上 下
21 / 154

その二十一 海姫山彦

しおりを挟む
 
 海の女は陸の女とはちがって明け透けで屈託なく笑い、それでいてとても情熱的で一途なところがある。
 ようは情が深いのだ。
 それを象徴するかのような逸話がある。

 ある海賊の娘がひょんなことから山の狩人に恋をした。
 たまさか火筒を放つところを目撃し、その凛々しい姿にひと目惚れ。
 さっそく狩人に「嫁にしてくれ」と迫る。
 だが狩人は首を横に振った。

「すまないが、自分は山と添い遂げる覚悟にて猟に勤しんでいる。女人にうつつを抜かしている暇はない」と。

 なんど迫っても狩人はつれない。頑として女の想いを受け入れない。
 よくある悲恋話であれば、ついには悲嘆した娘が海なり滝つぼなりに身を投げて、それを憐れんだ神さまが……。
 といった流れになるのだが、そこはそれ、海の女はひと味ちがう。ましてやくだんの女子は海賊の娘。誰も予想しない斜め上の行動をとる。

 静かな満月の夜であった。
 海賊の娘は一族郎党を引き連れて、意中の狩人の住む山小屋を襲撃。
 私財の一切ごと、男の身柄をさらってしまったのである。

「海賊ならば海賊らしく、欲しいものは奪ってでも手に入れる!」と豪語する娘。

 男がよその村に住む女をさらっては嫁にするという、嫁獲り譚は数あれど、その逆という話はとんと聞いたことがない。
 周囲もあきれる強引さではあったが、さりとてその裏には並々ならぬ覚悟があってのこと。もしもこれでダメならば、男の首をかき切って、返す刀で己の胸をも刺し貫き、共に果てるまで。

 一途や恋慕というにはあまりにも激しい情念。
 その熱は自身のみならず、恋した相手をも焼き尽くしかねない。
 これをまざまざと見せつけられた狩人は、はぁと深いため息をつき、ついに観念する。
 この話はたいそう評判となり、婿取り譚「海姫山彦」として広く世に語られることになった。

  ◇

 伊瑠と名乗った娘から「面を貸せ」と言われて、「わかった」と腰をあげかけた忠吾。
 だがこれに待ったをかけたのが、補佐役であり検分役でもある緒野正孝。
 若き武官は「いきなり押しかけて、ついて来いとはなんたる無礼か! 断じて行ってはなりませんぞ、忠吾殿。御身は伊邪王より湖国へ派遣される大事な身。用があるのならば向こうから出向いてくるのが筋というもの」とたいそう怒る。

 なかなかの偉丈夫である正孝が仁王立ちとなり怒気もあらわ。伊瑠をねめつける。
 ただでさえ身長差があるふたり。
 片や上がり框にて、片や土間ゆえに、その差はさらに広がり大人と子どもほどもある。
 だというのに伊瑠は、わずかに目をそらすこともなく、堂々と正孝をにらみ返しているではないか。

「あーもう、ピーピーうるさい。あんたに用はないんだよ。関係のない三下は黙ってな。碧の組の頭が呼んでいるのは『伝説の禍躬狩りの男』なんだから」
「なんだと! 伊邪王に仕える武官のそれがしを愚弄するのかっ」
「はぁ、愚弄ってなんだよ? いちいち大袈裟な言葉を使いやがって。ムズカシイ言葉を並べればえらいってわけじゃないんだぞ。あたいはただ用がないって言ってるだけだろうが。本当にめんどうくさい奴だなぁ。あんた、そんなんじゃあ、海の女にはモテないよ」
「っ!」

 とんだ勝ち気な娘さんにて、言い負かされた正孝が絶句し目を白黒させている。
 二人のやりとりがおかしくて忠吾もくすり、つい口の端が緩んでしまうのを抑えられない。
 ぽんぽん飛び交う言葉のかけあいが愉快ゆえに、もう少し眺めていたいところではあるが、わざわざ自分の娘を遣いに寄越したからには、相応の用事があるのだろう。
 だから忠吾は「もう、そのへんで」となおも喰ってかかろうとする正孝をなだめる。

