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その五十 黄泉路
しおりを挟む祝い山沿いをひたすら右回りに進む一行。
ではどうして左方面を選ばなかったのか?
理由は少し進んだところに水路が流れているからである。水路といっても大型の船が行き来できるほどの深さと幅があり、星鏡湖にまで通じている。
この水路の起点となるところには、ときおり滝が出現する。
山の上にある青眼湖に設けられた堰からの放流。湖の水位を調整するためなのだが、毎回、けっこうな量の水が轟々と落ちてきては、これにより水路の流れもずんときつくなる。
放流は不定期。いちおう事前に鐘が打ち鳴らされるものの、聞き逃してうっかり巻き込まれたら、たとえ禍躬の身とて危うい。
そんな場所に好んで近寄るとは思えないとの意見にて、忠吾と弥五郎、新旧ふたりの禍躬狩りは一致し、ゆえに右の方を探索することとなった。
◇
一日目は特に収穫なし。
つねに警戒しながら。いかに山狗がいるとはいえ油断はできない。終わらない緊張が足どりを重くする。そのせいで体力には自信があるはず男たちの顔に、早くも疲労の色があらわれ始めている。
二日目も進展なしかとおもわれたが、昼過ぎに妙な風の流れを感じ、これを追った先にて怪しげな洞穴を発見する。
いかにもな雰囲気ではあるが、いささか入り口が小さい。人の身には充分でも禍躬の身体はとても通りそうにない。出入りするたび岩を動かし、出入りを悟らせないように誤魔化しているのかと訝しみ調べてみたが、そのような形跡はなし。
山狗のビゼンもまるで反応を示さぬことから、おそらくは禍躬シャクドウとは無縁の場所であろう。
しかし探索方の者らには何やら心当たりがあるらしい。
そこで縁より奥を覗き込んでいた緒野正孝が「この穴は?」とたずねれば、探索方のうちの一人が「おそらくは黄泉路かと」と答えた。
◇
信仰の対象ゆえに、祝い山にまつわる伝承は数多あり。
黄泉路についての話もそのひとつ。
この山の地下にはまるで蟻の巣のように無数の穴が広がっており、迷宮のようになっている。もしも迷い込んだが最後、二度と地上には出られないという危険な場所。
ゆえに時の女王の指示により、民が足を踏み入れないよう、すべての洞穴の口を塞いでしまったという。しかし長い歳月が流れるうちに封に綻びが生じ、所々顔を出すようになったんだとか。
あるいはこんな話もある。
いつの時代にも未知をそのままにはしておけぬ、好奇心旺盛かつ勇敢な若者がいる。
とある青年が意を決し黄泉路の探索へと挑んだ。頼りとするのは、恋人から渡された朱色の糸玉。入り口からの道行き、糸をのばしながら進むことで迷わず帰還できるようにとの考え。
恋人が青年の無事を祈り編んでくれた糸。託された糸玉は全部で五つ。
暗路をずんずん進むうちに、あっという間に四つの糸玉を使い切ってしまう。残るひとつもみるみる縮んでいく。
「もはや、これまでか」
青年が諦めかけたとき、彼の耳に届いたのは水が流れる音。
「こんな地の底に川が?」
音に導かれるようにして進んだ先にて、青年が目にしたのは轟々とした黒い流れと、これをゴクゴクと呑み込む巨大な口のような大穴。
すべてが闇の底へと消えていく。それはとても恐ろしい光景であった。
「黄泉へと通じているという話はまことであったか」
納得した青年は闇を塗り込めたかのような流れを「死の川」と、すべてを呑み込む大穴を「奈落」と名づけ、冒険を終えて帰路についた。
その後の詳細は不明ながらも、話が後世へと伝わっていることから、きっとふたりは結ばれて末永く幸せに暮らしたのであろう。
◇
話を聞き終えた正孝。
「よもや禍躬シャクドウは黄泉路に潜んでいるのやも」
しかしこの話をしてくれた探索方の男は即座に首をふる。
「いいえ、それはないかと。黄泉路はどこも狭く、ところによってはしゃがまねば通れぬほどとか。あの図体では頭もろくに通りますまい」
彼らが話し込んでいると、すでに先へと向かっていた他の者たち。
立ち止まりふり返った弥五郎から「もたもたしていたら置いていくぞ」と言われて、ふたりはあわててあとを追った。
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