末っ子王女は無愛想王太子を笑わせたい。

葉月葵

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第一章

7.リリアーナ

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懐妊が発覚してから一ヶ月後のある日。

「――リリアーナ?」

突然、リリアーナが消えた。



「侍女職を辞してエーデンベルクに帰りました」

リリアーナの居場所を訊いたブランシュに、クララがそう答えた。その声音は事務的で、長年仕えてきた侍女がいなくなったブランシュの内心などまったく慮っていない。

「エーデンベルクに?そんなの聞いていないわ」
「お伝えする必要はないと判断いたしました。妃殿下に余計な心労をおかけするわけには参りませんから」

淡々と言うクララ。その横でベネデッタも頷いている。

「余計なんて……リリアーナはエーデンベルクからこの国に一緒に来てくれた大切な侍女よ。いきなりいなくなって、気にしないはずがないでしょ?」

ブランシュはそう言うが、侍女たちの表情は変わらない。

「もう辞めた侍女など、妃殿下が気にすることではありません。妃殿下はそれよりもお腹の御子のことをお考え下さい」

食事を持ってきたカルラがそう言う。
彼女たちに何を言っても無駄だ。ブランシュは諦めの境地に至り、それ以上の追及をやめたのだった。



「殿下にお願いがあります」

入ってくるなりそう言われたヴィルフリートが小さく眉をあげる。それが彼の驚きだというのがブランシュにはだいぶ分かるようになった。
懐妊が分かってからというもの、ヴィルフリートは毎日夕方になるとブランシュのもとを訪れるようになっていた。特段何か話すわけではないが、こちらの体調を心配してくれているような声かけをしてくれる。ほんの少しずつではあるが、婚礼をあげた頃と比べると距離が近づいているような気がしていた。だからブランシュは意を決して夫に頼みごとをしたのだ。

「なんだ」
「リリアーナが本当にエーデンベルクに戻ったのか調べていただけませんか」
「……リリアーナ?誰だそれは」
「私の侍女です。エーデンベルクから唯一同行が許された侍女で、私が幼い頃からずっと仕えてくれていました。数日前から突然姿が見えなくなり、クララに訊いたところ職を辞してエーデンベルクに帰ったと」

妃に仕えている侍女の名前も把握していないのかと一瞬がっかりしたが、ブランシュはそれを押し殺してそう事実のみを述べた。

「そういう話であれば本当にそうなのではないのか」
「リリアーナの性格はよく知っています。主君である私に何も告げずに勝手に去っていくような子ではありません。……それに、はっきり申しますが、私はクララたちの言葉を信じられるほどあの者たちと関係性を作れてはいませんから」

ブランシュはそう言い切った。ヴィルフリートが来ているときは人払いをしているから、侍女たちに話を聞かれる心配はない。

「殿下のお力があればあの者たちに気づかれずにリリアーナの行方を調査できるのではないかと思うのです。どうかお願いいたします」

まっすぐにヴィルフリートを見据えて願うブランシュ。

「……分かった。お前が自分から願い事をするのは初めてだ、よほどのことなのだろう。ただ、俺にできることも限りがあるからお前が望むような結果をもたらせる保証はない。それでもいいか?」
「構いません。ありがとうございます、殿下」

淡々とそう会話をかわす二人。もうすぐ第一子が生まれるような夫婦とは思えない距離感だった。




それから数ヶ月、平穏な時間が過ぎた。ブランシュがサンティエールに嫁いできてから一年以上が経ったが、相変わらず夫婦仲はよいとは言えない。国王夫妻は息子夫婦のそんな様子を気にした様子もなかった。とにかく王位継承者が生まれればいいと思っていることが言動の端々から窺えて、正直ブランシュには二人のその言動が不快だ。だが、二人との関係性を崩すわけにはいかないと耐えていた。
そんな中、いつもよりもかなり早い昼過ぎにヴィルフリートがブランシュのもとを訪ねてきた。もうすぐ産み月に入るブランシュは長椅子にもたれて夫を出迎える。

「遅くなってすまない、ブランシュ。リリアーナの居場所が分かった」
「!」

驚いて前のめりになるブランシュ。だが、いつも無表情なヴィルフリートの顔に浮かぶわずかな苦みに気づいて不安な気持ちが襲ってきた。

「……お前にはかなり衝撃的かもしれない。それでもいいか?」

その前置きに、ブランシュは小さく頷く。嫁いできて一年、ヴィルフリートがこんな風にはっきりとブランシュの心中を気遣ってくれたのは初めてのような気がする。それが嬉しくもあり、ヴィルフリートが気をつかうということはよほどのことなのだろうという不安もあった。
ヴィルフリートはブランシュの横に腰を下ろした。そして告げる。

「まず、リリアーナはエーデンベルクには戻っていなかった」
「っ!」

薄々そうではないかと思っていた。だが、実際にそう告げられると衝撃は大きい。やはりクララは――侍女たちは、主君である自分に嘘をついていたのだ。

「そして、自ら職を辞したというのも偽りだった。ドロテアによって罷免されたそうだ」
「えっ……なぜドロテアが?」
「それは俺も詳しくは分からない。ただ、リリアーナがお前に肩入れしすぎているという噂は俺も以前から聞いていた。そのせいかもしれないな」
「そんな……リリアーナはただ私を案じてくれていただけです!」
「分かっている。だが、ドロテアは王族と侍女侍従が親しくするのをあまり快く思わないからな……リリアーナとお前の関係性が気に食わなかったのだろう」

ヴィルフリートの眉間に皺が寄っていた。

「罷免されて王宮ここを出たあとの足取りがなかなか掴めなくてな。ようやく最近になって分かった。リリアーナは王宮近くの農村に身を寄せていたそうだ」
「……!」

とりあえず居場所が分かったことにブランシュはほっとする。だが、ヴィルフリートの表情は険しいままだ。

「ブランシュ」

いつも淡々としているヴィルフリートの声に、苦渋の色が乗った。


「リリアーナに会いたいのなら急いだほうがいい。あの者はもう長くは生きられない」

あまりにも想定外な、そして衝撃的なヴィルフリートの言葉に、ブランシュは耳を疑った。
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