怪しい二人

暇神

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#9 百鬼夜行

#9-10 有効範囲外

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 相当不味い事になっている。僕はビルの屋上で地面に伏せながら、そう考えている。
 日向は駄目だ。こういう相手が出ると使えない。かと言って、敵がどこに居るのかも分からない以上は、手の打ちようも無い。怪異や悪霊の気配がしないのは救いだが、それでもいつまでこの状況が続くか……
「日向、結界の範囲を広げる事は可能?」
「無理……今やってるので限界……頭……千切れそう……」
「分かった。一旦術式を解いて。いざと言う時に使えるようにしよう」
 日向が肩の力を抜くと、周囲を覆っていた結界が解けた。さてどうする?僕の術式は具体的な位置が分からない限り使えないし、その位置を探る唯一の術とも言える日向がコレでは、僕らにできる事は無い。
 協会の退魔師総出で探させるか?いや無理だ。敵がこういう戦いをする以上、間違い無く姿を隠している。向こうの潜伏技術を破る術が無い以上は徒労に終わるだろう。それに、迎撃準備もしてあると考えるのが自然だ。ここで頭数を減らすのは避けたい。
 どうした物かと首を捻っていると、突如、空から何かが降って来た。それは地面に触れると同時に爆発し、ビルの屋上に穴を空けた。
「日向!一旦下に向かうよ!」
「う……お願い……」
 僕は日向の体を抱えて、屋上に空いた穴から屋内へ入り、外から見た時に死角になる場所に隠れた。ライフルに迫撃砲とは、向こうもフル装備だな。弾薬切れを待つか?いやしかし、向こうの術式が、自在に火器を生み出す類の物だったとしたら、消耗戦で負けるのはこっちだ。早めに潰さなければ。
 狙撃は基本的に、二人一組で行う。実際に撃つ狙撃手と、対象を見付ける観測手だ。観測手さえ潰せれば……とはならないだろうな。日向の術式が届かない位置に居る以上、敵は恐らく千里眼を持っている。そうなったら観測手は不要だ。一人だけで済む以上、発見にも手間が掛かる。
 今使える駒だけで、この状況をどうするか。敵からは一方的に攻撃が飛んで来るが、こちらは敵の位置さえ把握できない。位置とまでは行かずとも、居る方向さえ分かれば……
 その時だった。屋上から、更に多くの爆発音が聞こえて来た。恐らく、この建物諸共、僕らを吹き飛ばすつもりらしい。こうなったら時間は限られる。ここ以外の建物では、どこか別の建物で射線が切られてしまう。
 こうなりゃ賭けだ。駒を一つ失う事になるが、勝てる可能性も無いまま死ぬよりは、駒を一つ失うだけで勝てる可能性に賭けよう。僕は即興で考えた、穴だらけの作戦を、日向に話した。
「……分かった。誠がそう言うなら、それしか無いのよね」
「人死には避けたい。僕も、やれる事はやるさ」
 僕は無線機を取り出して、拠点から数人、退魔師を呼ぶように命令した。

 もう直ぐ屋上を消し飛ばせるかもな。建物一個解体するのがここまで快感だとは思わなかった。私は口の端に笑みを浮かべながら、「もう一発~」と、自分の腕から砲弾を発射する。砲弾は建物の屋上に命中し、煙を立てる。
「やっぱ私、こういうの向いてるのかも」
 ギエル様は確か、『千里眼』とか言ってたっけ。こんな物までくれるなんて、ビックリだなあ。でもお陰で、私一人で行動できる。
 私はもう一度、敵が居るビルの方に目を向ける。しかし、そこで目にしたのは、驚くべき光景だった。

 なんとビルの屋上に、柊誠が立っていた。

 自暴自棄か投降か……どちらにせよ、生かしておく理由も無いかな。私は腕を狙撃銃に変え、よく頭を狙ってから、弾丸を発射した。少し間が空いた後、敵の体は後ろに倒れて行った。後は春日部日向かな。私はもう一度、ビルの屋上に視線を向ける。
 いや、正確には『向けようとした』。何故なら、そうしようとした瞬間、私の右肩に衝撃が走り、体が大きく吹き飛んだからだ。私は何が起こったかを理解するよりも先に右腕を見て、声にならない悲鳴を上げた。

