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71 風の草原
しおりを挟む再び一人旅となった水色オオカミのルク。
進路を北へととり、何日も駆けてから道もない険しい山脈を一つ越えると、見渡すかぎりの広大な原っぱにたどりつきました。
やたらと見晴らしがよく、遠くまでが一望できます。
流れる風も穏やかで、一見すると過ごしやすそうな環境なのですが、そのわりには生き物の姿がまるで見られません。せいぜい遠くの空に、渡り鳥の群れが飛ぶ姿が見えるぐらい。
鼻先を地面に近づけて、土のニオイをクンクンとかいでみましたが、とくにイヤなニオイもなく、土地としてはすばらしいように思えるのですが……。
「なんでだれもいないんだろう?」
「そいつは見晴らしが良すぎるからさ」
ルクが小首をかしげていると、足下から何者かの声が。
見てみると低い草むらから、しゅるしゅると姿を現したのは、小さな茶色いヘビ。
「こんにちわ。ボクは水色オオカミのルク。よろしくね」
「これはごていねいに。きれいな色をしたオオカミの旅人さん。自分はココム。ここいらの草地にすんでいるヘビさ」
あいさつを交わし、しばし世間話をするルクとココム。
会話の中でココムさんから教えてもらったのは、ここに生き物が少ない理由。
この原っぱには背の高い植物がほとんどありません。だから丸見え、姿を隠すことができないので、チカラの弱い動物たちはあまり近寄りません。
そして丸見えなのは何も彼らにかぎったことではなくて、チカラが強い動物たちも同じこと。近寄るまえに相手に気づかれてしまうので、狩りなんてとてもとても。
結果として、自分のようなヘビとか地を這う虫たちが、のんびりと暮らしているとのことです。
「もっとも、ここを縄張りにしている連中もいるんだ。どんなやつらか、ルクにはわかるかい?」
「うーん、ボクにはちょっとムズかしいかも」
「フフッ、こたえはウマたちだよ。アイツらにとっては、ここは楽園なのさ。食べ物の草はたくさん生えているし、水場もある。見晴らしがいいから悪さをしようと、寄って来るヤツにもすぐに気がつける。おかげでいつでも自慢の足で逃げられるからね」
「おお、なるほどー」
「他にも足に自信があるヤツなんかが、ちらほらと住みついているのさ。だからここでは足の速さがすべて。速さこそが正義であり、速さこそがもっともほめ称えられる。ゆえにこの地は『風の草原』とも呼ばれているのさ」
「かぜの……、そうげん」
「風を感じ、風を求め、風になれる者たちが集っているうちに、いつしかそう呼ばれるようになっていたんだよ。小さなヘビの自分には関係ないけど、見ている分には楽しいから」
たまに速さを競っている姿が見れるらしく、それはそれは迫力があり勇壮だと語ったココムさん。せっかくこの地に来たんだから、一度ぐらいは見物していくといいよと言い残して、小さなヘビは去っていきました。
駆けっこには自信のあるルク。ちょっと自分も参加したいかもと考えましたが、すぐに首を横にフルフル。
師匠である翡翠(ひすい)のオオカミのラナとの修行の旅の中で、教えられたことを思い出したからです。
彼女はこう言っていました。
「水色オオカミのチカラはとっても強いんだ。だからうかつに地の国の住人たちの暮らしに踏み込んじゃいけない。仲良くなるなとは言わない。だけど気をつけないと、知らず知らずのうちに、彼らの名誉や誇り尊厳を踏みにじることになってしまうから」
トリにはトリの速さがあり、ウサギにはウサギの、シカにはシカの、ウマにはウマの速さがあります。
他の動物たちもそうです。みんながそれぞれに知恵をしぼり、工夫をこらし、自分に出来る範囲でがんばっている。
そこに特別なチカラをもった者がしゃしゃり出てきたら、どうなるかなんて考えるまでもありません。
だからルクは師の教えを胸に、機会があれば外から大人しく見物するつもりだったのですが……。
フンフンと鼻歌まじりにて、シッポをふりふり。
やわらかな草のニオイをかぎながら、足のうらの感触を楽しみつつ、機嫌よく草原を歩いていた水色オオカミの子ども。
すると、かすかに地面から振動が伝わってきました。
なにごとかと思っていると、右手のほうからドドドという音ともに、土煙のかたまりが近づいて来るではありませんか!
だから反対側に逃げようとしたのですが、ふり返ると、左手のほうからも同じようにドドドとすごい土煙が向かってきます!
キョロキョロしているうちに、あっという間に距離をつめられて、左右から挟まれてしまったルク。
土煙の正体は、二つのウマの群れ。
ルクを真ん中に置いて、百を超える数がズラリと並んで対峙する両陣営。
なにやら険悪な雰囲気。
どうやら水色オオカミの子は、騒動に巻き込まれてしまったみたいです。
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