誰もいない城

月芝

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057 人形の墓場

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 火事が図書室だけでとどまるのか、あるいは本宅全体へと延焼するのかはわからない。
 だとすれば立ち止まるのはダメだろう。
 最悪を想定してボクは先を急ぐ選択をとる。
 本心をいえばここでスズメバチの女怪の死を見届けたかった。どうにもあの存在は不吉に感じてしようがない。だからきちんとトドメを刺せたのかを確認して安心したかったのだ。
 が、いつまでも扉の前でグズグズしていたら、火事に巻き込まれかねない。煙の種類によってはほんの少し吸い込んだだけでも危険なものもある。
 だからボクは後ろ髪ひかれる想いで、階下へと通じる階段へと向かった。

  ◇

 一段ごとにギシリ、ギシリと低く鳴る木製の階段を用心しながら進む。
 最後の段を下りきる頃には、上の階に漂い始めていた焦げたニオイもすっかりしなくなっていた。
 階段を下りた先には廊下。
 こちらの階にも壁かけ用の燭台が設置されており、ある程度の光量が保たれておりわりと明るい。
 てっきりここも上の階と似たような造りなのかとおもえば、まるでちがった。
 右と左、どちらに進んでも突き当りに同じ扉の姿があるばかり。図書室の扉と同じで重厚な二枚構成。それ以外に個室の類は一切なし。
 少し悩んでからボクは右へと足を向けた。
 理由は特にない。どのみち反対側も調べるつもりだ。

 鍵はかかっていない。そっと扉を開ける。
 室内は薄暗いけど、視界が利かないほどじゃない。
 だからこそボクはその光景をまの当たりにすることになって、立ち尽くすことになる。

「なんだコレは……」

 学校の教室を三クラス分ぐらい繋げたほどもある空間。
 奥と左右、手前の入り口両脇、すべてがひな壇のようになっており、そこには朱色の布が敷かれてある。
 まるで昔の球場の外野席のように見えなくもないけど、そこに座っている連中が異様であった。
 ひな人形、五月人形、市松人形、青い目をした西洋人形、アンティークドール、着せ替え人形、ぬいぐるみ、文楽の浄瑠璃人形、人形劇のパペットやマリオネット、腹話術の人形、セルロイド製の赤ん坊の人形、アニメやゲームのキャラクターのフィギュア、呪術用のわら人形、民芸品のこけし、竹人形、マトリョーシカの他にも、畑の案山子にマネキンやダッチワイフなどなど。
 古今東西の人形たち。
 何千何万にもおよぶであろう膨大な数が鎮座している。
 奇異な状況だ。
 しかしながら真に異様なのはそこではない。
 問題なのは、この場にいるすべての人形という人形の中に、まともな姿のものがただの一つもないということ。
 手がもげていたり、足がなかったり、耳や目がつぶれていたり欠けているのなんてのはマシなほう。ヒドイのになると首そのものがなかったり、半身がごっそり失われていたり。焼け焦げて原型をかろうじて保っているモノまである。
 大広間のひな壇をびっしりと埋め尽くすのは、体の部位が欠損した大量の人形たち。
 これを前にしてボクは二の足を踏む。
 怖い。とても奥にまで入って調べてみようという気になれない。
 それにさっきから左肩に乗っている相棒の白い腕の様子がおかしい。やたらとギュッとボクのシャツにしがみついてくる。ともすれば指先が皮膚に喰い込むほどに必死だ。
 ひょっとして彼女も怯えているのか?
 だからボクは部屋に立ち入ることは止めて、入口付近から室内の様子を探るにとどめる。
 どうやらここは壊れた人形を置いておく保管庫みたいな場所らしく、他へと続く通路や扉は見当たらない。ひな壇の裏とかに隠れていたらここからではわからないけど、それは必要に応じて調べればいいだろう。
 ボクはこの場所の探索を早々に切り上げて、反対側の部屋へと向かうことにした。

 来た道を戻っていると、階段近くにて鼻がひくりと反応した。
 薄っすらとだけれども焦げたニオイが空気に混じっている。
 どうやら上階での火災によって生じた煙が、ついに階下にも届き始めているようだ。この分ではやはり延焼はまぬがれないか。少し急いだ方がいいのかもしれない。

  ◇

 階段から向かって左側へと廊下を進んだ奥にたたずむ両扉。
 用心しつつ開けたところで、またしてもボクは立ち尽くすハメになる。
 ただし今度は純然たる驚きでもって。
 まばゆい光の世界。
 広い。先ほどの部屋よりも倍ほどもあろうか。
 そしてこちらにも大勢の人形たちの姿がある。
 ただしすべてが等身大の木偶。みなタキシードやドレスの正装姿。それで何をしているのかというと、手に手をとって輪になって踊りを楽しんでいる。
 いや、より正確には踊っているように配置されてある。
 絢爛豪華な室内にて踊りに興じているであろう、その姿は貴族たちの社交場であった「舞踏会」そのもの。
 先ほどの陰惨な雰囲気に充ちた人形の墓場とはえらいちがいである。

「天国と地獄」

 そんな陳腐な表現が思わずボクの口から零れ落ちた。


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