「伊瑠の母である瑠璃は、ここいらでは知らぬ者がいないほどの有名人だ。ほら、正孝殿も聞いたことがないか? 『海姫山彦』の話を。あれに登場する海賊の娘とは瑠璃のこと。そしてまんまとかっさらわれたという狩人は、同胞であった隆瀬(たかぜ)という男のことなんだ」
「えっ、ということは、この無礼な娘は……」
「まぁ、そういうことだ。で、父である隆瀬とはあれが現役の頃に二度ほどいっしょに仕事をしたことがある仲でな」

 だからこそ忠吾は、伊瑠の誘いにすぐに応じようとしたのだが。
 事情を知って「そういうことでしたら」といちおう矛をおさめる正孝。しかし「ほれ、みろ。どうだ、まいったか」と勝ち誇る伊瑠に「ぐぬぬぬぬ」
 それに苦笑しつつ忠吾は「では、そろそろ行こうか」と腰をあげた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

魔王の飼い方説明書

ASOBIVA
児童書・童話
恋愛小説を書く予定でしたが 魔界では魔王様と恐れられていたが ひょんな事から地球に異世界転生して女子高生に拾われてしまうお話を書いています。 短めのクスッと笑えるドタバタこめでぃ。 実際にあるサービスをもじった名称や、魔法なども滑り倒す覚悟でふざけていますがお許しを。 是非空き時間にどうぞ(*^_^*) あなたも魔王を飼ってみませんか? 魔王様と女子高生の365日後もお楽しみに。

巫神楽の後継者

神山小夜
児童書・童話
さまよえる魂を黄泉の国へ送る巫神楽。 代々伝わる魂送りの舞と笛。 受け継いだのは、高校生の巫山天音と巫川邪馬斗。 だが、遊びたい盛りの二人は、部活に夢中で巫神楽をおろそかにしていた。 年に一度の例祭で、いつものように神楽を奉納したが、御神体の鏡が砕け散ってしまう。 失われた鏡の力を取り戻すため、天音と邪馬斗は巫神楽と真剣に向き合うことになる。 様々な人の想いを受け止めながら……。

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

【完結】カミサマの言う通り

みなづきよつば
児童書・童話
どこかで見かけた助言。 『初心者がRPGをつくる時は、 最初から壮大な物語をつくろうとせず、 まず薬草を取って戻ってくるという物語からはじめなさい』 なるほど…… ということで、『薬草を取って戻ってくる』小説です!  もちろん、それだけじゃないですよ!! ※※※ 完結しました! よかったら、 あとがきは近況ボードをご覧ください。 *** 第2回きずな児童書大賞へのエントリー作品です。 投票よろしくお願いします! *** <あらすじ> 十三歳の少年と少女、サカキとカエデ。 ある日ふたりは、村で流行っている熱病の薬となる木の葉をとりにいくように、 カミサマから命を受けた。 道中、自称妖精のルーナと出会い、旅を進めていく。 はたして、ふたりは薬草を手に入れられるのか……? *** ご意見・ご感想お待ちしてます!

天使くん、その羽は使えません

またり鈴春
児童書・童話
見た目が綺麗な男の子が、初対面で晴衣(せい)を見るやいなや、「君の命はあと半年だよ」と余命を告げる。 その言葉に対し晴衣は「知ってるよ」と笑顔で答えた。 実はこの男の子は、晴衣の魂を引取りに来た天使だった。 魂を引き取る日まで晴衣と同居する事になった天使は、 晴衣がバドミントン部に尽力する姿を何度も見る。 「こんな羽を追いかけて何が楽しいの」 「しんどいから辞めたいって何度も思ったよ。 だけど不思議なことにね、」 どんな時だって、吸い込まれるように 目の前の羽に足を伸ばしちゃうんだよ 「……ふぅん?」 晴衣の気持ちを理解する日は来ない、と。 天使思っていた、はずだった―― \無表情天使と、儚くも強い少女の物語/

命令教室

西羽咲 花月
児童書・童話
強化合宿に参加したその施設では 入っていはいけない部屋 が存在していた 面白半分でそこに入ってしまった生徒たちに恐怖が降りかかる! ホワイトボードに書かれた命令を実行しなければ 待ち受けるのは死!? 密室、デスゲーム、開幕!

処理中です...