔を恐る恐る上げる。

「嫌な事から逃げて、戦う事から逃げて……本当にお似合い」

 そこに嘲笑の響きは無かった。むしろ、憐れみと落胆の視線。
 ──じゃあ、逃亡者同盟結ぶ?
 凛のそんな言葉が脳裏にふと蘇った。そういえば、俺達は出会った時から、逃亡者だった。

「私が好きだったリンもショーも、もう居ないんだね」

 悲しそうに呟いた。

「二人共上を向いてた。前を見てた。私なんかより、よっぽど努力家だった。リンもショーも……私は尊敬してた」

 違う。俺達は上を向いていたわけでも、前を見ていたわけでもない。
 お前を越えたかっただけだ。お前を見ていただけだ。
 そして俺は、そして凛は、お前を越える事を諦めた。
 それだけだ。

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