 私の右肩から先は、既に消えて無くなっていた。

 撃たれた。反撃された。何故ここがバレた?それより逃げなきゃ。ここがバレた以上、協会の退魔師がここを潰しに来る。もし近接戦になったら、先ず間違い無くやられる。
 しかし、私の体は動かなかった。誰かに掴まれた訳でもないのに。まるで体中の筋肉が強張っているようだ。この術式は恐らく、柊誠の物だ。だけどおかしい。さっきのは間違い無く柊誠だった。頭を寸分違わず撃ち抜いた。指一つ動かせない。息もできない。術式も使えない。
 捕まりたくない。やっとやれる事ができたのに。やっと復讐できるのに。やっと……私は、そこで意識を手放した。

 『駒を一つ失う』と、誠はそう言った。この場で最も強力、且つ失うべきではない駒を。それは誠自身だった。誠は『自分が的になる』と言った。敵は一人。弾道の変更が無いのなら、弾丸の軌道と重量から位置が割り出せると。
 誠のこういう所が苦手だった。自他を人として見ない所が。目的を果たす為の単なる駒としてしか見ない所が。それでも、誠はいつも正しかった。そして今回も……
「ぐっ……うう……」
「霊力じゃ痛みは消せないんだ!鎮痛剤持って来い!」
「動かないでください!くそっ!拘束具でも持って来るんだった!」
「言ってる場合か!咄嗟に出た腕と、右目が、丸々吹き飛んでんだぞ!」
「弾丸の重さから考えると、これで済んでるのが奇跡なレベルだよ……」
 これが『正しい』?私は目の前で呻く伴侶を、ただ何もできずに見ている。
 敵は既に捕獲したらしい。あの敵に一発撃ち込んだ時点で、私の仕事は終わった。だけど誠は違う。誠はその後、敵を捕らえた報告が来るまで、術式で敵を拘束し続けた。左腕を無くし、右目が潰れ、それでもこの日本を覆う結界にアクセスして、敵の動きを潰した。
 私はどうすれば良い?私は何ができる?教えてよ。起きてよ。笑ってよ。また「泣き虫だね」って言ってよ。もう一回……もう一回で良いから……

「日……向……」

 そのか細い声は、何よりも強く、私の頭に響いた。私は息も絶え絶えになっている誠の口元に耳を当て、その声を聞く。
「君……だけが……頼りだ……皆を率いろ……こういうのは……君の……得意だろ?」
「でも私……誠が居ないと……」
 そう言う私の涙を、誠は右手で拭った。その表情は、痛みで引き攣りながらも、絶えず笑顔を浮かべていた。そしてそれを最後に、誠は気を失った。
「分かったよ。誠」
 先ずは状況を整理しよう。怪異や悪霊は居ない。恐らく最大の障害である連盟も潰れた。詰まり、今やるべきは……
「手が空いてる者は各拠点に通達!」
 私の声はよく通る。呼ばれたは良いが何もできないでいる退魔師達が、一斉にこちらを向く。胸を張れ。誠に任されただろう。
「退魔師を全員、最寄りの拠点に集め、負傷者を可能な限り治療!次に怪異や悪霊が来るまでに、一人でも多くの戦力を補充しなさい!」
「「「了解!」」」
 退魔師はそれぞれ、別の拠点に対して通信を入れ始める。誠は後で説教しよう。私はそう考えながら、口よりも先に手を動かす。

 日は既に、一番上まで昇っていた。

『記録
 二〇二ニ年 十二月二十一日 百鬼夜行

 金剛級退魔師 柊誠 春日部日向

 十三時五十八分
 連盟の退魔師赤城翠あかぎみどりと交戦。
 柊誠 左腕と右目を失うも生存。後遺症無し。戦闘不能の為、拠点にて待機。
 春日部日向 指揮の為、拠点にて待機。』
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