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其の五十一 黄泉平坂
しおりを挟む風光明媚な祝い山。
だがそれはあくまで雄壮な山が見せる顔の一面に過ぎない。
遠目には貴婦人のごとく優美にて、どれほど均整がとれていようとも、間近に接すれば粗が目立つ。急な斜面、ごつごつした山肌、焦げたような色味をした穴だらけの大小の岩が転がり歩くのに苦労する悪い足場、ときに崖崩れや崩落現場に行き交う、深い裂け目や絶壁と呼べる難所までもあった。
男たちはそられを協力して越えては、ひたすら突き進む。
山沿いを右へ右へ。
ぐるりと回って裏側へと近づくほどに、吹く風が格段に冷たくなった。万年雪や氷壁が残る場所もあり、日陰に入れば吐く息が白くなり、たちまち凍えるほど。おかげで男たちは日中でも外套を手放せなくなった。
野営をし歩き続けること、すでに五日目。
体力もそうだが何より気力の消耗が激しい。影のようにつきまとう倦怠感。
いまだ禍躬シャクドウの痕跡は発見されていない。
そのことが疲労に拍車をかける。
そろそろ探索を切りあげ、いったん戻るべきでは?
誰云うともなく、そんな空気が一同の中に流れつつあった。
忠吾はまだ平気であったが、みながこの調子では無理をしてもしようがあるまい。帰路のことも考えれば、まだ余力が残っているうちに引き返すべき。
そう判断し、忠吾が一時撤退を言い出そうとした矢先のことであった。
ビゼンがひと吠えし、ふいに駆け出す。コハクもこれに続く。
どうやら山狗たちが何かを発見したらしい。反応からして、禍躬シャクドウの痕跡をついに捉えたとおもわれる。
こうなると現金なもので、疲れもどこへやら。
俄然、目の色を変えたのは弥五郎。野心家の若者は誰よりも先に駆けだす。これに触発されて正孝や他の者らも走り出した。
ついさっきまでふらふらしていたのが嘘のような力強い足取り。
苦笑しながら忠吾も歩みを早める。ただし老禍躬狩りは同時に火筒の準備も怠らない。一度、カラのままで引き金を絞り、弾き金を落とす。カチリと音がしてきちんと作動するのを確認後、素早く紙筒の薬莢と玉を装填。いつでも使える状態にし、周囲に警戒しつつ駆け足にてみなの背を追った。
◇
二頭の山狗はあるモノを前にして立ち止まっている。
追いついた男たちもそれを見上げるばかり。
探索方の五名がざわつく。
「なんだこれは? こんなものがあるだなんて話、ついぞ聞いたことがないぞ」
「いったい、いつのまに出来たのだろう」
「おいおい冗談だろう。山の上の方にまでのびているじゃないか」
「しかし、なんと禍々しい……」
「まるで死者の国に通じているとかいう黄泉平坂のようだ」
女王直下の間諜組に所属する彼らほど、湖国の領内について詳しい者はいない。
そんな彼らの知らないソレは一見すると山頂へと通じる坂のようであり、または麓から頂へとのびた道、あるいは架け橋のよう。
ふつう、天へとのびている道には、どこか神々しき荘厳さがあって、栄光とか明るい未来を連想させるもの。
しかしここにはそのような要素が微塵もない。
そびえる険路に漂うのは、濃い死のニオイと陰鬱なる影ばかり。
見た目こそは荒涼とした、ただの石くれの集まり。けれどもまるで葬列を見送っているときのような、やるせない空気が場に充ちている。忌み山に雰囲気が少しにているかも。
理屈ではない。
生者にそう感じさせるだけの何かが、ここには確かにある。
何らかのひょうしに崩れた岩壁が、たまさかそのような形状になったのであろうが、禍躬シャクドウの身でも充分に渡れるほどのしっかりとした足場を形成している。
ここを利用しているであろう唯一の存在が垂れ流す邪悪な残滓。そいつがこびりついているせいか、場までもが穢されてしまっているかのよう。
坂の麓付近のニオイをしきりにかいでいる二頭。
その真剣な眼差しからして、禍躬シャクドウがここを利用しているのは間違いなさそう。
しかしこれはいささか想定外であった。
祝い山の近辺に巣なり蔵を構えているとは予想していたが、よもや山の上と下を自由に行き来しているとまでは忠吾も考えていなかったからだ。
現在、祝い山は封鎖されている。
ゆえに王族らが都島を離れて神殿や別邸の「竜宮」を訪れることもなく、管理に必要な最低限の人間が出入りしているだけとなっている。だがそれすらも陽が暮れる前には山を降りてしまう。
日中、禍躬シャクドウはどこぞで息を潜めてやり過ごし、夜になると姿をあらわしては、誰もいなくなった祝い山の上で、のうのうと下界を見下ろしながら暮らしている。こうなると最悪、「竜宮」内に潜り込んでいる可能性すらもある。
追われつけ狙われる身でありながら、なんという胆力、大胆不敵さかっ!
男たちは霧煙る山の上へと続く坂を見上げ、じっとにらむ。
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