狐侍こんこんちき

月芝

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其の一 九坂家の事情

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 ひゅうどろどろ、うらめしや~。

 古今東西、お化けが顔を出すのは、お天道さまが暮れてからと相場が決まっている。
 だというのにうちのときたら……。

「ほらほら、藤士郎さん、はやく起きなさい。いいお天気なのにぐずぐずしていたらもったいない。あっ、そうだわ! せっかくだからお蒲団を干しちゃいましょう。それともいっそのこと、家中の畳をあげちゃおうかしらん」

 朝からほっかむり姿にてはりきっている女人の幽霊。
 生者よりも死者の方が活きがいいとは、これいかに?
 そんな彼女の名は九坂志乃(くさかしの)という。
 なにを隠そう、ついふた月ほど前に季節外れの風邪をこじらせぽっくり逝った、私の母上である。
 四十九日の法要を終えて、やれやれ。
 気を抜いているところに、ふらり舞い戻り「ただいまー」

 足がなくふわふわ宙に浮いている母上は、身も声の調子もすこぶる軽かった。
 もっともその半分透けた情けない姿を前にして「おや、これはまたずいぶんとおはやいお帰りで」と応じた己もたいがいなのかもしれない。
 この母にしてこの子あり。
 しれっと化けて出た母志乃、ひとり残した息子の行く末を案じて……。
 というわけではない。
 まぁ、そのへんの事情については、おいおいということで。

  ◇

 急かされ、もそもそ寝床より這い出す。
 昨夜は夜なべして写本仕事を仕上げていたもので、まだ眠い。
 しかし母志乃は言い出したら聞かないので抵抗するだけ無駄。
 だというのにである。いざ蒲団をあげようとすると何やら重たい。
 みれば隅にてだらしなく寝そべる毛玉の姿があった。
 うちのおんぼろ道場に住みついている居候。

「そこをどいておくれよ。これから蒲団を干すんだから」

 ぐいぐい引っ張り催促するもなかなか言うことをきいてくれないのは、黒銀毛の虎柄をしたでっぷり猫。
 彼の名は銅鑼(どら)。
 むっつりしかめっ面。へちゃむくれにて愛嬌はなく、太っており、態度も見た目もとてもふてぶてしい。そのふてぶてしさときたら、まるでお芝居に登場する悪代官のごとし。
 ただし、お腹まわりはぷにぷにしており、これがえもいわれぬ感触にてたいそう心地良い。でもいけずなのでめったに触らせてはくれない。

「おいこら、だれがふてぶてしいいけず猫だ。それから藤士郎、かんちがいをするでない。おれは太っているわけじゃない。他の猫どもよりもほんの少しばかし恰幅がよく、貫禄があるだけだ」
「はいはい、わかったから。ほら、はやくどいたどいた」
「ふんっ」

 億劫そうに立ちあがった銅鑼。一度のびをして大あくび。台所の方へ去っていく。
 さて、すでにお気づきかもしれないがご覧のとおり、うちの猫は人語を解す。
 でも尻尾はふつう。枝分かれしていないから、たぶん猫又やらとはちがうはず。
 以前にそのへんのことが気になったもので、銅鑼にたずねたのだが「そのうちわかる」とにへら。はぐらかされてしまいそれきり。ゆえに本当のところはわからない。

 門下生が絶えてひさしい貧乏道場。そこの跡継ぎにして現当主が、私こと九坂藤士郎(くさかとうしろう)。御年二十二歳、独身。
 幽霊となってひょっこり出戻った母志乃。
 しゃべる猫の銅鑼。
 ちなみに先代の父平蔵はすでに去世の身。現在はあちらで悠々自適に……。
 ではなく、なんの因果か地獄にて官吏の職についている。世に悪党の種が尽きぬせいで、毎日てんてこ舞いでしんどいと、この前夢枕にてぼやいていた。

 これが九坂家の事情。
 まぁ、なんというか。他所さまのところに比べると、ちょいと変わっているとの自覚はある。


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