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その二十一 海姫山彦
しおりを挟む海の女は陸の女とはちがって明け透けで屈託なく笑い、それでいてとても情熱的で一途なところがある。
ようは情が深いのだ。
それを象徴するかのような逸話がある。
ある海賊の娘がひょんなことから山の狩人に恋をした。
たまさか火筒を放つところを目撃し、その凛々しい姿にひと目惚れ。
さっそく狩人に「嫁にしてくれ」と迫る。
だが狩人は首を横に振った。
「すまないが、自分は山と添い遂げる覚悟にて猟に勤しんでいる。女人にうつつを抜かしている暇はない」と。
なんど迫っても狩人はつれない。頑として女の想いを受け入れない。
よくある悲恋話であれば、ついには悲嘆した娘が海なり滝つぼなりに身を投げて、それを憐れんだ神さまが……。
といった流れになるのだが、そこはそれ、海の女はひと味ちがう。ましてやくだんの女子は海賊の娘。誰も予想しない斜め上の行動をとる。
静かな満月の夜であった。
海賊の娘は一族郎党を引き連れて、意中の狩人の住む山小屋を襲撃。
私財の一切ごと、男の身柄をさらってしまったのである。
「海賊ならば海賊らしく、欲しいものは奪ってでも手に入れる!」と豪語する娘。
男がよその村に住む女をさらっては嫁にするという、嫁獲り譚は数あれど、その逆という話はとんと聞いたことがない。
周囲もあきれる強引さではあったが、さりとてその裏には並々ならぬ覚悟があってのこと。もしもこれでダメならば、男の首をかき切って、返す刀で己の胸をも刺し貫き、共に果てるまで。
一途や恋慕というにはあまりにも激しい情念。
その熱は自身のみならず、恋した相手をも焼き尽くしかねない。
これをまざまざと見せつけられた狩人は、はぁと深いため息をつき、ついに観念する。
この話はたいそう評判となり、婿取り譚「海姫山彦」として広く世に語られることになった。
◇
伊瑠と名乗った娘から「面を貸せ」と言われて、「わかった」と腰をあげかけた忠吾。
だがこれに待ったをかけたのが、補佐役であり検分役でもある緒野正孝。
若き武官は「いきなり押しかけて、ついて来いとはなんたる無礼か! 断じて行ってはなりませんぞ、忠吾殿。御身は伊邪王より湖国へ派遣される大事な身。用があるのならば向こうから出向いてくるのが筋というもの」とたいそう怒る。
なかなかの偉丈夫である正孝が仁王立ちとなり怒気もあらわ。伊瑠をねめつける。
ただでさえ身長差があるふたり。
片や上がり框にて、片や土間ゆえに、その差はさらに広がり大人と子どもほどもある。
だというのに伊瑠は、わずかに目をそらすこともなく、堂々と正孝をにらみ返しているではないか。
「あーもう、ピーピーうるさい。あんたに用はないんだよ。関係のない三下は黙ってな。碧の組の頭が呼んでいるのは『伝説の禍躬狩りの男』なんだから」
「なんだと! 伊邪王に仕える武官のそれがしを愚弄するのかっ」
「はぁ、愚弄ってなんだよ? いちいち大袈裟な言葉を使いやがって。ムズカシイ言葉を並べればえらいってわけじゃないんだぞ。あたいはただ用がないって言ってるだけだろうが。本当にめんどうくさい奴だなぁ。あんた、そんなんじゃあ、海の女にはモテないよ」
「っ!」
とんだ勝ち気な娘さんにて、言い負かされた正孝が絶句し目を白黒させている。
二人のやりとりがおかしくて忠吾もくすり、つい口の端が緩んでしまうのを抑えられない。
ぽんぽん飛び交う言葉のかけあいが愉快ゆえに、もう少し眺めていたいところではあるが、わざわざ自分の娘を遣いに寄越したからには、相応の用事があるのだろう。
だから忠吾は「もう、そのへんで」となおも喰ってかかろうとする正孝をなだめる。
「伊瑠の母である瑠璃は、ここいらでは知らぬ者がいないほどの有名人だ。ほら、正孝殿も聞いたことがないか? 『海姫山彦』の話を。あれに登場する海賊の娘とは瑠璃のこと。そしてまんまとかっさらわれたという狩人は、同胞であった隆瀬(たかぜ)という男のことなんだ」
「えっ、ということは、この無礼な娘は……」
「まぁ、そういうことだ。で、父である隆瀬とはあれが現役の頃に二度ほどいっしょに仕事をしたことがある仲でな」
だからこそ忠吾は、伊瑠の誘いにすぐに応じようとしたのだが。
事情を知って「そういうことでしたら」といちおう矛をおさめる正孝。しかし「ほれ、みろ。どうだ、まいったか」と勝ち誇る伊瑠に「ぐぬぬぬぬ」
それに苦笑しつつ忠吾は「では、そろそろ行こうか」と腰をあげた。
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