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038 神楽鈴、残り香、シャンシャン
しおりを挟むネコ化けしたわたしは各地の祠とつながっている夜の紅葉路をひた走る。
向かうのはかなり北にある遠方の地。そこに探し人の手がかりがあるかもしれない。
白石沙耶が彼からもらったという鈴。
やたらと澄んだ音色のするアレについて、生駒が「ひょっとしたらあれは神楽鈴の一部かもしれない」と言い出した。
神楽鈴とは、巫女が神楽舞いを奉納するときに用いる道具のこと。取っ手の部分と三段からなる本体で構成されており、下の段から七、五、三と鈴がぶら下げられている。それゆえに七五三鈴と呼ばれることもある。
「鈴ってのは元来、魔除けや神さまを呼ぶ効果があるんだよ。とはいえ白石沙耶が持っていた鈴はあまりにも音が良すぎる。ほんのかすかにだけど、神気らしきものを感じた。だからもしかしたらって、あたいは考えたのさ」
バラバラにされた神楽鈴。
だというのに神さまの残り香が漂っている。
一度や二度、ちょいと形骸化した踊りを奉納した程度では絶対に宿らないシロモノ。
よほど熱心に信仰し、継承され、代々大切にされていたのだろう。
「それも今は昔の話だけどねえ。これも時代の流れってやつさ。この手の行事はすっかり廃れちまった。もっともおかげで手がかりをたどるのはずいぶんと楽だったけど」
やれやれと肩をすくめる生駒。「よろこんでいいのか、わるいのか」
鈴に残された神気から、どの神さまかを割り出して、さらに担当していた地域を調べ、あとはその中から神さまが気に入って足しげく通っていた社なり祭りを特定する。
これらの仕事は稲荷総会が請け負ってくれたので助かった。
で、いまはその情報をもとに特定された場所へと向かっているんだけど……。
「現地で鈴の人について何かわかるかな?」
「まぁ、さすがにいきなり正体が判明することはないだろう。でも由来はわかるはずさ。神楽鈴のバラしたものを持っていたことからして、地元の神社に近しい縁起の者であることはまずまちがいない」
「だといいんだけどねえ」
首輪に化けている生駒とおしゃべりしながらも、わたしはシュタタと懸命に駆け続ける。
「おい、結、そんなにとばしていたら途中でバテるよ」
途中、生駒から心配されるもわたしはなかなか足をゆるめられない。
どうにも気がせいてしようがないからだ。
理由は、白石沙耶と温室で会った帰りに遭遇した看護師さんからあることを耳にしたため。
沙耶さんの目は手術をすれば治るかもしれない。
ただし、よほどムズカシイ手術らしく確率は五分五分といったところ。だがその成功率を七分にまで持ち込める腕のいい医師がいる。下谷総合病院の院長先生とは懇意の人物らしく、「なんなら紹介しようか」との話が持ちあがっているそうな。
しかし肝心の沙耶さんがいまいち乗り気ではない。
というよりも不安なのだ。失敗すれば完全に光へと至る道を閉ざされることになる。ならばわずかな可能性を残し、それを慰みとして生きていく。
なんとも後ろ向きな考えだけれども、一度どん底を味わったがゆえに彼女は非常に恐れている、怯えている。
ふたたび絶望を前にしたとき、いったい自分はどうなってしまうのかと。
一方で「もしかしたら」という希望も捨てきれない。すがらずにはいられない。
沙耶さんの境遇を考えれば、迷いが生じるのは当たり前のこと。
だから本来ならばじっくり時間をかけて決めさせてあげたいところ。けれどもそうはいかない事情がある。
腕のいい医師は、そのゴッドハンドぶりを見込まれて海外から熱烈なオファーを受けており、これに応える形で年内に旅立つことが決まっているから。
そうなればただでさえ引手数多の腕に、より大勢の患者たちが群がることになる。きっと順番待ちがとんでもないことになるだろう。手術を受けられるのがいったい何年先になることやら。
だからこその「鈴の人」なのである。
沙耶さんにとっては特別な存在。
現状にとどまるにしろ、勇気を奮って一歩を踏み出すにしろ、それをうながせるのは彼だけ。
医師や看護師たちも沙耶さんが「鈴の人」を探していると知って、それとなく調べてくれたらしいのだが、やはり正体はわからずじまい。
思い余って沙耶さんのご両親も探偵事務所に相談したらしいのだが、いまのところ成果なし。
まぁ、それゆえに稲荷総会のお仕事となったわけなのだが……。
「防犯カメラにもそれらしい人物は映ってなかったっていってたけど、あれって音声がないから、どのみち映像だけじゃ判別のしようがないよね」
わたしが看護師さんに聞いたところでは、温室周りにもいくつか設置されてあったらしいのだが、レンズのところにクモの巣がびっちりだったり、枝葉で視界が遮られていたりしてほとんど機能していなかったそうな。さすがにマズイといまでは改善されているらしいけど。
「にしても患者の中にシャンシャン景気よく鈴を鳴らしている野郎がいたら、けっこう印象に残りそうなもんだけどねえ」生駒が首をかしげる。
「うーん、どうだろう。ズボンのポケットとかに入れてあったら音がしないし、先生たちも忙しいから。なにせ患者がひっきりなしだし」
「あとは見舞客の線もあるけど、そうなると余計にとっちらかっちまうか」
かくして頼れるのは鈴の音色のみというのが現状である。
なんともか細い手がかりの糸。
それをどうにかたどった先にて、わたしたちを待っていたのは予想外の光景。
紅葉路を出た先は、とうの昔に朽ち果てた山間部の廃村であった。
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