誰もいない城

月芝

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024 火計

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 導火線となる二本のお手製ロープ。Vの字に設置し噴水広場へと結ぶ。
 これにより一か所に点火すれば、二か所同時に火をつけることが可能。
 ただし、これだけではいささか心許ない。だから念を入れて終点近くに火種となるモノを集めておいた。せいぜい派手に燃えてもらい、今回の作戦に華を添えてくれることを期待する。
 作戦を決行するにあたり、肩かけカバンと白い腕は地下へと通じる階段でお留守番。火をつけたあとは全力疾走。現場を離れる必要があるから、できるかぎり身軽な方がいい。

 白い腕に見送られ、ボクはひとり着火点へと向かう。
 準備のために何度も往復したおかげで、足下の草は適度に踏み荒らされており、ちょっとしたした経路となっている。どこに注意すべき木の根があるか、危険なくぼみがあるのかもしっかり把握しているから、よほどあわてないかぎりは足をとられることはないだろう。
 火をつける前に一度、広場へと偵察におもむく。
 ガーゴイルはあいかわらずだ。ガソリンを吐き出す噴水の女体像を守っており、動く気配はない。それでも木陰から様子をうかがっているこちらに気がついて、大きな目がギョロリ。
 威圧のこもった鋭い眼光。射抜かれたボクはあわててしゃがむ。草むらに身を隠し、大きなタメ息ひとつ。

「ふぅ。やっぱりおっかない。ひとにらみされただけで心臓がつぶれるかと思った。
 たとえ気前のいい女神さまからチート能力をもらえたとしても、アレと闘うなんてボクはごめんだ」

 ライトノベルやアニメではおなじみの異世界物語。
 たいていが冒頭で主人公は特殊なチカラを得るのだけれども、そんなお約束が一切ないのがボクの冒険譚。
 というか、ホラーテイスト満載にて残機一のサバイバル。
 ナイフ一本もないところからスタートとか、ありえない。おまけに記憶は虫食いだらけときたもんだ。ロビンソンの無人島生活だってもう少しマシだったというのに。
 そういえばあの作品を書いた著者は、ずいぶんと浮き沈みの激しい人生を送っていたっけか。破産や栄達、スパイの経歴を持ち最後は失踪とか、波乱万丈にもほどがある。
 そしてこんな役に立たない知識ばかりをホイホイ思い出せる自分自身が、ボクは腹立たしくてしようがない。

「もしかしてどこかで神さま的な存在が視ていて、苦しんでいるボクの姿を楽しんでいるのかな?」

 くだらない妄想が浮かぶ。
 わかっている。現実逃避だ。そんなことを考えるだなんて、これから作戦を決行するにあたり、ボクはとても緊張しているのかもしれない。
 余計なことは考えるな。忘れろ。集中するんだ。
 どのみちボクに出来ることは、目の前の困難を乗り越えて、少しでも先へと進むことだけなのだから。

  ◇

 ブックマッチを擦って火を起こす。これで残りは十六。
 発生した小さな火。放っておいたらすぐに消えてしまうので、細かい木くずや葉にて用意しておいた着火材へと移す。火起こしは小から大へと連鎖させるもの。最終的に枝でこしらえたタイマツへと繋げる。
 タイマツ片手にボクは何度か深呼吸をくり返しながら、手順をおさらい。
 ロープに火をつけたら、しっかり燃え移ったのは確認。それからはひたすら走って地下へと通じている階段へと向かうだけ。
 途中、気をつけるべき箇所を思い出し、いま一度、頭の中に刻み込む。
 なんてことはない。やることは単純明快。何も問題ないはずだ。
 だというのにイヤな動悸がおさまってくれない。
 ひょっとしたら何か見落としがあるのか?
 不安が波のように寄せてはかえし、ボクの心を揺さぶる。
 それを強引にふり払い「大丈夫だ」と自分に言い聞かせ、ボクはロープに火をつけた。

 しばらく下から炙ることで、焦げた臭気が周囲に漂いはじめ、じきにロープの端に引火。
 ゆっくりとロープを伝っていく炎。
 それを見届けてからボクはタイマツを捨て走り出す。
 十歩、二十歩と進むほどにじょじょに加速。滑らかに動くボクの手足。いいぞ、あせることなく上手に駆けられている。暗い廊下で影法師に追いかけられていたときとは雲泥の差だ。イケる。
 逃走経路をさかのぼっていく。
 そろそろなかば付近に到達。ここまでは順調。
 あと少し。
 そう思ったとき、自分の周囲の空気がふいに膨れあがったような気がして、背後に熱を感じる。
 次の瞬間、いきなり襟首をつかまれたような感覚に襲われる。
 わけがわからない。戸惑いのあまりちらりとふり返ったら、そこにはあったのは紅蓮。
 トンっと軽く背中を押され、ボクの体がふわりと宙に浮く。「えっ?」
 それは熱風の第一波。
 どうやら作戦通りに火は噴水広場へと到達したらしい。ただし予想外に火のまわりが速くて、ボクが逃げ切るよりも先に爆発が発生してしまった。
 爆発の規模も想定していたよりずっと大きい。ガソリンってあんなに爆ぜるものだったのか? 後悔するも、すでにあとの祭り。
 続く第二波。
 破壊と炎をまとった爆風。
 音は聞こえなかった。あまりにも大音声すぎて、ボクの耳で拾える聴覚の許容量を遥かに超えていたんだ。
 あおられ大きく吹き飛ばされたボクの体。とっさに近くにあった枝に手をのばすも、届かない。
 嵐の中の木の葉のように宙を舞う。ボクの世界が激しくかき回される。視界の片隅でチラチラしていたのは自分の手足。まるで糸の切れたマリオネットみたいに勝手に暴れている。
 唐突に落ちた。
 どこぞの木の上だったらしく、激しく枝葉にぶつかりながら落ちてゆく。
 恐怖も痛みも感じている暇はない。ボクに出来たのはせいぜい自分の頭をかばうことぐらい。
 全身を無数の衝撃が駆け抜けていく。
 やがてズドンと強烈な一撃。
 それが自分が地面に落ちた際のモノだと理解するよりも先に、ボクは意識を手放していた。


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