狐侍こんこんちき

月芝

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其の百七十四 光明

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 のびてきた腕をかわす、かわす、かわす。
 骨が若返ったことにより狂骨の機敏さが増した。動きこそは素人然であり、冷静になれば対処はさほど難しくはない。だがそれが延々と続くとなれば話が変わってくる。

「くっ」

 すでに藤士郎の表情に余裕はなかった。
 一方で狂骨はますます元気にて、かたかた顎を震わせる。
 このままでは先に自分の体力が尽きる。かといって攻撃をすれば手痛いしっぺ返し。だから藤士郎は……。

「だったらこれならどうだ!」

 向かってくる狂骨。ずっと逃げの一手だった藤士郎がいきなり反転。狂骨の脇を抜けて背後をとったところで外したのは己の帯。そいつを使って狂骨を縛り拘束する。
 狂骨がじたばたもがいているのを横目に藤士郎は褌一丁になり、脱いだ着物は丸めて小脇に抱える。はだけて邪魔になったからだ。こうして身軽になったところで、藤士郎は一目散に駆け出した。

「やれ、これでようやくひと息つけそうだよ」

 が、そんな藤士郎の願いは適わない。
 ばらばらばら……、唐突に崩れた骸骨の身。これにより帯から抜け出し自由になったところで、すぐにまたくっついて狂骨は元通りになった。そしてすぐさま追跡を開始する。

「嘘だろう。そんな芸当も出来るだなんて……」

 もし上手くいくのならば、同じ方法で今後もしのげるのではと目論んでいた藤士郎であったが、そんな浅知恵を嘲笑う狂骨。

「だったらこれでも喰らえ」

 すぐ背後にまで迫った狂骨に藤士郎は脱いだ着物を広げて頭から覆いかぶせる。初日に土蔵で筵にて視界を塞いだことを再現。そうして相手が着物の中で暴れているうちに、脱兎のごとく逃げ出して今度こそ距離を稼ぐ。

「ふぅ、縄は駄目だけど網の類は使えそうだ。けどこの村には漁網なんてないだろうし、村長のところなら蚊帳ぐらいあるかな?」

 そんなことをつぶやきながら藤士郎が濃霧の中を走っていると、どこからともなく聞こえてきたのが、かさこそという紙がすれる音。
 警戒する藤士郎であったが、ひらりと舞い降りたのが白い小鳥だとわかって、ほっ。
 それは紙でできた式神であった。巌然の弟子である堂傑が得意とする陰陽師の術。そういえば巌然が「御札の紙についてはちゃんと考えてある」みたいなことを言っていたが、どうやら式神にして江戸から小谷村へとじゃんじゃん運ばせる算段であったようだ。
 白い小鳥は藤士郎の腕にとまるなり首を垂れてくたり。仮初の命を失いただの紙片へと戻る。濃霧の中、目を凝らしてどうにか紙片に目を通せば『光に従え』との走り書き。巌然も焦っているのか、文字にいつもの優麗さはない。
 直後に、ぽつんと彼方に浮かんだのは小さな光。ちかちか明滅を繰り返している。

「あれに向かって進めということかな」

 首を傾げつつ藤士郎はそちらへと移動する。でもある程度まで近づいたところで、ふっと光が消えてしまった。
 かとおもったら、ちがう方向にてまたあらわれる。それを追い進むとまた……。
 そんなことを何度もくり返す。
 ここは八卦の陣。内部は見た目よりもずっともっと入り組んでおり、真っ直ぐに進んでも抜けられない。抜け出すにはきちんと手順を踏む必要があるようだ。察した藤士郎は狂骨の襲撃を警戒しつつ、ひたすら光を追う。

  ◇

 唐突に霧が晴れた。
 水無川の石河原へと出られた。
 安堵したとたんにどっと押し寄せた疲労により、藤士郎がへたり込んでいると「無事に戻ったか」と声をかけてきたのは巌然。

「いきなり八卦の陣に突っ込んだ時にはさすがに焦ったぞ。だがついていたな。たまさか堂傑がこっちに紙を寄越してくれたのと重なったおかげで、どうにか連絡がとれた」

 いかに法力の強い巌然とて畑違いゆえに自力で式神は飛ばせない。だが堂傑が術を施した紙を利用することで、短い時間であればどうにか。
 おかげで藤士郎は助かったわけだが、そもそもの話として事前に巌然がしっかり説明をしていなかったのが悪い。
 ゆえに不承不承にて藤士郎は「ありがとうございました」と言っておく。
 じきに夜が明け、辛くも二日目の夜を乗り切った藤士郎たちであった。


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