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其の六十五 決着
しおりを挟むがちり、がちり。
不気味に牙を噛み鳴らし、嬌声をあげながら中空より襲いかかってくる雅藍の飛び首。
相手は自在に空を飛ぶもので、小太刀を握る藤士郎は自然と防戦一方となる。
有利なのをわかっているのだろう。雅藍の飛び首は素早く飛び回りながら、一撃離脱を繰り返しては、獲物を弄るかのように少しずつ藤士郎の身を削っていく。
そうしている間にも、もとから乏しかった余力がみるみる目減りしていき、藤士郎はついに肩で大きく息をするように……。
「ふぅ、立ってるだけでもしんどいや。ちょいちょい視界もぼやけるし、頭もくらくらする。左腕はしびれていよいよ使い物にならない。さっき殴られた脇腹も痛い。肋骨が折れていないのは運がよかったけど。さすがにこれ以上、長引かせるのはまずいよね。にしても、あれってちょっとずるくない?」
ぶつぶつ不平を零す藤士郎。視線の先では「けたけた」笑いながら飛んでいる首。
最初のうちは断面から血がぽたぽた垂れていたのに、それがいつのまにか止まっていた。ばかりか、最初に藤士郎が斬りつけた傷も塞がっている。
どうやら傷ついた端から回復しているらしい。
つまり中途半端に斬りつけたところで無駄、効果はないということ。
ただでさえ理不尽な存在が追い詰められたことで、よりやっかいな化け物に変貌しつつある。
「こんなことなら巌然さまから霊刀の一本でも借りてくるんだったよ。でもあれってば三十両もするしなぁ。なにより壊したら弁償しなきゃいけないし」
藤士郎は手の中にある愛刀をちらり。
小太刀・烏丸は、伯天流剣術の継承者に代々受け継がれてきた、九坂家先祖伝来の……。
というわけではない。
幼少期に父母に連れられて訪れた知念寺の古物市で、たまたま見かけたのを気に入って、ねだって買ってもらった品。そのとき払った代金の額は忘れてしまったが、ずいぶん粘ってかなり安くしてもらった覚えがある。
なお烏丸とは藤士郎が勝手につけた銘である。
安くて丈夫で妙に手に馴染む小太刀。
じつはそれゆえに気兼ねなく振り回せる。これこそが狐侍の技の冴えを支えている秘密でもあった。
弘法筆を選ばずというが凡人には無理。上等な筆なんぞ、きっと震えてまともに握れやしないはず。藤士郎の場合もそれと同じである。
そういった点では、烏丸との出会いは藤士郎にとって僥倖であったといえよう。
どうにか倒す術はないかと必死に考える藤士郎。
ふと思い出したのが、ずっと懐にしのばせてあったお札の存在。
巌然さまから持たされた獣除けのご利益があるお札。中には呪文とともに犬神の絵が描かれている。
「そういえばこのお札には巌然さまの法力が込められてあるんだよね。それに犬神はとっても強くて、他の獣を寄せつけないはず……」
何事かを閃いた狐侍、おもむろに走り出す。
どうせこれが最後だからと体力の出し惜しみはせず。
足が動くままに向かったのは屋敷の中。
逃がすまいと雅藍の飛び首もすかさずこれを追う。
こうして戦いは外から内へと場所を移した。
◇
加賀藩の上屋敷、奥の御殿。
忍び込んだゆえに、内部のことはある程度把握している。
廊下を抜け、藤士郎が目指したのは二十畳ほどの広さの座敷。
襖を蹴倒し、転がるように室内へと入った藤士郎。
すぐうしろに雅藍の飛び首が迫る。あと少しで牙が届く。
というところで邪魔をしたのは畳。
ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
小気味よい音とともに、次々にふわりと身を起こす畳たち。
藤士郎による畳返し。宴会の余興にと身につけた術。芸は身を助けるとはよくいったもの。
おもむろに立ち上がった畳に鼻先をぶつけて、否応なしに雅藍の飛び首の動きが鈍った。
それを待っていたとばかりに、一枚の畳がぐんと押して参る。
まるで盾のように迫ってくる畳。うしろには藤士郎の姿があった。
あわててこれを避けようとする雅藍の飛び首であったが、ここは室内にて、周囲には邪魔な畳たちがあって、どうにもままならない。
自分が死地に誘い込まれたと気がついたときには、すでに後の祭り。
まごついてるうちに、いっきに詰め寄られて、そのまま部屋の隅へと押し込まれる。
そして抑え込まれたところで、ずぶり。畳越しに突き入れられたのは小太刀。
切っ先が額へと刺さった瞬間に、雅藍の飛び首が筆舌にしがたい絶叫をあげた。
限りなく不死に近づいていた化け物が、苦しみのたうちまわる。
原因は小太刀の鍔のあたりにあった。犬神のお札が刺された格好にて添えられてある。
いささか罰当たりかもしれないが、おかげで妖退治で勇名を馳せる御坊の法力がたっぷり刃にのったよう。
なおも逃れようと暴れる雅藍の飛び首。
させじと懸命に抑えながら、藤士郎は小太刀の柄頭にのしかかるようにして、さらにぐいと押し込む。
「これで仕舞いだよっ! どうか往生しておくれ」
そうして踏ん張ること半刻ほど。
ようやく力尽きた雅藍の飛び首。
ごとりと落ちて、それきり動かなくなった。
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