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039 廃村、火事、干し芋

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 そこは異様な廃村であった。
 たんに人がいなくなって寂れたというだけでない。
 まるで大きなゾウにでも踏みつぶされたかのように、ぐしゃりとなった家々の残骸。そればかりか土砂に半ば呑み込まれている家もあった。
 緑に覆われていることから相応の歳月を経てはいるのだろうけど、放置されたがゆえに朽ちたわけではなさそう。
 圧倒的な何かによって完膚なきまでに破壊された。
 それゆえに放棄するしかなかった場所。

「なに……これ……」

 あまりの惨状にわたしのネコ足がふるえる。
 生駒がやや厳しい声音で言った。

「おそらくは地震と土砂崩れが重なったんだろうさ。しかしひどいもんだ。この様子だと村全体が山津波に襲われたのかもしれないねえ」
「やまつなみ?」
「どでかい規模の土砂崩れのことさ。海の津波もたいがいおっかないけど、山のもそりゃあ強烈なもんさ。とはいえまいったね、こりゃあ」

 手がかりの糸がいきなりプツンと切れていたもので、わたしと生駒はたいそう困惑する。
 でも、グズグズしている時間はない。
 だからひるむ心に発破をかけて気合いを入れ直し、頭を切り替えて最寄りの集落へと向かうことにする。
 そこに行けばこの村に何が起こって、いつ頃こうなったのかがわかるはず。
 さいわいなことにこの地方にはわりと信仰が根強く残っているらしく、祠やら社の類がたくさんあるから紅葉路経由の移動にはことかかない。

  ◇

 山を四つばかり超えた先にあった小さな町。
 ゆるやかなカーブを描く川沿い、内側に広がる水田。
 のどかな田園風景、その中にいかにも旧家といった風情の瓦屋根の建物がポツンポツンと点在してる。
 比較的家屋が集まっているのは町の真ん中を横断している道路付近。旧街道跡らしいが、信号機はなく往来している車も皆無。それどころか人っ子ひとり見あたらない。 
 通りの一画にて軒を連ねる商店たち。大半のシャッターが閉まっており、風を受けてガチャガチャゆれるたびに、サビの欠片がパラパラ落ちては軒先を汚している。そうじゃない店舗も営業しているのかいないのか、外からではよくわからない。
 ネコ化けしているわたしは鼻先をヒクヒク、風のニオイを探る。
 どうやら人が住んでいないわけではなさそうだ。なんとなく空気でわかる。先にあの山間の廃村に立ち寄ったからこそ、そのちがいはより鮮明となる。旅行とかで長いこと留守にしていた自分の家にひさしぶりに帰ったとき、家の中の空気が独特のモノへと変じているだろう。誰もいない場所にはアレをより強くした気配が充ちる。どこか寒々しく、それでいて光は薄くぼやけ陰影が濃い。
 この町はそこまでには至っていない。たんに過疎っているだけのようだ。
 だというのに、わりとにぎやかなところもある。
 それが郵便局と役場。
 役場については言わずもがなであろう。
 そして郵便局に関しては地元民からの信頼度というか、依存度がとにかくすごい。全国津々浦々どこにでも支店があるし、郵政民営化してからそこそこ経つが、あいかわらずお年寄り層から圧倒的な支持率を誇っている。

 まずわたしたちは役場の方へと立ち寄った。
 図書館などがあれば一番都合がよかったのだが、あいにくとここにはそんなシロモノはない。そこでもっとも郷土の資料が置いてありそうなところへと向かった次第。
 役場の場所はすぐにわかった。なにせ一番四角くて大きな建物だから。それでもわたしの通っている丸橋小学校の第二校舎よりもずんと小さいけど。
 甘く煮炊きする前のカチカチ状態の高野豆腐みたいな見た目の役場。
 役場内部の調査は生駒に頼む。いかにのんびりした田舎だとて、ネコが堂々と入ってきたら首根っこをひょいと掴まれて追い出される。かといって本来の姿で訪問したら、それはそれで目立ってしようがない。「おや、見かけない子だねえ。どこの子だい?」とからまれたら、うまく誤魔化せる自信なんてわたしにはない。

 姿を消したままで役場内へと入った生駒。
 ただぼんやり待っているのも芸がないと、わたしは通りを挟んで向かい側にある郵便局の方をのぞいてみる。
 なかでは客と職員たちがおしゃべりに興じている。のんびりしたものだ。
 わたしが内心であきれていると、局の入り口脇に置かれたベンチに座ってニコニコしている老婆がちょいちょい手招きをする。
 周囲をキョロキョロするもわたし以外には何の姿もない。
 だからおそるおそる近づいたら干し芋をくれた。どうやらただのネコ好きらしい。
 しばし老婆に付き合ってから、わたしはもらった干し芋をくわえて、役場の敷地内の裏手へと移動。
 日当たりのいいエアコンの室外機の上で、むしゃこら。しっとりねっとり、ほどよい甘味がウマウマ。干し芋って買うとけっこういい値段がするんだよねえ。
 えっ、お行儀が悪い? いいのいいの。だっていまはネコだもの。

「おいこら、結! あたいだけを働かせておいて、自分はのんびりオヤツとかずるいじゃないか」

 見上げれば生駒が最寄りの小窓の隙間から、恨めしげにこっちをにらんでいた。

「ちゃんと半分残してあるから怒らないでよ、生駒。で、何かわかった?」
「まあね。資料室にこの地方の新聞をまとめたやつがあったから、そいつを調べたらいろいろわかったよ」

 干し芋半分をモグモグさせながら生駒が語ったところでは、やはり当初の予想通り、あの一帯は山津波を喰らったらしい。かれこれ三十年以上も昔のこと。
 でもことの発端はそれではないと生駒。
 さらにさかのぼること一年ほど前、村で火事があった。そのことについて書かれた記事によれば、これによりずっと守り祀ってきた社が消失してしまったんだとか。どうやら流しのドロボウが侵入した際に、うっかり火の不始末をしたのが原因らしい。
 悪いのはドロボウである。
 なのに村人たちは社を預かる宮司とその家族を責めた。

「おまえたちがきちんと管理していなかったせいだ」と。

 どういった経緯でそうなったのかは、いまとなってはわからない。
 しかし宮司一家は結果として村を追いだされることになる。
 これにより代々続いていた祭事もまた途絶えることになった。

「まったくバカなまねをしたもんさ。お気に入りの場所を穢されたり、奪われたりすれば、神さまだって機嫌を損ねる。で、そっぽを向かれて加護を失ったところに山の神の怒りでも買ったのだろうけど。いったい何をしたのやら」

 生駒によれば「よっぽど」のことをしない限りは、こんなことは起きないという。
 あえて深掘りはしなかったけれども、わたしとしてはその「よっぽど」がたいそうおっかない。きっとロクでもないことにちがいないから。
 まぁ、それはそれとして手がかりを得た。
 わたしたちは消えた宮司さん一家の行方を追うことにする。


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