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015 夢二夜
しおりを挟むまた夢を見た。
あいもかわらず登場人物たち全員の顔がのっぺらぼう。
気持ち悪い。
あれはたしか小学四年生の頃。
塾からの帰り道。
ひとりトボトボ夜道を歩いていたら、か細い声が聞こえてきた。
消え入りそうな声は、すぐそばのゴミ捨て場に置かれたダンボールから聞こえてくる。
何かとおもってのぞいてみたら、薄汚れたタオルにくるまれたネコの赤ちゃんが三匹。でもうち二匹はピクリともせずに、すでに冷たくなっていた。残る一匹も時間の問題のようにおもえた。
おおかた無責任な飼い主が、めんどうを見切れずに生まれたばかりのネコの赤ちゃんを捨てていったのだろう。
親ネコに避妊手術も受けさせず、適当に飼ったあげくに、ポイ捨て。
いったいそいつはどんな面をして「自分はネコを飼っている」「自分はネコ好きである」なんぞと周囲に吹聴しているのであろうか。
そんな人間に飼われている母親から生まれたことこそが不運。
いっそノラならば、まだ生き残る目もあったのかもしれないのに。
人間なんかと関わる方が悪い。親が楽をしたぶん、その報いを子が受けている。
理不尽かもしれないが、さりとて特に珍しい話でもない。子は親を選べず、親もまた子を選べないのだから。
ボクは見なかったことにして、ダンボールのフタをそっと閉じようとした。
けれども、そのときネコの赤ちゃんが短い手足をバタつかせて鳴いた。
それは本当に弱よわしい声だったけれども、それでいて明確なる意思がこもった強い声でもあった。
ネコの赤ちゃんは精一杯の声で叫んでいた。
「生きたい」と叫んでいた。
ボクは薄汚れたタオルごとネコの赤ちゃんを家へと連れ帰る。
当然ながら母親は困惑し、そして怒り、「すぐにもとのところに捨ててきなさい」と言った。
でもボクはそれを拒んだ。「イヤだ」
玄関先にてしばし押し問答を続ける。
そこに父親が帰宅。言い争う母子にうんざりした様子にて「ネコぐらい好きにしたらいいだろう」と吐き捨てる。
仕事で疲れて帰ってきた父親が、これ以上雑事に煩わされたくない一心にて発した、投げやりなひとこと。
だが家長の言葉にて、ひとまず押し問答は終結する。
すっかり機嫌を損ねた母親は「わたしは知りませんからね」という捨て台詞にて、さっさといってしまった。
◇
次の日。
学校からいそいで帰宅したら、ネコの赤ちゃんはいなくなっていた。
母親を問い詰めると、「ネコ好きの知り合いが、どうしてもっていうからあげたわ」とこともなげに言った。「無知な子どもに飼われるよりも、詳しい人の世話になったほうがあの子ネコも幸せでしょう」
その意見は間違っていない。確かに正しい。
ろくすっぽ知識も経験もない人間のところにいるよりも、よほど健全だ。
だからボクはあえて何も言い返さずに「そう」とだけうなづく。
この話がこれでおしまいであったのならば、いささか苦味が残るものの、まずまずのハッピーエンドといえなくもない。
けれども現実はどこまでも醜悪で辛辣だ。
後日、塾へと向かう途中にて、忘れ物に気づいたボクは自宅へと戻る。
玄関の扉をあけようとしたところで、奥から聞こえてきたのは電話の話し声。母親であった。家にひとりきりだと油断しているのか、その声がこちらにまでしっかり届くほどに大きい。
「本当、まいっちゃうわ。いきなり薄汚れた死にかけのネコなんて拾ってくるんだもの。気持ち悪いったらありゃしない。
えっ、動物病院に連れていったのかですって?
冗談じゃないわ。そんなことするわけないでしょう。いったいいくらかかると思ってるのよ。
あの子が学校へ行っているあいだに、保健所に連絡してひきとってもらったわ。『家の前にへんなダンボールがあって、中から声がする』とかいったら、すぐに来て運んでいったわよ。公共サービスさまさまよね」
電話の相手はよほど気心の知れた女友だちなのだろう。
臆面もなくそんなことを口にしては、ケラケラと笑う母親。
ボクはうつむいたまま、唇をかみしめる。
そういう女だということは、ずっと昔からわかっていたというのに……。
ウソを鵜呑みにしたマヌケな自分に腹が立つ。「さすがにそこまではしないだろう」なんぞという淡い希望にすがっていた自分の甘さも許せない。
結局はボクもあのネコの赤ちゃんたちを捨てたヤツと同じ。
なまじ情けをかけて、中途半端に手をさしのべているぶんだけ、性質が悪くて残酷だ。
そしてつくづく思い知らされる。
ボクもまたこの女と同類なのだということを。
なぜならボクの血肉はこの女とあの男によって造られており、それらに守り育てられているのだから。
この身が成長するほどに、どんどんと両親に似てくる。
いずれは自分もあんな醜い人間になるんだ。
それがボクはたまらなくイヤで、そしてとてもこわくてしようがない。
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