誰もいない城

月芝

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052 夢五夜

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 非常口の扉の向こうは何もない廊下。
 駅近くの地下道とかに雰囲気が似ている。日中はともかく夜はあまり近寄りたくない場所だ。音がやたらと反響する。背後から自分の足音が追いかけてくるのが煩わしい。
 でも、その先に待っていたのは一転して豪奢な内装。
 足下には赤い厚手の敷物。壁紙には精緻な模様、これは四つ葉のクローバーか。等間隔に壁かけ用の燭台が設置されており、ロウソクには火が灯されている。明かりを受けて艶めく天井や床、柱には大理石がふんだんに使用されている。
 いかにも物語に登場する貴族の屋敷みたいな造り。だけど廊下に絵や高価な壺の調度品は一切飾られていない。

 進路左側に扉が並んでいる。
 重厚な木製の扉。
 ひとつ目はドアノブが少ししか回らない。おそらくカギがかかっているのだろう。
 ふたつ目も同じ。がちゃがちゃしながら押したり引いたりしてみたけど、びくともしない。
 そこでボクは「はぁはぁ」と苦しげに息をして、壁に手をつく。
 メリーゴーランドから脱出した際に痛めた左肩が熱を持ち、そのせいで意識が朦朧としてきた。おそらくは疲労もたまっており、そろそろ限界なのだろう。
 ぼんやりする頭で、そういえば相棒の白い腕をずっとカバンに入れたままだったことを思い出す。
 カバンを開けると、中からひょっこり白い腕が顔を出した。けれどもいつもみたいにボクの体を伝って自分の定位置へのぼろうとはしなかった。
 それもそのはずだ。
 彼女の居場所であるボクの左肩が赤く焼けただれている。
 どうやらメリーゴーランドの闇はただの闇ではなかったらしい。ほんの少しかすっただけでコレなのだから、まともに落ちていたらどうなっていたことか……。
 ぐらりとかしぐ体にムチを打ち、みっつ目の扉を試す。
 するとガチャリと開いた!
 室内は一人用の寝台に机とイスがあるだけの、素っ気ないもの。
 ボクは後ろ手に扉の鍵をかけると、そのまま寝台へ倒れ込む。
 ずっと押し入れにあった布団のような独特のニオイが鼻孔をくすぐったのも、ほんの少しのこと。ボクの意識はすぐに深淵へと墜ちてゆく。

  ◇

 また夢を見ている。
 舞台は高校。
 登場人物たちはあいもかわらず、のっぺらぼう。
 高校生にもなれば、みんな何かと忙しい。
 部活に、学業に、アルバイトに、遊びに、恋愛ごっこにと。
 だからよほどの暇人でもないかぎりは、他人にいらぬちょっかいなんぞは出さない。
 ようやく他人との距離や集団内での立ち位置などを身につけつつあるのだろう。
 煩わしいことも多いが、その点だけは中学時代よりもよほど快適であった。

 放課後。
 推薦というていで押しつけられた委員の会合があった。
 何の委員だったかは忘れてしまったが、まぁ、自分の中ではその程度のこと。
 会合が終わり、教室へとカバンをとりに戻ったとき。
 教室内には五人の男女の姿があった。
 いつもつるんでいる男三人に女二人の仲良しグループ。
 クラスの中心。スクールカースの上位。いわゆるイケてる集団だ。
 ボクとは接点がまるでない連中につき、教壇の周囲でわいわい騒いでいる彼らをムシして、ボクは自分の席へと向かう。すぐにカバンを手に教室を去ろうとする。
 そのとき、ちらりと見たのだけれども、彼らがわざわざ放課後の教室に残ってまで、何をしていたのかというと「こっくりさん」である。
 小学生ならばともかく高校生にもなって、いったい何をしているのやら。
 ボクはあきれを通り超し、心底、彼らを軽蔑してその場をあとにした。

 そんなことがあったこともすっかり忘れていた数日後のこと。
 朝、教室に行ったら机のひとつに花瓶が置かれてあった。
 ボクのふたつ前の席。小ぶりな向日葵が一輪。でも時期が過ぎているせいか、少ししなびており、はらりはらりと黄色い花弁を散らしている。
 そういえばこんなイジメがあるって耳にしたことがある。なんにせよ、しようもないことである。わざわざ生花まで用意するだなんて……。
 とか思っていたら、チャイムが鳴ってやってきた担任が開口一番、みんなに告げた。

「悲しいことに○○さんが亡くなった。今夜、お葬式があるので全員、制服にて出席するように」

 どうやらイジメではなかったらしい。
 名前を聞いてもすぐに顔が浮かんでこない。クラスメイトの名前と顔を覚えるなんていうムダな作業を放棄してひさしい。
 にもかかわらずじきに思い出せたのは、死んだ彼女があのイケてるグループの一員であったからだ。
 つい数日前までは、あんなに楽しそうに笑っていたのに。
 人生何が起こるかわかったものじゃない。

 いったん下校してから、夕方に再度校門前に集合し、みんなで葬儀に参列する。
 べつに何らかの理由を述べてサボってもよかったのだが、たとえ村八分とて葬式と火事の消火ぐらいは手伝うという。
 それに横着していらぬ軋轢を産むのは得策じゃない。
 今回の一件でクラス内にも少なからず影響が出るだろう。ボクには関係のないことだが、ヒステリーを起こしたあげくに、そのストレスの捌け口にされてはたまらない。

 葬儀について語るべきことはない。
 順番にお焼香をすませて、唐突に娘に先立たれて憔悴している両親に軽く会釈をして、ボクの仕事はこれで終了。
 とくに仲がよかったわけでもない、ただのクラスメイトが居座ったところで、故人もよろこぶまい。だからすぐに帰ろうとするも、こういう場所にもかかわらず、聞こえてくるのが故人についてのウワサ。火のないところに煙は立たぬというけれど、わざわざ風を送りこんでボヤ騒ぎを起こす必要もないだろうに。
 先生はあえて言葉を濁し言及していなかったのだが、どうやら自殺らしい。
 十代の若い女の子が突発的に飛び降りる。
 それにあの「こっくりさん」が関係しているのかどうかはわからない。
 あそこで何かがあったのか、それともあの後に何かが起こったのか。それ以前から問題を抱えていたのか。
 男三人に女二人のグループだから、実際のところは複雑な人間関係だった可能性もある。
 まぁ、ボクにはどうでもいいことだ。

 葬儀の祭壇に飾られていた遺影。
 写真の中で微笑んでいるであろう彼女もまた顔無しののっぺらぼう
 なのになぜだかボクにはその子が、あの落ちてくる女子高生の怪異に似ているような気がした。


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