狐侍こんこんちき

月芝

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其の百五十三 竹林隧道

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 土塀の崩れているところから九坂邸の敷地内へと潜り込んだ女の子。
 すぐに追いかけたら勘づかれるので、少し間を置いてから藤士郎たちもあとに続く。

「しかし妙なことになったもんだね。泥棒みたいにこそこそと。自分の家なのになんだか変な気分だよ」
「にしししっ、藤士郎が横着をして門の潜り戸を使わないのはいつものことだがな」
「そう言う銅鑼だって似たようなもんじゃないか」
「おれはべつにいいんだよ。なにせ猫だもの」
「………………」

 都合のいい時だけ猫のふりをする銅鑼。藤士郎はじと目を向けつつ、壁の向こうの様子をうかがう。どうやら大丈夫そうなので、敷地内へと。

  ◇

 母志乃に見つかるとめんどうだ。余計な用事を言いつけられたり、お小言を頂戴したりするので、まずは女幽霊がいないかどうかを手早く確認。

「しめしめ、母上は……近くにいないみたいだね。今日はいい天気だし、中庭で洗濯物の相手でもしているのかな」

 藤士郎が母志乃の動向を気にしている足下では、銅鑼が地面に鼻を近づけてくんかくんか、匂いにて女の子の行方を探っている。ただし食いしん坊のでっぷり猫のこと、辿っているのは彼女が懐に抱えている団子の甘い匂いではあるが……。

「こっちだ、藤士郎。どうやら道場裏の方に行ったみたいだぞ」

 さっさと歩き出す銅鑼に、藤士郎もついていく。
 建物沿いに進んだ突き当り、角を左に曲がって道場脇へと入ったとたんに、日当たりが悪くなって空気が湿っぽさを増した。つんとする。やや鼻につくのは、壁に生えた黒かびのせいか。あと食べたらきっとえらいことになりそうな茸がぽこぽこ生えているのも、ちょっと気になる。
 しかし銅鑼はそんなことにはお構いなしで、ずんずん先へと進む。

 道場建屋を迂回して裏庭へと抜けた。さらには母上が趣味と実益を兼ねて世話をしている小さな畑をも越えて、到達したのは家の裏にある竹林。
 九坂家の地所ではない。
 というか持ち主がいるのかどうかもよくわからない。少なくとも藤士郎はこの地に生まれ育って二十二を数えているが、それらしき人物が立ち入っている姿を、ただの一度も見かけたことがない。
 だもので、手入れもされていないから竹林の中はぐちゃぐちゃ。夏になると大量に藪蚊が発生して、ぶんぶんとやかましい。
 その迷惑料というわけではないけれども、藤士郎もたまに立ち入っては、青竹やら竹の子なんぞを勝手に拝借している。

「とはいえ、ここに来るのはずいぶんとひさしぶりだよ。前に来たのはいつだったっけ」

 鬱蒼と茂っている竹林を前にして、首をひねる藤士郎。すぐに思い出せないぐらいにも前だということだけはたしか。
 であるからして、入り口や道なんぞはとっくに塞がっている。竹の成長はとても早いのだ。それでいて葉の縁は鋭く、人の肌なんぞはたやすく裂く。
 このまま無理に立ち入れば枝葉で全身が傷だらけになっていまう。だから藤士郎は家に戻って鉈を用意しようとするも、それよりも先に銅鑼が「見つけた!」と声をあげる。
 銅鑼は発見したのは獣道の入り口。
 それは長身痩躯な藤士郎でも四つん這いになれば、どうにか通れそうな緑の隧道(すいどう)。

「えっ、ここを通るの?」

 躊躇する藤士郎に「ほら、さっさと行くぞ」と銅鑼が急かす。
 でっぷり猫に引っ張れる格好で、狐侍はしぶしぶ隧道の中へ。

  ◇

 表から見たよりも、中はおもいのほかに快適な緑の隧道。
 ここのところ頻繁に行き来しているせいか、足場は踏み固められており、余計な枝が飛び出していることもなく、わりとするする進める。とはいえそこは獣道ゆえに人の身である藤士郎が、ときおり頭や背にお尻などを低い天井に擦っては「あ痛っ」となるのはご愛敬。

 ぶつぶつ文句を言いながら這い進んでいた藤士郎であったが、先導する銅鑼が急に立ち止まり「しっ」と言ったもので、あわてて口をつぐむ。
 無言のまま、顎をくい。目で「あれを」と語る銅鑼。
 促された先は隧道の出口。
 そこは竹林の奥にぽっかり開いた場所にて、そこにだけ木漏れ日が優しく降り注いでおり、周囲よりも明るくなっている。
 よく見てみれば、こんもり少し地面が盛り上がっており、落ち葉で隠すようにしてあったのは、巣穴の入り口。
 ようやくお目当ての場所に来れた。
 こここそが下手人のねぐらと見て、まず間違いなかろう。
 あとは巣に踏み込んで、首根っこを引っ掴んでとっちめるのみ!


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