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その二十二 力くらべ

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 伊瑠に案内されて向かったのは、浜町を抜けて少し内地を奥へと入ったところにある、小高い丘。
 そこの天辺には舞台のある社殿があり、海の神さまへの安全と豊漁をお願いするための奉納舞を行う場所にて、それ以外のときには大切な会合などで使用されているという。

 頂上へと通じる石段をのぼる一行。

「山狗のコハクはともかく、どうしてあんたまで付いてくるんだよ」
「ふん、当然だ。それがしは忠吾どの補佐役だからな」

 なんぞと伊瑠と正孝が言い争っている。
 宿を出てからずっとこの調子。寄ると触るとモメているふたり。性別のみでなく、育ってきた環境がまるでちがうせいか、一から十までぶつかってはいがみ合う。いっそのことどちらかが黙ってそっぽを向けばいいものを、それをしたら負けだとでも思い込んでいるのだろうか、双方ともにやたらとムキになる。
 まるで水と油。
 だが不思議とふたりが並んで歩く姿には、違和感がないと感じている忠吾。

「縁は奇なものというが、ぞんがいウマがあうのやも」

 とつぶやけば、これを耳にしたコハクがキョトンと小首を傾げて不思議そうな顔をした。

  ◇

 いざ、社殿へと到着してみれば、ずらりと顔首を揃えていたのは紀美水軍に所属する十二の組の頭たちと、その側近ら。
 みな海賊にて、海で生きる猛者たち。
 各々が陽によく焼けた肌にて、腕には色とりどりの染めた手ぬぐいを巻いている。その色が組の旗印となっている。伊瑠の母親である瑠璃が束ねる碧の組は碧色の布を、朱の組は朱色の、茜の組は茜色のといったように。
 それまで議題について喧々諤々、激しく応酬をしていたのであろう。
 場に漂う空気にはまだ多分に熱が含まれている。
 にもかかわらず、忠吾が姿をみせたとたんにみなが口をつぐんでしぃんとなり、一斉に刺すような視線を向けてきた。

 人物を見極めてやろうとの魂胆も透けて見えるが、それだけではない。
 明らかに歓迎していない者もいる。興味深げに全身を舐めまわすように視線を這わす者もいれば、敵愾心を隠そうとしない者もいて、一方では羨望の眼差しを向ける者もいたりと、視線の種類はじつに様々。
 この反応には忠吾も内心で首をひねっていた。
 わざわざ迎えを寄越したというのに、あまり歓迎されていない?

 そんな中にあって真っ先に口を開いたのは、ひとりの優男。

「忠吾さん、ご無沙汰しております」

 立ちあがり挨拶をしてきたのは元禍躬狩りにて、伊瑠の父親である隆瀬(たかぜ)。「海姫山彦」の話で海賊姫にさらわれた男である。
 ぱっと見、整った顔立ちの細面にて華奢にみえるが、一時期は本気で山に骨を埋める覚悟をしていただけあって、見た目通りの男ではない。

 そんな隆瀬の隣には女性の姿もある。
 伊瑠の母親にして碧の組を預かる瑠璃である。せっかくの艶髪を乱雑にうしろでにまとめ、男物の裾が絞られた下衣に、胸元にはサラシを巻いては、青の地に白波の模様をあしらった打ち掛けを羽織っている。
 子を産み、一門をまとめる現在の姿に、物語となった頃の海賊の娘の面影は皆無。
 そこに居たのはまごうことなき女傑であった。

「そちらの都合も考えずに無理をいって悪かったね。だがよく来てくれた。お噂はかねがね。会えてうれしいよ」

 そう言って瑠璃が差し出した右手を、忠吾は「こちらこそ」と握り返す。
 とたんに、はっとした瑠璃。

「熱い……。これが禍躬に受けた灼熱の呪いか」と驚く。

 忠吾は禍躬ヤマナギを討伐したおり、左腕の肘から先を逝きがけの駄賃にもっていかれただけでなく、その身にけっして消えない怨火を放たれた。それが絶えず内側から彼の身を焦がし続けている。
 一度、高名な医師に診てもらったことがあるが、その時には「ありえない。どうしてこの状態で立っていられるのか」と不思議がられただけであった。

  ◇

 瑠璃の反応に食指を動かす者がちらほらあらわれる。こぞって忠吾に名乗っては手を差し出してくるも、彼は嫌な顔ひとつせずに、その手をすべて丁寧に握り返す。
 手を見れば、触れれば、相手がどのような生き方をしてきた人物かわかる。
 大半の者が「ほぅ」と感心し納得した表情をみせるも、ただ一人だけ、やたらと挑発的に忠吾をにらみつけては、握った手にぐっと力を込める若者がいた。

 やたらと威勢のいい若者は、藍の組の長の次男坊である貫太郎。今日は怪我をして寝込んでいる兄の代わりに、父について会合に参加していた。
 若者は若者らしく短絡的にこう考えた。

「伝説の禍躬狩りの男ねえ。だったらそいつを負かしちまえば、今日からおれが伝説の男だ」と。

 他にも突っかかった理由はあるのだが、いまは功名心が鼻先にある。
 なにより貫太郎は腕っぷしには相当に自信があった。同年配では誰も彼に勝てない。対する相手は、片腕の老人。歳のわりにはいい体格をしているが、しょせんはと侮った。
 だがしかし……。

「ふん、はっ、ぐっ、ぬっ、くっ……。そ、そんなバカな、なんで?」

 いっきに相手の手を握りつぶさんばかりに力を込めたのにもかかわらず、当の忠吾は涼しい顔。
 まるで鉄か固い岩でも握っているかよう。仕掛けているはずの貫太郎の方が額から汗をだらだら流し、顔を真っ赤にするばかり。
 すると忠吾は静かに言った。

「そろそろ気がすんだか。では、次はこちらの番だな」

 瞬間、ミシリと骨が軋む音がして貫太郎が「痛い、痛い、痛い、おれが悪かった。もうしない、しないから、かんべんしてくれ」と泣き出し勝負あり。

 屈強な若者をひと捻り。
 返り討ちにしたところで、いつの間にか自分に向けられていた険のある視線が、ずいぶんと減っていることに忠吾は気がついた。


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